ツンヤン幼馴染 上

初夏を少し過ぎた頃、日本は今年も記録的な猛暑に見舞われていた。

早朝にもかかわらずうだるような暑さの中、多くの人が今日も今日とて駅へと足を運んでいた。

その大衆の中に彼らはいた。

蝉の鳴き声に押し込まれるように次から次へと押し寄せる人波に流されながら電車に乗り込む。

「それにしてもひどい暑さだよなー。さっき家を出たばっかなのにもう汗かいてきたぞ」

「ちょっとあんまり近寄らないでよ。気持ち悪いじゃない」

「仕方ないだろ。もうこれ以上は無理だ。こっちもキツキツなんだよ」

満員電車の中、互いに十分な距離など取れるはずもなく自然と密着する形となる。

「ほかの人なら仕方がないとしても、あんたとこうなりたくはなかったわ」

心底嫌そうな表情を向ける。

「それなら、時間ずらせばいいじゃんか。わざわざ俺ん家の前まで来て待ってなくてもいいだろうに」

彼の言葉を受けて、彼女は今まで伏せ気味だった顔を素早く上げる。

「な、何言ってんのよ!丁度あんたの家の前を通るから仕方なく一緒に通学してるだけで・・べ、別にあんたのこと待ってるわけじゃないんだからね!!」

顔を真っ赤にして子供のように声を上げる彼女を彼は手で制する。

「分かったからもう少し静かに喋ってくれ。周りの人が見てる」

「え・・・あぁぅ」

思わず周りを見渡し、更に顔を朱に染めながら俯いた彼女を彼は若干呆れながら見ていた。




「全くあんたのせいでとんだ目にあったわ」

「いや、どう考えても自業自得だろ」

「そんなはずないでしょ、絶対にあんたのせいなの」

ぷりぷりしながら前を歩く彼女に付いて、大学に向かう。

周りは高層ビルが乱立している為、風など全くと言っていいほど吹かないが、緑の芳香が漂う並木の影が暑さを凌ぐ小さな癒しだ。

彼女が歩くのに合わせてトレードマークでもある黄金色の長めのツインテールがゆらゆらと揺れる。

矢坂琴音。

それがこの美麗な金髪の持ち主の名前だ。

吊り上がった切れ長の瞳にぷっくりとした瑞々しい唇。

クォーターである彼女の日本人離れしたスレンダーなスタイル、青い瞳には同性でも目を見張るものがあるようで、大学でも会話の中心にはいつも彼女の姿があった。

しかし、両親から引き継いだのはあくまでスタイルだけで身長はどうにもならなかったらしい。

全体的に冷たく、引き締まった雰囲気を纏う彼女だったが153㎝という小柄な体格と素直で優しい性格―無論彼以外にはだが—がそれを非常に緩和していた。

誰にでも温和な小さな美人さんというのが周りからの彼女への評価であった。

そしてその後ろを金魚の糞よろしく歩いているのは彼女の幼馴染の西田功である。

別段注視するところもない凡百の大学生であり、いじめられたりするようなこともなく幸せなキャンパスライフを送っている。

彼女とは家が隣通しで両親同士の仲が良かった為自然に2人の交流する機会も増え、小中高大と気が付けばいつも一緒にいたのだった。

「おはよーう」

「おぉ、おはよう」

その後、ガミガミ言われながら無事大学についた彼はいつもの席に座る。

無論その隣には自然に八坂が座る。

教室も大分席が埋まってきており、活気づいてきていた。

「よぉ。お二人さん、今日もお熱いことでー」

「あら、春香。おはよう」

「おはよう。今日も元気だな」

そう言って背後から現れたのは神田春香。

面倒見がよく、飄々とした性格でくりくりとした瞳が特徴的な二人の友人である。

「いやー、やっぱ1日1回はあんたらを目におさめとかないと気が済まないっていうかさー」

えへへと笑いながら八坂の隣に鞄を置き、座る。

「春香、からかうのはやめてよ」

「またまたー。本当は嬉しい癖にー」

意地悪そうな笑顔で彼女を小突く。

「だ、だから、こいつとはそういうんじゃないんだってば」

若干頬を染めながら神田から顔を逸らす。

無論そうすると必然的に彼が視線に入るわけで。

「俺はお前のこと好きなんだけどなぁー」

「~~~ッ!!」

教科書を取り出しながら口を開く素の彼の言葉に彼女は酸欠の金魚のように口をパクパク開け閉めしながら、声にならない言葉を発する。

既に顔は茹で上がったタコのようになっていた。

「べ、べ、別にあんたなんか好きじゃないんだから!」

ガタリと音を立てて立ち上がると彼女はその言葉のみを残して教室を走り去ってしまった。

喧騒の教室の中、2人は顔を見合わせて苦笑をこぼした。




「琴音は相変わらずだねー。もう何回ああいうやり取りを見ればいいのか・・・」

こめかみを抑え、頭を左右に振りながら神田は参ったように言う。

「脈はあると思うんだけどなー」

彼も神田と同じように頭を抱えていた。

「いや、あれでないのは100%ないから」

そうだよなーとまた2人が困り果てていると彼女が指を鳴らして光明見つけたりとばかりに口を開く。

「あっ、そうだ!夜景が綺麗なレストランとかさ、もっとムードのあるところで言ってみたら?」

「もうやってみたよ。・・無理だったけど」

「え⁉マジ?」

彼女が何かに弾かれたように頭を振り上げ、彼を見る。

「大マジだ」

対する彼は不貞腐れたように口をへの字に曲げながらもう一度同じ言葉を繰り返す。

「一応俺なりに頑張ったんだけどな、はぐらかされちまってそれっきりなんだよ」

やっぱまだ恥ずかしいのかねとおどけるように肩をすくめる彼を見て彼女は意を決したように彼の肩を勢いよく掴む。

「よし!!こうなったら最終手段よ。あんまり気は進まないけどもう‘あの作戦’を実行するしかないわ!」

「あの作戦?」

小首を傾げる彼に彼女はその作戦をじっくりと時間かけて説明するのだった。

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