お世話好きなヤンデレ幼馴染 中

武田とのあの日から彼は自分のことについて良く考えるようになった。

このままで本当に父や母のような立派な自立した一人の大人になれるのだろうか?

否。

それが数日考えてようやく出した答えだった。

その後とりあえず大学を調べることにした彼は自分の学力に見合った中でどういった学部、学科、入社実績があるのかをコツコツと調べていた。

「へぇ、こんな仕事もあるのかぁ」

「実験なんてのもあるのか」

今の今までこういった事を調べたことのない彼は目を輝かせながら夢中になって手を動かし続けた。

「もうこんな時間か」

気が付けば夜も1時を回っていた。

「分からないところは明日にでも先生に聞くか」

もっと知りたい部分にメモをして彼はその日は床に着いた。

翌日の放課後、彼は昨日メモしたことを教師に聞いた後足取り軽く学校を後にした。

教師も彼の今日の言動には驚きを隠せていなかった。

なにせ今まで自分の将来はおろか進学先にも特に自分の意思を見せなかった彼が息せき切って質問してくるのだから当然だろう。

「そ、そうかお前もやっとその気になってくれたか!!」

嬉々とした表情を浮かべながら彼に細かく教えていく。

気が付けばとっぷりと日が暮れていた。

「両親にも知らせてやれよ」

「はい!ありがとございました!」

先ほどまでの軽やかな足取りで職員室を後にする彼を思い返しながら、すっかり冷めたコーヒーに口をつける。

「何があったんかねぇ。まっ、いいこったな」

「先生」

遠い目をして感慨にふけっているといつの間にそこにいたのだろうか、花田美咲がそこに立っていた。

手にはプリントを抱えている。

「うわっ、花田か。どうした?」

「彼、どうかしたんですか?」

「ん、ちょっとな」

「教えて頂いてもよろしいですか」

「うーん、しかしな~」

困ったようにその教師は腕を組む。

「これは個人情報だからな。いくら花田とはいえ教えることは———」

座ったまま言い淀む教師を上から見下ろしながら彼女は机の方に視線を向ける。

「・・・・・・」

「だから申し訳ないが教えられないんだわ」

「分かりました。無理言ってすみません。あっ、このプリントここに置いときますね」

「あぁ、ありがとう。いやいや、いいんだよ。お前も気になったんだろ?あいつが職員室に来たの何て初めてだからなぁ」

はっはっはと愉快気に笑う教師に踵を返し職員室を出ていく。

廊下を歩きながら彼女は考える。

もう周りの声は聞こえなくなりつつあった。

あの教師の上に隠すように置かれたもの。

様々な大学のパンフレットが乱雑に積まれていた。

それだけで彼が何を考えているのか分かる。

進学する大学を変えようとしているのだ。

「あいつ、私と同じ大学に行くって約束したのに」

いつも一緒にいたのに・・・。

絶対に許さない。

私から離れようなんて・・・。

「許さない」

彼女は彼が待っているであろう下駄箱へと歩を進めた。

「ごめんごめん。遅れちゃった」

「別にいいよ。早く帰ろうぜ」

「ええ」

その後、いつものように彼らは帰路についた。

電車を降り、いつもの道を通る。

彼らの自宅は隣同士な為、最後まで帰る方向が同じなのだった。

日は傾き街灯がぽつぽつと灯り始め、長く伸びた影が彼らを覆い隠さんとしていた。

吹き付ける身震いするような風に枯れ葉が押し流されるように地面を這っていく。

自宅までもう少しというところで彼が口を開いた。

「なぁ」

「なによ」

「少し話したいことがあるんだけど、寄って行かないか?」

「えぇ、別に構わないけど」

そう言って彼は彼女を自宅へと招き入れた。




「で?話したい事っていうのは?」

彼女は部屋に入るなり彼に質問する。

「ま、まぁちょっと待てよ。ジュース持ってくるから少し待っててくれ」

そう言って彼は部屋を出て行った。

トタトタと階段を下りる音が遠ざかる。

彼が下に降りたのを確認すると、彼女は何となく部屋をぐるりと見渡す。

「あら?」

いつもなら適当で彼女か彼の母親がきつく言わない限り、ゴミや脱いだ服が散見しているのだが今日に限って埃1つ落ちていないほどに綺麗にされていた。

整理整頓された本棚、押し入れの中の収納棚には彼が着る服が入っており、いつもは上着や下着、靴下がごちゃ混ぜの混沌としたスペースだったのが今日は綺麗に畳まれた状態で分けられていた。

(おかしいわね、おばさんが掃除したのかしら?)

怪訝に思いながら眺めているとガチャリとドアが開き彼が帰ってきた。

木のお盆にお菓子とジュースを乗せ、机の上に置く。

「この棚、やけに綺麗ね、おばさんに言われたの?」

「いや、自分で整理したんだよ」

「え?だっていつも私かおばさんがやってあんた自分でしたことなんて一度も・・・」

驚く彼女を見て彼は自慢げに鼻を鳴らしていたが、すぐに真面目な表情に変わる。

「もう感づいてるかもしれないけどさ。俺志望大学変えたんだよ」

「・・・なんで」

「俺、いつもお前の世話になってばっかりでさ、大学もお前に言われて何となく決めたんだよ」

「ええ、そうね」

「でもこの前武田に言われて色々と考えてみたんだよ」

「チッ、余計なことを」

「なんか言った?」

「別に・・・」

都合が悪そうに視線を逸らす。

そんな彼女をよそに彼は続ける。

「薄々気がついてはいたんだ。俺は優柔不断で人の意見に流されやすい人間だって」

そう言って彼は机の上に1枚のパンフレットを広げる。

「ほら見てくれよ。これ」

「これは?」

「俺が行きたい大学だよ。この工学部にさ————」

そう言って彼が話したのは自分が行きたい学科についての話だった。

驚くべきことに全て自分調べたらしく、必要なセンター試験の点数、二次の点数配分、自分の将来就きたい仕事、取るべき資格など実に念入りに調べ上げられていた。

「これ全部・・・あんたが・・・?」

一通り目を通した彼女が信じられないという風に彼を見る。

「あぁ、そうさ。もう前までの俺とは違うんだ」

得意げに鼻をこすりながら彼は笑う。

「だから、その・・・俺はお前と同じ大学には行けない。俺はここで一人の大人として立派に自立して見せる」

頭を下げて彼女に詫びる。

相談もせずにいきなり、しかも試験まで残りひと月を切ったころに言われたのだ。

彼女がどういった反応を見せるか分からない彼はチラリと彼女の様子を盗み見る。

「・・・ふーん・・・べつにいいんじゃない。私は大丈夫だよ」

しかし、彼女の反応は実に淡泊なものであった。

先ほどの驚きようはどこ吹く風、お菓子を食べながら興味なさげにパンフレットをひらひらと遊ばせる。

「あぁ、そうか。ならいいんだ」

拍子抜けした彼は自分もお菓子に手を伸ばす。

「なによ、私が怒り出すとでも思ったの?」

未だに頭に疑問符を浮かべている彼に気が付いた彼女は怪訝そうに彼を見つめる。

「いや、怒るっていうか機嫌が悪くなるかもしれないなーってくらいは思った」

「何言ってんのよ。どこの大学に行こうが、どの職につこうが全部あんたの人生でしょうが。あんたが決めなくてどうするのよ」

寧ろやっと自分で決めてくれたかって感じよ、と言いながらため息をつく。

「そうか、やっぱりそうだよな」

彼も彼女の一連の言動に安心したのかお菓子に手を伸ばすペースが速くなる。

「じゃあ、私はもう帰るわね」

彼女は立ち上がり、さっさと階下に行ってしまう。

「とりあえず、あいつが認めてくれてよかった~。さっ勉強勉強」

胸のつかえが降りた彼は気を取り直し、机に向かった。

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