お世話好きなヤンデレ幼馴染 下
数ヶ月後、彼は見事に第一志望に合格し、今年の四月から晴れて大学生としての日々を過ごすことになった。。
三月末には住み慣れた地を遠く離れ、大学近くのアパートを借りてそこで生活をしていたが今日は4月9日、そう彼の入学式である。
弾むような小鳥の声を耳に、満開の桜を瞳に入れながら彼は着々と準備を進める。
「さてと、行くか」
ドアノブに手をかけ、陽光で溢れかえった外を想像しながら嬉々とした気分で扉を開ける。
「おはよう。遅かったわね」
「・・・・・・え?」
彼は自分の耳を疑った。
空耳か?
「何ボケーっとしてんのよ」
いや、違う。
この柔らかくてどこか温かみを感じさせる声は・・・。
「み、美咲・・・」
扉を開けるとそこには見紛うこともなく花田美咲がいた。
艶やかな黒髪がゆったりと揺れている。
(なんでこいつがこんなところに。地元の大学に進学したんじゃ・・・)
「き、奇遇だな。ところでなんでこんな所にいるんだ?」
驚きの声音を含んだ彼の言葉に彼女は屈託のない笑みでそれに応える。
「なんでってあんたがいないからよ」
「ん?でもお前、地元の大学に行くんじゃなかったのか?お前の成績なら余裕のはずだけど」
いまいち意図が掴めない彼は更に質問を重ねる。
「だーかーら、あんたがいないからよ。あんた大学変えたでしょ?だから私も変えたの」
「・・・ッ⁉まさかお前が行く大学って」
「えぇ、あんたと同じとこよ」
何か変かしらと聞く彼女に彼は驚愕していた。
「そんな理由で・・・」
「そんな理由?」
彼女は眉を顰め、彼をじっと見据える。
「どういう意味?それ」
「い、いや、だって変じゃないか。お前地元の大学に行きたいって言ってただろ?なのに俺がいないっていうくらいで進学先変えるなんて———」
「おかしいって言いたいの?」
彼女の鋭い眼光に射抜かれたように彼は身動き1つできなくなる。
「言っとくけど私あの大学に行きたいなんて一言も言ってないわよ」
「え?でも目指してるって」
「あんた、優柔不断だから大学も親とかあたしに言われる通りに決めたじゃない。てっきりそこに行くと思ってたから目指してただけであそこに行きたい理由なんてこれっぽっちもないわ」
「そ、そんな・・・」
「別にいいじゃない。あたしがいたって。ただ今までとおんなじなだけよ?」
一切の淀みなく流れる彼女の言葉に彼は戦慄していた。
彼は自分の今後の人生に大きく関わる大学受験で自分が居ないからという理由だけで志望大学を躊躇いなく変える彼女の自分に向ける歪んだ感情をようやく感知しつつあった。
「違うんだ。それじゃ駄目なんだよ」
「駄目?」
彼女の表情が険しくなる。
「俺は、自分一人で生きていきたいって、自立したいって言ったじゃないか!だからお前と同じ大学には行けないって言ったしお前もそれを認めてくれただろ!どうして・・どうして付いて来るんだ!」
彼の激昂した声を涼しい顔で受け流す彼女がぼそりと口を開いた。
「あなたを守るため」
「守る?何言ってんだ」
「私は小さい頃からあんたと一緒にいて、ずっとあんたの傍にいたのよ。学校があるときはいつも一緒に登校してたし、お弁当だって作ってた。休みの日は必ず私が遊びに行ってたり勉強教えたりしてたでしょ」
「た、確かにそうだけど・・・でもだからこそ———」
「自立しようっていうんでしょ」
「ッ⁉」
彼の次の言葉をまるで予測していたように遮る。
その声はひどく低く、底冷えのするような、いつもの彼女からは到底考え付かないような声音だった。
怒りを既に通り越したような、彼の知らないどす黒い感情を湛えた彼女の瞳に釘付けになる。
彼は春の麗らかさなどどこ吹く風、全身に冷水をかけられたような感覚に襲われ、その場に凍り付く。
そんな彼の元に彼女はゆっくりと一歩ずつ、しかし確実に距離を詰めてくる。
「あんたは私がいないといけないの」
「や、やめろ!くるな!」
ギィっと軋みながら玄関の扉が閉められる。
途端に部屋は薄暗くなり、周りの喧騒から突き放されたような感覚を覚える。
「今までだって身の回りの大抵のことは私がしてあげてたじゃない」
「あんたは何もしなくていいの。全部・・全部私に任せていたらいいの。分かるでしょ?」
一点の曇りのない笑みに少しの妖艶さを含んだ笑みを浮かべながら彼女は更に彼との距離を縮めていく。
「あんたはずっと私の傍にいて、私だけを知って生きて行けばいいの。それ以外に何もいらない。私にあんたが必要なように、あんたには私が必要なの。それに自立自立っていうけどあんたが自分から思い立って決めたことではないでしょう?人から言われてした決意なんて一過性の薄っぺらいものよ。どうせすぐに壊れるに決まってるわ。・・・ねぇ、もういいのよ?今までみたいに私に甘えてなさいよ。ね?」
甘い囁きが耳朶を打つと共に彼女の白魚のような指が彼の頬をゆったりと包み込む。
この時点で彼の決心は相当にぐらついていた。
彼の中では自身で固く決心したつもりだろうが、彼女が先ほど言ったように友人に言われてただ思考が流されただけなのだ。
そもそも人間そう簡単に変わるものではない。
あともう一押しで彼の決心は瓦解する。
それを彼女は良く知っている。
仄暗い玄関に二つの息遣いだけが耳に入る。
一つは穏やかで、一つは荒い。
彼女の端正な顔が近づき、唇が触れ合うギリギリの距離で彼女は告げる。
彼を自分の中に堕とす最期の宣告。
いや、甘言か。
「今まで通りどんくさいあんたの全てを管理して、私がいないと生きていけないようにしてあげる」
瞬間、彼の中で何かが崩れる音を彼女は決して聞き逃さなかった。
「フフッ・・・捕まえた」
ぼそりと呟かれた言葉に反応するものは誰もいない。
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