ヤンデレシスター 下
冒険者を金輪際やめて頂けませんか?
そんな言葉が聞こえたような気がする。
今まで心地よく耳朶を打っていた虫の声が今度は逆に嫌に響く。
一瞬彼はソフィアの発言の意味が分からずにフリーズする。
彼はソフィアが冗談をあまり言わない質であることを知っているが、この時ばかりは流石に意地の悪いジョークだと感じざるを得なかった。
「・・・もう、やめて下さいよ。笑えませんよ」
彼は立ち上がり、彼女に声をかけるが返事は無い。
「あの?」
先ほどの発言から俯いてばかりの彼女に彼は覗き込むようにして言葉をかける。
長い金髪により顔は隠されており、肝心の表情は見えない。
「私、知ってるんですよ」
ソフィアは俯いたまま席を立つ。
「え?」
態勢は依然変わらず、彼女の鈴を転がすような軽い声が耳に染み込んでくる。
しかし、その声には抑揚がなく機械の様にただ原稿を読んでいるだけのような妙な冷たさがあった。
普段は聖母のような温かさ、優しさに満ち溢れ、慈愛の心で以って悩める人々を救っているソフィアが今、目の前で身じろぎ一つせず、ただ頭を垂れて佇んでいるだけ。
それが、彼の身を竦ませる。
「・・・ッ!」
気が付けば彼は後ずさりしていた。
本当に無意識的なことだが彼にとっては大きなショックだった。
本能が逃げろと警鐘を鳴らしているのだ。
会話など続けずに一目散に、この女から少しでも距離を置けとそう言っているのだ。
そんな彼の心理を敏感に読み取ってか彼女は一歩彼の方へ歩を進める。
テーブルの上の器がカタリと音を立てる。
「あなたがとーっても弱い冒険者だってこと」
「な、何が言いたいんですか」
依然として敬語を使っている彼を一瞬ぽかんとした表情で見るソフィアだったがすぐにコロコロと笑う。
「そのままの意味ですよ。あなたは私よりもずっとずーっと弱いんです」
「??だからそれは一体どういうk————ッ!!!?」
「あれ?やっと気が付きましたか?」
異様に震える膝を必死に支えながら、必死の抵抗で彼女を睨む。
「おいしかったんですよね?・・・私特製のお薬。直に意識も保てなくなりますから」
嬉しくて仕方がないといった表情で彼を見つめる。
喜色を浮かべながら彼女はさらに続ける。
「ねぇ、この森にはモンスターが近寄らないのが何でなのか知ってる?」
「それは・・神の加護が・・・」
「アハハハハ」
彼の言葉を待たずして失笑するソフィア。
「神の加護?そんなわけないでしょう?正確に言うとね、この森にはモンスターが近寄らないんじゃないの」
「?」
合点がいかないように首をかしげる彼に彼女は諭すように穏やかに言葉を紡いでいく。
「近寄れないのよ」
「??・・・・・!?」
数瞬何が何だか分からないといった彼だったが見る見るうちに驚愕の色へと変わる。
おそらく今、目の前にいる彼女とそのセリフが結びつき一つの線になったのであろう。
「やっと気が付いたのね」
「まさか、・・・そんな」
あまりのことにうまく言葉が紡げない。
「そのまさかよ。私がここらのモンスターを一掃してるのよ」
ガクンと膝をつく彼との距離をゆっくりと詰める。
「ね?わかったでしょ?私の方があなたなんかよりもずっと強いんだからもう儲からなくて危険な冒険者なんてやめましょ?私と一緒にここで暮らしましょ?」
甘い吐息とともに提案されるが彼はそれに首を横に振ることで自分の意志を示す。
その反応に微塵も驚くことなく、彼女は口を開く。
「ンフフ、家族のことが心配なんでしょ?」
「ど、どうして・・・・・そ、それを・・」
懸命に絞り出した声も掠れており、もはや聞き取るのも難しい。
薬の効果がそれほど顕著に表れているのだ。
「知ってるわよ。ほかでもないあなたのことなのよ。お金のことは気にしなくても構わないわ。国からの教会の維持費だったり寄付金だったりいろいろ収入はあるから。ね?」
顔色一つ変えず、当然の様に答える彼女に彼は今更ながら恐怖を覚える。
身の毛がよだつ感覚と薬による痺れと意識の混濁に必死に抗いながら彼は口を開く。
「・・ど・・・お・・・・・」
しかし最早声にならない音がなるばかりである
「あら?もう声まで出なくなったの?ちょっと薬の量間違えたかしら」
懐から取り出した薬瓶を軽く振りながら動けなくなった彼にじっとりと視線を落とす。
先程とは一転して、いつもの様に優しい笑顔を向けながら彼の頭を大切そうに撫でる。
「まぁ、いいわ。あとじっくり教えてあげる。今はただ眠りましょう」
その言葉を最後に彼の意識は闇へと消えた。
一目惚れ。
日々、様々な人間を見る聖職者の私に限ってそんなことが起こりうるわけがない。
そう思っていたのだ。
彼と出会うまでは。
この教会には王国外にあるから、必然的に訪れる人の多くは若い男性、特に冒険者が多い。
中には私と深い仲になりたがる男性もいたけど、私はそんなことには全く興味が沸かなかったから全て断っていた。
それが神を信仰する者としての教義だったし、なにより傷ついた人々を癒し、彼らの笑顔に触れることに自分の存在意義を見出していたからだ。
そんな毎日が彼との出会いにより瓦解した。
彼のことならなんでも知りたかったから、当たり障りのない会話やほかの冒険者にそれとなく聞いたりしていた。
彼について詳しくなっていくたびに今までに感じたことのない喜びで胸は満たされていた。
まとめた量はもう30冊程にも上る。
しかし、唯一懸念となる点は彼が冒険者であることだった。
言うまでもないことだけど冒険者は常に死の危険と隣り合わせな仕事。
王国の一般的な冒険者ですら、幼い時から剣術の練習をして腕を磨いたり、多くの魔法の修練を行うなど、それ相応の努力をしているのに。
彼は自分の家族に少しでも楽をさせてあげられるように頑張って働いてるらしいけれど彼の実力に見合った給金なんて、村にいたころとほとんど変わらない。
確かに、彼の普段の依頼は危険性の少ないものばかりだけど、今回みたいに危険なものだってある。
今までもゴブリン狩りの季節には、彼のことが心配で心配で仕方なかったけど、もう我慢できない。
彼を私のものにする。
ずっと、永遠に、私の傍から離れられないようにして、私がいないと生きていけないようにするの。
そのためなら手段は選ばない。
(これはできるだけ使いたくないんだけど・・・まぁ、彼の反応次第ね)
懐に忍ばせた小さな注射器保管用の金属ケースに目を落とす。
ジャラと無機質な音を鳴らす鎖に四肢を拘束された愛しの男をうっとりと見つめる。
お目覚めのようだ。
今日から彼と永遠に光の届かないここで二人だけで暮らせると思うと自然に顔が緩む。
私はいつもの笑顔で彼の目覚めを迎える。
「おはよう、あなた」
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