ツンヤン幼馴染 中

「押して駄目なら引いてみろか・・・」

神田と彼以外誰もいなくなった教室、彼は考え込むように腕を組む。

琴音は彼が今日は用事があるからというとあっさりと帰ってしまった。

「そうそう。よく言うでしょ?」

「まぁ、確かに聞くけど・・・具体的にどうすればいいんだよ」

「ふふふ・・・よく聞いてくれたね」

神田はババンと言うとびしっと彼に指を突き付ける。

(自分で言うのか・・・)

「名付けて!私を好きな男がいつの間にか自分に興味がなくなっていた作戦!!略していつの間にか無関心作戦~~~」

会心のどや顔を浮かべる神田にぎこちない笑みを浮かべる。

「はぁ」

「ちょっと!もう少し感動してよ!いつかはこうなると思って一生懸命頑張って考えてたんだよ!」

「考えてたって・・・ハッ!まさかお前この事態を予想していたのか!?」

驚愕の表情を見せる彼に彼女は額に手を当て、意味深な笑みを向ける。

「クックックッ・・・そのまさかだよ。助手君」

「すげぇ、すげぇよ博士!」

きらきらとした視線を向け、茶番に乗ってくる彼と満足げに頷く彼女。

「当たり前だ。私を誰だと思っている!!」

「えっ?いつも単位落としそうになって結局泣きついてくる馬鹿でしょ」

「そう、そのとおr————」

「・・・・・・」

「・・・・・・」

「・・・・・・」

「・・・・帰る、もうぜーーったいに帰る!」

急に素に戻った彼に裏切られた彼女は頬をハムスターのように膨らませながら荒々しく席を立つ。

「うわぁぁぁ!!俺が悪かった!俺が悪かったから機嫌直してくれ、なっ?」

不貞腐れた彼女を何とかなだめようと彼は必死に謝罪の言葉を並べる。

「・・・帰りにパフェ奢れ」

「奢ります!奢らせて頂きます!」

「・・・あと物理の課題見せろ」

「見せます!見て頂きます!」

「・・・よし!そういうことなら全くのモーマンタイだよ。ほら早く行こ行こ~!」

(機嫌治ったようで良かった)

彼は切り替えの早い彼女に安堵しながらその後を追った。

「・・・・・・」




「それで作戦の内容は何なんだ?」

「まぁ、ちょっと待ってよ」

幸せそうにスペシャルイチゴパフェを頬張る神田を見ながら彼はコーヒーに口をつける。

場所は大学からほど近いところにある小さなカフェ。

最近神田が見つけたようで、大学生もあまり知らないまさに知る人ぞ知る名店らしい。

店は優しい茶色を基本とした木造の建物で、青々と茂った観葉植物やおしゃれなインテリアがゆったりとした間隔を保ちながら、全体的に非常に穏やかで落ち着く雰囲気を醸し出していた。

客層も彼らのように若者というよりは上品そうな初老の男女が多い。

「それではお待ちかね、いつの間にか無関心作戦の内容を発表します」

「よっ、待ってましたー」

彼女はコホンと咳払いを一つして口を開いた。

「第一に、いつも琴音は告られる側にいたわけじゃん。しかもあの子から君に好意を伝えたことは無いわけでしょ。つまり君からの一方的な発信なわけじゃん」

「まぁ、そうだな」

彼は苦虫をかみつぶしたような表情を見せる。

いざ言葉にされると心に来るものがあったようだ。

「だから、君があの子にもう興味なくなりましたよーっていう風を装うのよ」

「ほんとそのまんまの作戦だな。でも、そんなことしたら——」

琴音の気持ちがそのまま自分から離れてしまうかもしれないと言おうとした彼を彼女は持っていたパフェ専用の長いスプーンで制する。

「大丈夫よ、あの子君が思ってるよりもずっと君のこと好きだから」

「本当か!?」

先ほどの不安そうな表情から一転、喜色に満ちる。

「いつもあの子のそばにいる私が言うんだから間違いないわよ」

「そうか・・・でも興味ないふりってどうすればいいんだ?」

「あーん、ん~~おいしい~。・・ん?あぁ、そんなの簡単だよ。彼女作ればいいんだよ」

「か、彼女?」

「そう、彼女」

あっさりと言ってのける神田。

「で、誰が?」

「え?」

「いや、だから誰が俺の彼女役やってくれるんだよ」

「君の知り合いとかで誰かいないの?一人くらいいるでしょ」

ケタケタと笑う彼女に彼は残酷な現実を突きつける。

「いるわけないだろ。俺の女子の知り合いお前と琴音だけだし」

「・・・・・・」

「・・・まさかノープランなのか?」

彼はまさかと思った。

この作戦で最も重要な彼女役がいないなんてそんなわけはないと彼は一縷の望みをひっさげた目で彼女を見る。

当の彼女は彼の言葉の後、悟りを開いたように無表情のままパフェのイチゴをいじり始める。

「・・・・・・」

「・・・・・・」

「・・・友達すくn———」

「やかましいわ‼・・・・あっ」

周りから向けられる奇異の視線に気が付くと彼は恥ずかしそうに腰を下ろした。

「うーん。じゃあ、私がやろっか」

「えっ、いいのか?」

項垂れる彼に意外にも神田のほうがあっさりと提案してきた。

彼は渡りに船とばかりにその提案を受け入れる。

「まぁ、しょうがないでしょ。言い出した本人でもあるしね。それに私なら琴音に簡単にネタばらしできるでしょ」

「・・まぁ、たしかにそうか。何はともあれ今日からよろしくな」

彼は少し何かを考えるように腕組をしていたがすぐに納得したようだ。

「えぇ、私にまっかせなさーい」

神田は自信ありげにポンと胸をたたく。

結局この日から神田は彼の彼女(仮)となったのだった。



「じゃあ早速手、つなごっか」

店を出た後、細い路地を抜け大通りに出たところで神田がにこやかに笑いながら告げる。

「あ、あぁ。よろしく頼む」

対する彼はどこか余所余所しく緊張しているのが丸分かりである。

「駄目だよ~。もっとリラックスしないと。勘違いさせなきゃいけないんだから」

「それは分かってるんだけどな。いざやるとなるとな・・」

今までただの友人だと思っていた異性と仮とはいえ彼氏彼女の関係になったのだ、手をつなぐのにいささか戸惑いがある彼の視線は先ほどから右往左往していた。

「ほら、今日は駅まで一緒に行こ?」

彼女の手がするりと彼のそれをつかむ。

「わかった」

ぎこちなく返事をすると彼らはアスファルトに長い影を落としながら駅へと歩を進め始める。

「・・・・ん?」

「どうかしたか?」

急に立ち止まり踵を返した神田に彼が尋ねる。

「・・・いーや、別に何も」

「?そうか」

彼女はしばらく今まで自分たちが歩いてきた道をじーっと見つめていたが、特に何事もなかったように振り返ると彼の手を引きまた歩き始める。

彼は神田の言動に疑問符を抱きながらも彼女に連れられるようにその場を立ち去った。

背後からの強烈な視線に気が付いたのは神田だけだった。

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