ヤンデレ吸血鬼 上

盛者必衰という言葉がある。

どんなに勢いがあるものでも必ず衰えるというこの世の理を表すものである。

無論人類もその例に漏れない。

今でこそ、繁栄しているがいずれは儚くも滅びゆく存在であることは間違いがないのだ。

この星は繁栄と滅亡の歴史を繰り返しながら現在に至っている。

そんな星の年表の中、ここに数こそ少ないが生き残った者達がいる

それが吸血鬼である。

かつては世界を支配した強者も時代の強大な渦に飲み込まれるようにその数を減らしていった。

そして彼らはこの目が回るような現代社会の中、人間に紛れ日々を暮らしている。



「はいお前ら、席につけ-」

蝉の声が聞こえ始めた季節。

外はうだるような暑さだが、空調の効いた教室内は実に快適な環境が維持されていた。

教室に入ってきた教師が額の汗を拭いながらそう告げると、あちこちで話に花を咲かせていた生徒たちは自分の席に着く。

「出席取るぞー。赤石」

「はい」

いつも朝の光景、特に何かがあるというわけでもなく、順調に進んでいく。

「田中・・はまた遅れてんのか」

慣れた口調の教師が肩を竦めるのと教室のドアが開き、生徒が二人駆け込んでくるのとはほぼ同時だった。

「お、遅れてすみませんでした」

かなり焦って来たのだろう、その男子生徒は滝のような汗を流し、肩で息をしながら出席簿をもつ人物に目を向ける。

「はぁ、今日も遅刻ギリギリだな」

半ば呆れたようにため息をつくと、すぐに席に着きなさいと指示する。

彼の方も-無論教師にばれないようにだが-小さなため息をつくと荒い息を整えながら席に座る。

「田中が遅れて来たってことは」

「すみません、先生遅れました」

その澄んだ声に思わず、教室中の生徒が声のした方向へと首を向ける。

ほぼ毎日聞く声のはずなのに未だに振り向いてしまう。

それほどまでに彼女の声は綺麗なものだった。

「あぁ、高石か。まぁ、次から気をつけなさい」

「はい」

田中とは大きく異なる扱いを受け、汗一つ浮かべることなく教室に足を踏み入れる女子生徒。

高石と呼ばれた少女は何事もなかったかのように墨を落としたような黒の艶髪をたなびかせながら自席-田中の隣-に着席する。

高石千代。

この高校で一番の美少女は誰かと聞かれたらここの生徒はまず間違いなく開口一番彼女の名を口にするだろう。

170cmという長身に女子垂涎のすらりと伸びた手足。

華奢な身体は最早儚さすら感じさせる。

眩いばかりの純白のきめ細やかな肌にはシミなど一つもない。

彼女が席についたのを確認して教師は出欠を再開する。

「ごめんね、いつも」

彼女は隣に座る彼に申し訳なさそうに小声で話しかける。

「別に気にしなくていいよ」

毎度のことだが端正な顔立ちの彼女にそう言われて、悪い気はしないものだ。

彼女にだらしない笑顔を見せないように努めるがどうしても頬が緩んでしまう。

「それじゃ、今日も授業頑張れよー」

担任が出て行った後、再び騒がしくなる教室。

この後は特に変わったことがあるわけでもなく、普通の時間が過ぎていく。

これが彼らの日常なのだ。




高石千代は吸血鬼である。

その存在はすでに人類の知るところではないが、彼らは確かに存在している。

といっても純血なわけではない。

長い歴史の中で混血が進み、見た目は普通の人間と見分けがつかない。

しかし、人間との能力差は顕著に出る。

生物としての強さの格が違うのだ。

「それにしても、また100点なんだって?」

「うん」

帰り道、時間の割にまだ日は高い。

アスファルトに短い影を落としながら、家路に就く。

「あと」

「?」

「200mで全国出られることになった」

陸上部に所属している彼女はここでも優秀な結果を残していた。

「・・・すごいね」

少し理解しがたいといった感じで彼は苦笑いを浮かべる。

「そう?ありがと。君に褒めてもらえると嬉しい」

切れ長の紅い瞳を細めながら、ニコニコと喜色を浮かべる彼女に彼の胸は思わず高鳴る。

「そういえば、君は決めた?」

「決めたって、何を」

「今後のこと。私たちもう3年生だし」

彼は高石の言わんとしていることを理解する。

「あぁ。それなら決めてるよ」

何とはなしに小石を蹴り飛ばす。

コロコロと転がった小石は側溝に姿を消した。

「やっぱり進学するの?」

「一応、とりあえず大学は出ておきたいし」

「じゃあ、後で教えて」

「何を?」

彼女の意図が読めず、思わず顔を横に向ける。

「君が行きたい大学。私もそこにする」

あっけからんと言う彼女に思わず声を上げてしまう。

「え⁉ちょ、ちょっと待って」

「何?」

可愛らしく小首を傾げる彼女に彼は口を開く。

「高石は俺なんかよりもずっと優秀なんだから、もっと上の大学行けるんだぞ?」

「うん、知ってる」

「知ってるってそんなあっさり・・・こ、ここでの選択が今後の人生を決めかもしれないんだぞ?」

あまりにも淡白な反応に拍子抜けしながら彼は必死に説得する。

実際、彼の学力-下から数えた方が早い-では名前の通った大学に進学することは非常に困難と言わざるを得ない。

しかし、彼女、高石千代は違う。

非常に優秀な身体能力に頭脳。

それに彼女は努力家だ。

恵まれた才能をさらに磨き続けられる向上心とそこで満足しないストイックさがある

それらを駆使すれば、確実に世界的に有名な人物になれる。

それはモデルだったり、陸上選手だったり、はたまた学者だろうか。

彼の乏しい想像力ではこれ位しか考えられないが、少なくともどの方向に進んだとしても彼女なら明らかに成功者になれるのだ。

そうしたことに無頓着なことは一つ彼女の魅力なのかもしれない。

しかし、彼女はきっと外の世界を知らないだけなのだと彼は思う。

「高石ならもっとずっと上の人間になれるんだよ」

「・・・上の人間?」

やはり分からないのか再び小首を傾げる。

「そうさ。有名で何不自由なく生活ができて世界に認められる人物にさ」

「それは・・・私の幸せじゃない」

「え?」

一瞬、顔を伏せた彼女の口から自然に発せられた小さな声。

ぼそりと誰にともなく零れた言葉。

しかし、そこには強い意志が感じ取れた。

「・・・何してるの?早く帰ろ?」

「・・あぁ!そうだね。帰ろうか」

付き合いの長い彼でさえ見たこともない高石の一面に呆気に取られていた彼は、彼女の言葉に我に返ると、慌ててその後を追った。

その後の帰り道、ヒグラシの声がやけに大きく聞こえた。

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