ヤンデレシスター 上

月光がステンドグラスを通し多様で鮮やかな色を落とす時間。

風に煽られて窓がガタガタと騒ぐ。

建付けの悪さを見るともう何年も手入れが行き届いていないのだろう。

そんな時であった。

先ほどの窓とは違い埃一つなく磨き上げられた精緻な細工を施された古びた大扉がきしみながら開く。

「あら、誰かと思えば。お久しぶりですね」

水を打ったような静けさの中、がらんどうの教会に澄んだ声が儚く木霊する。

「あぁ、久しぶりだね」

ところどころひびが入り、泥や血で汚れた防具に身を包んだ男が力なく笑う。

「・・今回もだいぶ無理をしたようですね」

そんな男の姿を見て、この教会の主である女は慈愛に満ちた表情で彼を暖かく出迎える。

「今湯浴みの準備をしますからそこで泥などをある程度落として待っていてください」

「本当に悪いね」

いそいそと準備に走る彼女の背中に声をかけ、彼は自分の防具を改めて見る。

もう何年も使っているそれは所々に欠けや錆びが散見されており、お世辞にも防具としての本来の機能を維持できているとは言えない代物だった。

腰には切っ先のつぶれかけた傷だらけの剣が一本帯刀されているばかりである。

しかし、これが彼の用意できる精一杯の装備でもあった。

彼はもともと小さな村の農民であったが、2年ほど前一流の冒険者となり貧しい村を救うべく旅立ったのだった。

といっても実際彼が行う仕事といえば迷子の猫を探してくれだの、庭の草むしりをしてくれなど、およそ冒険者がする仕事とはかけ離れたものだった。

やっと平原のモンスター退治というまともな依頼が来たと思い、意気揚々と出かけたらこのざまである。

決して強いモンスターというわけではない、むしろ弱いぐらいなのだが一般的な冒険者に比べて体躯の小さい彼ではゴブリン一体ですら強敵に値するのだ。

はっきり言って彼には冒険者の才はない。

並外れた身体能力や膨大な魔力を持つわけでもなく、ただただ力のない小柄な農民がちゃちな武装をしているに過ぎない。

それでも彼が冒険者をやめないのは村で農民として働くよりは冒険者の方がほんのわずか、雀の涙ほどであるが金回りがいいからであった。

「湯の準備ができましたよ」

「ありがとう」

「気にしないでください。この時間帯は掃除も祈りの時間も終わっているので正直暇なんですよ」

いたずらっぽく笑う彼女に少し胸が高鳴る。

ソフィアはこの教会の主であるのと同時に、シスターとして戦争孤児や貧困にあえぐ人々の力になる活動を行っている。

眠そうなたれ目には美麗な青の瞳が宿っており、凛と整った顔とは対照的に全体的に柔和な雰囲気を醸し出しているが修道服によってその柔らかな雰囲気が引き締められている。

黄金色に輝く方まで伸びた艶髪に豊穣の女神を想起させるような白く柔らかく豊かな体。

全てを優しく包み込んでくれる聖母のような彼女は彼らのまさしく救いの神なのだ。

「ほら早く、湯が冷めてしまいますよ。防具などはいつものところに入れておいてください。洗っておきますから」

「本当に悪いね。それじゃあお言葉に甘えて」

「いいえ、気にする必要はありませんよ。ごゆっくりどうぞ」

兎にも角にも今は体の疲れを取りたい一心の彼は重い体を引きずりながら浴場へと向かう。

「・・・」

そんな彼の後ろ姿をぼんやりと見つめる彼女はしばらく立ったまま何やら思考している様子だったが、その後すぐに頭を振ると何も口にしていないであろう彼に食事を振舞うために食堂へと向かった。

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