お世話好きなヤンデレ幼馴染 上

身も凍るような北風吹くある日のことだった。

朝、いつものごとく駅の雑踏の中に紛れ込む二つの靴音。

「あんた、今日は宿題やってきたんでしょうね」

腰まで届く流麗な黒髪をなびかせ歩くのは花田美咲。

切れ長の目に綺麗な黒い瞳。

ぷっくりとした紅い唇に高い鼻。

控えめな胸、日本人離れしたすらりと伸びた手足。

絹のような柔肌に白魚のような指。

おまけに誰にでも分け隔てなく接する温和な性格。

どれも最上級の宝石のような輝きを放っていた。

「当たり前だろ」

対して自信たっぷりの声で返事するのは小山太一。

中肉中背、かといってお世辞にもイケメンと呼べるほどの顔面偏差値はなく学力はいつも全体の真ん中程を何とかキープしている。

あだ名が量産型という時点で彼のおおよそは掴めるだろう。

そして部活はというと花田の勧めで彼女と同じ帰宅部になっていた。

彼は彼女の小さい頃からの幼馴染である。

マイペースな性格でいつも花田のお世話になっており、自分の意見を表に出すのが苦手な為人の意見に流されることが多い。

会話をしながら2人は電車に乗り込む。

どうやら彼らは高校生らしい。

彼らを乗せた電車がゆったりと動き出したころだった。

彼女は思い出したように口を開く。

「じゃあ、追加の古典の宿題は?」

「え、何それ?」

真剣な顔で聞き返す彼を見て彼女は思わずため息をつく。

「昨日先生が帰り際に言ってたじゃないの。急で悪いけど明日までに出してくださいって」

彼は少しの間考えるそぶりを見せたがすぐに思い出したらしい。

すぐにしまったという顔になる。

「あっ・・・」

愕然とする彼を見て更に追加のため息。

「あんた、ちょっとはメモでもしたらどうなの?」

「いや、これでもしてるんだけどな・・・あ、あったあった」

そう言って彼は鞄を何やらごそごそと探るとそこからクタクタになった一冊のメモ帳と思しき物体を取り出した。

「何それ?」

思わず口に出してしまう。

それも当然である。

「メモ帳」

一切の躊躇なく彼は答える。

「は?そのゴミみたいなのが?」

「ゴミだなんて、ひどいじゃないか。これはちゃんとしたメモ帳だよ」

そう言いながら彼は堂々とそれを開く。

彼女は恐る恐るそれに目をやる。

「うーわ。古代の文字みたいになってるじゃない」

「ぐっ・・・」

彼女の言う通り彼の開いたメモ帳もどきに書かれていた文字はそのくたびれ具合と彼の字の汚さとが相まってあたかも古代文字の様を呈していた。

「ま、まあ。それはおいといてだな」

「・・・ごまかしたわね」

ジト目で見つめる彼女から視線を外し、外の景色に視線を移す。

所狭しと立ち並んだ高層ビルが次々と流れていく。

「なぁ、n——」

「ほら、ノートでしょ。授業までには返してよね」

彼がすべてを言う前に彼女は既に古典のノートを彼に差し出していた。

「ありがと!やっぱ頼りになるなぁ~」

「私が頼りになるんじゃなくて、あんたが頼りないのよ」

「いつもわるいね」

「今更どうってことないわ。まったく・・あたしが居なかったらどうなってたか。ほら降りるわよ」

「あっ、ちょっと待って!」

彼は慌てて彼女に次いで電車を降りる。

「ほんとあんたってどんくさいわね」

赤色の実に暖かそうなマフラーの下で彼女がぼやく。

「そうかなぁ」

白い息が青空に消える。

「そうよ。そんなんでセンター試験大丈夫なんでしょうね」

「だ、大丈夫だよ・・・多分」

「ならいいけど」

彼女は自信無げに呟く彼を一瞬目じりに置いた後で学校に向かって歩き出す。

彼らはもう高校3年生、入試の時期なのだ。

そして現在、センター試験まで後一か月というところまで来ているのだった。


教室に入ると皆どこかピリピリしていた。

皆机に向かって単語帳を開いていたり、参考書の問題を解いていたりと勉強に精を出していた。

「やっぱりみんな勉強してるんだね」

「当たり前でしょ。あんたぐらいよ、のんびりしてるのは」

「そうかなぁ?」

いつものように会話しながら自席につく2人。

「あっ、そういえば」

「ん?何?」

彼女が思い出したように彼の方を振り返り、口を開く

「今のところ進路は変えてないのよね?」

「え?まあ変えてないよ」

「ふーん・・・」

それだけ聞くと彼女は前に向き直り、一限の授業の準備をしだした。




「おい、まだ花田の世話になってんのか~?」

「おぉ、おまえか」

昼休み、昼食を摂り終えた彼が歯を磨いているとひとりの男が彼に近づいてくる。

その男の名前は武田祐樹、彼の友人である。

「そんなんじゃ一生自立できないぜ。もう俺らも大人になるんだからさ、自分で選んで自分で決めて、自分で後悔する。そういう人生を送らないといつまでたっても成長できないぞ」

武田は鏡の前で髪をちょこちょこといじりながら彼の方を見る。

「後悔は余計だと思うんだけど・・・」

そうかもなとおどけたように言う武田を横目で見て彼は思わず尋ねる。

「祐樹」

鏡の中の武田と目が合う。

「ん?」

「お前はもう決めてるのか?」

「大学か?」

「それもあるけどやっぱり将来のこととか」

「当たり前だ。第一さっきあんなこと言っといて自分の夢もありませんなんて言うわけないだろ」

「まぁ、そうか」

「なんだ?聞きたいのか?」

少し意外な顔をしながら武田は彼を見つめる。

「まぁ・・少しは」

「驚いたな。いつもマイペースで流されやすいお前が積極的になるなんて。一体どういう風の吹き回しだよ、え?」

「・・・」

無言になった彼を見て武田は口を開く。

「まぁ、いいか。教えてやるよ。俺は————」

そういって武田が話してくれた将来の話は実に現実的で入念に調べられているのがよく分かった。

いつもふざけているようなタイプだと思っていた武田がここまで詳細に大学から資格、企業まで調べていたのに彼は内心驚くと同時に焦っていた。

彼は周りのみんなもこんな風に考えているのかと武田に聞いた。

「まぁ、流石にここまで考えている奴は少ないと思うがある程度は考えてるだろ普通」

「そ、そうか」

そう言って武田と別れた彼はとぼとぼと自教室へと歩き始めた。

それと同時に今までの自分が自然と頭に浮かんでくる。

小、中そして今に至るまでいつも隣には彼女がいて何かあるたびに彼女の世話になっていた。

このままではいけないのかもしれないという漠然とした不安が彼の頭に霞の様に立ち込める。

鈍色の空模様が彼にはやけに印象深く残った。





「ねぇ、あんた最近ぼーっとしてること多くない?」

「え?」

放課後、耳が痛くなるほどの寒風を受けながら彼女がぽつりと呟いた。

「なんか一人で考え込んでることが多いよね。私になんか隠し事してるでしょ」

「そ、そうかな?そんなことないと思うけど」

鋭い洞察力の彼女に一瞬ひやりとするが何とかごまかす。

「ふーん・・・そうなんだ」

「な、なんだよ。ほら早く帰ろう」

強引に会話を切り上げて急ぎ足で帰路につく彼。

一方の彼女はただ立ち止まって小さくなっていく彼の後姿を瞬きもせずじっと見つめていた。

「私に嘘・・つくんだ」

誰にともなく呟いた言葉は冷たい風の中に消えた。

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