ヤンデレ吸血鬼 中➀

彼女は自分が吸血鬼であるということを知っている。

これは本能的に知覚していることだった。

(私は他の皆とは違う存在なんだ)

別段それが嫌なわけではない。

むしろ、恵まれた能力に感謝しているくらいだ。

しかしそれでも一つだけ、たった一つだけ心の引っかかるものがある。

物心ついたた時から彼女の心に残り続けたしこり。

それは彼女が成長するにつれて少しづつ大きくなっていった。

吸血衝動である。

今までは何とか抑えることができていたが、次第に自分一人ではその衝動を抑えることができなくなりつつある。

この吸血という行為は人間で言う婚姻の意味を含んでいる。

だから誰でもいいというわけでは当然ない。

彼女は長い間、その吸血衝動を必死に体の内に押しとどめていた。

吸血鬼が吸血衝動に駆られるのはその人物の近くに思いを寄せる者がいるためである。

無論それを知らない彼女ではない。しかし———

「大丈夫、まだ我慢できる」

自室に入ると同時に彼女の震える口から零れ落ちた言葉。

それはまるで自分に言い聞かせているようだった。



彼の優しい笑顔が浮かぶ。

小さいころからいつも一緒で守ってくれた。

そんな彼に当時の私はいつも憧れの感情を抱いていた。

でも今なら分かる。

これは憧憬とか尊敬とかそんな感情じゃない。

もっと俗物的な感情だ。

彼といつも一緒にいたい。

彼の人生の隣を歩き続きたい。

そんな彼女の思いは成長するにつれて、徐々に歪なものとなっていった。

彼には私だけがいればいい。

彼の人生は私だけのもの。

不条理で独りよがりな欲望だけが膨れ上がり、それは彼女の心を黒く染め上げていった。

しかし、もしそれを実行したら彼は確実に彼女に失望し、離れていくだろう。

自身の唾棄すべき、しかしどうしても捨てられない歪んだ独占欲と、彼に対する深く、思慮深い愛情。

二つの感情に板挟みになった彼女の葛藤。

もし自分の欲望を優先したら・・・

ふと浮かぶのは彼女に向けられる彼の悲しげな顔。

彼は彼女に背を向け歩き出した。

決して振り向かない。

彼女は懸命に追いかける。

追いつこうと必死に手を伸ばすが届かない。

それどころかさらに彼の姿は小さくなっていく。

声も出せないまま、最愛の人が離れていくのを止めることもできない。

彼は私の言葉に反応すらしなくなってしまった。

「待って!!」

悲痛な叫び声が暗い部屋に寂しく響く。

「・・ゆめ・・かぁ」

夢であったことの安堵から身体が弛緩し、大きく息を吐く。

体中から発汗し、息が乱れている。

「大丈夫、大丈夫だから。私はまだ我慢できるし、彼だって絶対にいなくならない。だから大丈夫・・大丈夫・・・大丈夫・・・」

月も出ない夜の部屋の中で自分に言い聞かせるように零れた震える言葉は誰に聞かれることもなく溶けて消えた。

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