幼馴染 上

人間関係の希薄な現代において、幼馴染というのが存在することは珍しい。

それが異性でなお美少女であればよって男にとって自分はまさに選ばれた存在ともいえるだろう。

誰もが羨む美少女幼馴染と同じ高校に通い順風満帆の人生が待っている・・・はずだった。


「ちょっと!なんでついて来てんの!!」

朝っぱらから怒鳴られる。

周りに人影はなく、少し湿ったアスファルトに朝日が降り注いでいる。

顔を上げると幼馴染である中城ひながこちらをグッと睨みつけている。

「えっ?だって通学路だし・・・ついてくるなんてそんな・・」

「じゃあ、あと5分してから来て。あんたの近くにいたら変なうわさが立つから嫌なの。分かった?」

「・・・はい」

「この愚図っ!」

吐き捨てるように言うと去っていく。

その5分後俺はとぼとぼと学校へと歩き始める。

はっきり言おう。

彼女、中城ひなは美少女だ、しかもとびっきりの。

きちんと手入れの行き届いた腰まで届く闇よりも黒い流麗な髪。

切れ長の黒い瞳は彼女に凛とした雰囲気を与え、朱を落としたようなみずみずしい紅い唇。

その小顔に見合う長身、俗に言う八頭身である。

シミ一つない純白の柔肌、すらりと伸びた手足、白魚のように美しい指先そして17歳という年齢に見合わない大きな双丘。

そのうえ、成績優秀、運動神経抜群と来たからにはもはや非の打ちどころがない。

道行く誰しもが彼女のことを無意識に目で追いかけるだろう。

そんな天から二物も三物も与えられたような彼女は当然俺には見向きもしない。

いや俺だけにはといった方が正しいだろうか。

周りの人たちには温厚でいつも笑顔を絶やさない彼女だが俺と一緒にいると非常に嫌がる。

なんでも俺と幼馴染ということがばれると色々と面倒なことになる。

確かに今まで小中と一緒だったが、いつも周りから揶揄われていたのは事実だ。

中学の終わりにはもうすでに俺との関わりを積極的に避けていた彼女である。

確かにそんな状況では自由に活動できない可能性があるのは否定できない。

もういい加減彼女も嫌になったのだろう。

ということで俺も彼女の言うとおりに彼女との最低限の交流はしないように努めている。

まぁたまにこういうミスもあるのだが。

「はぁ~~」

今日は嫌なことがありそうだ。

一抹の不安を胸に抱きながら今日も俺は登校するのであった。




「おはよー」

帰ってこないであろう挨拶を小さくする。

案の定彼に挨拶を返すものは誰もいない。

未だに彼は内気な性格が手伝って友達といった友達が作れていなかった。

一瞬だけすでに着席し友達と談笑している中城と目が合うがそれも一瞬ですぐに目をそらされる。

そう彼は中城と同じクラスなのだ。

彼の席は一番後ろの窓際の席。

漫画とかではよくある定番の席だ。

自席にカバンを置き、1時間目の準備に移る。

相変わらず、中城の周りには多くのクラスメイトが集まっている。

その中でも特に光を放っているのが山内という生徒だった。

彼はこの高校一番のイケメンであり、サッカー部に所属している。

この時点で高校でのカースト上位は確立されたようなものだが彼にはさらなるステータスが存在する。

この明光高校は偏差値65のまあまあ頭のいい高校である。

その中で成績も中城に次ぐ二番。

両親も開業医と彼は超ハイスペック高校生である。

当然周りはお似合いの2人と認識せざるを得ない。

実際、中城と山内はただ話しているだけで絵になったし、お互い特に仲が悪いというわけではなかった。

山内が積極的に話しかけ、中城がいつも微笑を以てこれに接する。

周りがそう思うのも当然であろう。

その為、成績も真ん中、中肉中背、スポーツはむしろあまりできないフツメンの彼にとってはもはや高嶺の華、いやそれを通り越して神仏の領域なのだった。

彼はもう諦めている。

幼馴染だからもしかしたらという男特有の根拠のない期待を入学して数か月は持っていたが、約1年半の歳月が彼からそれを抹消した。

それは彼に限ったことではない。

中城や山内を狙う男女は表には出さないが悉く打ちのめされた。

周りは次第に2人だけの空間さえ、でき始めているような気がしていた。

そう、ただ一人を除いて。

「・・・・・・・」



そんなある日。

昼休み、喧騒とした教室の中彼は1つ重大な任務を任されていた。

中城の母からお弁当を渡すように頼まれたのだ。

どうやら中城母は彼とひなとの仲が最悪であることを知らないようで半ば押し付けられる形で弁当を届ける羽目となった。

無論、教室には中城、山内を含めた多くのクラスメイトがいる。

もしかしたらお礼の一つくらいしてくれるかもしれない。

そう、彼はまだ17歳だ。

友達も碌にいない彼にとって、青春に対する憧憬も他のクラスメイトよりも人一倍強い。

滅多にない幼馴染とのイベントに多少は心が躍っているのだ。

また彼はそのまま、あの上位カーストの中で友達の一人でもできるかもしれないと本気で考えていた。

それほどまでに彼は一人だった。

彼は切に他者との交流を望んでいたのだ。

数回深呼吸をすると彼は意を決したように立ち上がる。

そのままピンクのおしゃれな風呂敷に包まれた小さな弁当と自分の弁当を持って彼女の下に向かう。

自分の弁当を持って行ったのは言うまでもない。

もしかしたら自分も弁当を一緒に食べられるかもしれないという期待に胸を膨らませていたからに他ならない。

「あ、あの・・」

突然の来訪者に固まる上位カーストの彼ら。

「えっと・・・君は?」

「こ、これ・・その・・お弁当。おばさんに届けるようにって」

周りの空気が一瞬にして凍り付くようだった。

周りからすれば、おいおい何やってんのあいつ、馬鹿なの?といったところだろう。

しかしそこはさすがのイケメン山内。

すぐに機転を利かせる。

「あぁ、中城さんのお母さんから!ありがとう助かったよ。ね?中城さん?」

「えぇ、助かったわ。ありがとう」

中城の席に弁当を置く。

すると中城はその弁当を取ると、彼らと共に弁当を持って教室を後にした。

残ったのは自分の弁当を持ったさえない男が一人。

これにはクラスのみんなも冷笑を浮かべ、それぞれがわざと彼に聞こえるように口を開く

「ばかだなぁ、あいつ。行っても相手にされるわけねぇじゃん」

「ほんと、ほんと、身分不相応って感じ」

「それな」

「あいつ弁当持ってるしさ、ワンチャン一緒に飯食おうとか考えてたんかな?」

「ないないww。さすがに無理なのはわかるでしょ」

「もしそうだったら惨めだよねww」

「ていうかあいつって中城さんと仲いいの?」

「幼馴染とかじゃね?お弁当届けるってことは家も近いとか?」

「えーー!?超意外!あいつが!?中城さんと!?笑うわ」

「なんか一方的に俺ら仲良しとか思ってそう」

「うわ!きもっ!!鳥肌立ったわ」

「なんか昔の約束とか今も有効だと思ってそうじゃね?」

「うわー、それあるわ。冗談はキモさだけにしてほしいよな。馬鹿もいいとこだぜ。」

止まらない彼に対する罵倒。

彼はその罵詈雑言から逃げるように教室を後にした。


校舎の裏。

誰もいない静かな場所で彼は昼食を食べていた。

味などするはずがない。

彼にはあの時の自分が克明に頭に刻まれている。

頭も心も急速に冷めていく感覚が彼を襲う。

期待した自分が馬鹿だった。

なんでこんなことに期待したんだ。

胸中に浮かぶのは上位カーストへの非難でも取り巻きへの苦言でもない。

ただただ自分が甘かった。

そんな自分に対する嫌悪や失望ただそれだけであった。

こうして彼は心に消えない傷を負うことになった。


2日後の放課後、彼は屋上に呼び出された。

今すぐに帰って眠りこけたい彼であったが根は真面目な彼である。

しぶしぶ屋上へ重い足を運んだ。

重たい鉄の扉を開けるとそこに待っていたのは意外な人物だった。

「や、山内君?」

「来てくれたか。」

その瞬間、彼の頭の内は疑問符で埋め尽くされる。

何故彼がこんな自分を呼び出すのだろうか?

わざわざ屋上を指定するということは人に聞かれると困る類の話なのだろうか?

放課後ということもあり、運動部の掛け声や吹奏楽の奏でる音色があたりに響いていた。

「えっと、竹内君。要件っていうのは?」

「あぁ、実はそのことで君に言いたいことがあってね。」

「言いたいこと・・・。」

「君は中城さんの何なのかな?」

「え?」

これは言っていいことなのだろうか。

逡巡する彼を見て、しびれを切らした山内が語気を強めて言う。

「早く答えてくれよ。なぁ!」

「お、幼馴染です!」

つい口走ってしまう。

冷汗が背筋を伝う。

中城さんの迷惑にならないだろうか。

しかし、予想に反して山内は笑っていた。

「なるほどね。それじゃあ君には少しショックかもしれないな。」

「それはどういう?」

「俺さ、ひなとやったわ。」

「え?」

時が止まったような錯覚に陥る。

こういう陽キャのイケメンがやったというのはそういうことなのだ。

「だからさ、幼馴染だか何だか知らないけどさ。ひなに関わることは全部俺に任せてさ、もう君は関わらないでな。ひなも君に関わられて相当参ってたから。分かるだろ?言いたいことはそれだけだ。じゃあな。」

それだけ告げると山内は彼を通り過ぎて階下へ向かった。

思わず膝から崩れ落ちる。

薄々分かっていたことだった。

小さい頃の結婚の約束などもう有効ではないことなど。

その文言は忘れたが確かに約束自体はしていた。

しかし、彼は知っていた。

なぜ自分など彼女の眼中にないのか。

その理由を。

中城は確かに類まれなる才能の持ち主だ。

しかしそれを生かすための、維持するための努力を惜しまないのを知っている。

だからこそ彼は何も言い返せなかった。

山内も同じくらいの努力をしているのが分かるからだ。

彼は知っている。

自分の努力が彼らの足元にも及ばないことを。

もはや涙すら流せなかった。

彼は今この瞬間自分の青春、そして中城に対する恋心を完全に諦めたのだった。


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