狂剣士 上
カラッと晴れたある日のこと。
小さな空き地で乾いた音が鳴り響く。
「オイ!もっと腕を絞れ!分かりやすい攻撃ばかりではかえって反撃を食らうぞ!!」
そこでは二人の男女が木の剣を手に、稽古をしているようだった。
素早い女騎士の一振りで嘘のように男の体が吹き飛ぶ。
数度地面にたたきつけられ手も勢いは止まらず、木箱にぶつかりようやく止まる。
土埃が舞い上がる中、先ほどの騎士が飛ばされた男の方へと向かう。
「大丈夫か?すまない。つい力が入りすぎてしまった。」
そう言うと女性は手を差し伸べる。
頭部の鎧だけ訓練ということで脱いであるのだがその容姿はまさに目を見張るものだった。
肩のあたりで切りそろえられた陽光を受けきらめく流麗な金髪。
整った顔形に切れ長の青い瞳。
体は鎧に包まれているがそこからでも分かるほどしなやかな手足。
先ほど砂埃の中で戦っていたにもかかわらず息1つ切らさず飄々としている。
「はい。なんとか。」
派手に飛ばされた男はその手を取り、剣を杖のようにして立ち上がる。
「また今回も大分汚れたな。」
「もう3時間も稽古させてもらってますからね。」
その男は口に入った土を吐き出しながら言う。
「そうかもうそんな時間か。・・よし、じゃあ今日の訓練はここまで。」
「はい!お疲れさまでした。」
感嘆に身支度を済ませ小さな荷物と木の剣を持ち。帰る。
「おい、ちょっと待て。テム」
テムと呼ばれた男は振り返る。
「はい?なんですかメクレンブルさん。」
「そのメクレンブルという堅苦しい方はやめろと言っているだろう。ロレーヌで良い。」
「でも———」
「テム。何度も言わせないでくれ。」
「わかりました。・・・それでロレーヌさんどうかしましたか?」
「あの・・昼食でも一緒にどうだ?この辺りにいい店を知っているんだが。」
「ご一緒したいところなんですけど今日はあいにく持ち合わせが・・・」
「心配するな。私のおごりだ。」
「本当ですか!?やったー昼飯代浮いたー。」
おごりと聞いた途端喜びだすテムを横目にロレーヌはわずかに笑みを浮かべる。
「全く現金な奴だ。ほら行くぞ。」
「はい!」
「それにしてもやっとお前も騎士試験に合格できる力がついたな。」
「そうですかね?」
ステーキを頬張るテムを呆れるように見ながらロレーヌは続ける。
「あぁ、最初に比べれば本当に強くなったよ。」
「俺、騎士試験に合格できますかね?」
ジョッキを傾けながらテムは無邪気に尋ねる。
「もちろんだ。誰が教えてやったと思ってる。王国一の騎士様だぞ。」
ロレーヌも負けじとジャッキをあおる。
「それで前々から聞こうと思っていたんだがどうしてお前は騎士になろうと思ったんだ?」
「あれ?言ってませんでしたっけ?あ、すいません。これもう1つ追加で。」
けろりとした表情でお代わりを頼むテム。
「言ってない。あの空き地で私が稽古してる最中に割り込んできて必死に『俺にただで剣術を教えてください』なんてしつこく言うから仕方なく教えてやってるんだ。」
「あー。あの時かー。あの時は俺も必死だったんですよ。お、来た来た。」
早速お代わりのステーキにかぶりつく。
「実は俺、身寄りがないんですよね。天涯孤独なんすよ。」
「何!?そうなのか!・・・すまない。言いづらいことを。」
「いえ、全然いいんですよ。両親は俺が物心ついたころにはもういませんでしたし。」
「じゃあお前は一体どうやって今まで生きてきたんだ?」
「そりゃ盗みですかね。」
呆気からんと答える。
「何!?お前盗みを働いていたのか!」
思わず立ち上がってしまう。
周りからの視線に抑え込まれるようにロレーヌは座りなおす。
「そんな怒らないでくださいよ。生きるためには仕方なかったんですよ。」
「それは確かにそうだが・・・。」
テムの思いも寄らない一面を垣間見たロレーヌはしばし困惑していた。
自分よりも少し年下の少年が幼いころから誰の手も借りず一人で生きてきたというのだろうか。
教育も両親からの愛も受けず彼はここまで育ったというのか。
由緒正しい貴族として生まれたロレーヌにとってこの事実は少なくはない衝撃を彼女に与えた。
今まで貧困に苦しむ民は聞いたことしかなく、実際にそういった境遇化にある民に会ったのは20数年生きてきて初めてのことだった。
「でもこの試験に合格すればやっと、ちゃんとした仕事につけるんです。」
「そうか。」
「俺、騎士になるのが夢だったんすよね。」
やや興奮気味のテムは矢継ぎ早に言葉を紡いでいく。
「ほら、4年前に魔物の大群が攻めてきたとき、あったじゃないですか。あの時俺はもう死ぬって思ったんですけど、そこを騎士に助けられたんですよ。」
「そんなことがあったのか。」
「はい!」
「お前の出生には驚いたが、生きるためだ。目をつぶってやる。」
「流石。愛してますよ!ロレーヌさん。」
「ば、馬鹿!!茶化すのはやめろ!」
頬を朱に染めロレーヌは叫ぶ。
「あ、この香り。今気づいたんですけどもしかして香水付けてますか?」
「え?あぁ。ラベンダーの奴だ。私には良く分からんが母上が香水付きでな。よく私にくれるんだ。」
「いい匂いですね。好きですよ。その匂い。」
「ッ!!ほ、ほら!もう食べ終わっただろう。早く行くぞ。」
そう言うとロレーヌは彼の腕をつかむと逃げるようにその場を去った。
それから騎士認定試験に向けて二人の特訓は続いた。
それは一方にとっては楽なことでも、もう片方にとっては血の滲むのような訓練だった。
飛ばされては立ち上がりの繰り返し。
腕は赤く腫れあがり体のいたるところに青あざができた。
それでもテムは一切弱音を吐かなかった。
彼の決意の強さが訓練に取り組む姿勢からひしひしと伝わってきていた。
ロレーヌも分かっていた。
この訓練が騎士認定試験合格に必要な練習量をはるかに超えるそれであると。
しかし、一切弱音を吐くどころかまっすぐに自分へと向かってくる。
彼の剣を受けていると今回の試験に賭ける熱い思いがダイレクトに伝わる。
平民としての彼の話はとても面白い話ばかりだった。
実直で裏表のない性格の彼と話していると貴族の薄汚れた下心にまみれた日常から解放されたようでそのままの自分をさらけ出せた。
そしてようやく迎えた試験当日。
「どうだった!?」
試験を終えた彼をいつもの空き地で出迎える。
彼の実力なら余裕で合格する。
そんなことはわかっているがやはり結果を聞くのは緊張する。
「・・・落ちました。」
「え?」
一瞬で辺りの温度が下がったような錯覚に陥る。
沈黙が走る。
燦燦と輝く太陽にどす黒い雲が差し込み始めた。
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