排除

猛暑の夏。

もうすでに40度を超えた場所があるとかないとか、熱中症への注意喚起が様々なメディアで展開されている季節である。

そんな中、俺は真面目にも夏休みの間に開かれる特別授業に参加するため、このクソ暑い中足取り重く学校に向かっていた。

(何が悲しくて夏休みにこんな暑い中、学校に行かなきゃいけないんだよ。)

受験のために高校二年生の夏を返上して勉学に精を出しているとは言え、ここまですることになるとは。

(まあ、どっちみちやらなくちゃだもんな。仕方ねえか。)

重い足取りに更に拍車をかけるように重々しいため息をひとつ。

「早く着かねぇかな。」

「おーい!」

ぼそりと俺が口に出したその時だった。

聞きなれた無駄に高い声。

背後でするどたばたという音。

誰が来たかは見なくても残念ながら俺にはすぐわかってしまう。

「おはよーーー!!」

背中に軽い衝撃が走る。

走ってきた勢いの割には大した衝撃は伝わらない。

「よお。今日も元気そうじゃねぇか。あかり。」

振り向くとそこには真夏の太陽に負けないくらい、弾けんばかりの笑顔で俺を見上げる少女が。

二宮あかり。

俺の隣に住んでいる幼馴染だ。

肩まで伸びた茶髪のショートヘアーに、まんまるおめめのパッチリ二重の可憐な少女だ。

童顔でおまけに慎重も150㎝程度しかないためよく中学生に見間違えられる。

本人はどうして中学生に見られるか分からないと不満を漏らしているが俺としてはどうして高校生に見られると思っているのかが本当に良く分からない。

そんな彼女だが整った顔立ちと持ち前の人懐っこさから高校では結構人気があるらしい。

(世の中いろんな人間がいるもんだなぁ。)

しみじみと感じ入っていると、下から声がする。

「どうしたの?変な顔して。」

「悪かったな、生まれつきだ。」

お決まりのご挨拶を交わし、俺達はいつものように蝉の声も気にならないほどあれこれ言い合いながら登校するのだった。



「おはよー。」

学校につき自教室に足を運ぶ。

あかりとは教室が同じなので、そこまでは一緒だ。

(1時間目は数学か。めんどくせぇ。)

心の中で悪態をつき、席につく。

クーラーが効いている為、外に比べてかなり涼しくなった。

タオルで汗を拭き、カバンにしまうと早速1時間目の準備をする。

ダルイ授業を聞き流す程度に受け終えると、もう放課後だ。

今日は午前中だけしか授業がないため、俺はウキウキしながら学校を後にした。

どこから湧いて出たのか、気づけば近くにいたあかりにつかまり、朝同様くだらないことで笑いあいながら帰路につく。

早く帰れたはいいものの午前中ともあり、朝よりはまた更に暑い。

さっさと家に帰って涼みたいものだ。

自宅前であかりと別れた俺は汗まみれの服を脱ぎ、シャワーを浴びる。

(昼に浴びるシャワーってめっちゃ気持ちいいよな。)

なんとはなくそんなことを思っていると玄関のチャイムがなる。

慌てて服を着て、玄関の扉を開ける。

「遊びに来た!!」

屈託ない笑顔でやってくるあかり。

「いきなりだな。まぁ、別にいいけど。」

そそくさと制服姿のまま、カバンを持って家に上がるあかり。

「お茶持って行くから先に部屋で待ってろ。」

「はーい。」

トタトタと二階に上がる音がする。

(本当に元気な奴だな。)

半ば呆れながら俺はお茶菓子を取りにリビングに足を向けた。

「お待ちどうさん。はいよ。」

ジュースとお菓子をテーブルの上に置く。

「うわー。ポテチじゃん!分かってるねー。」

嬉々として飛び跳ねながらテーブル上のお菓子を見つめるあかり。

こいつの幼さと相まって中学生にしか見えないのだがこれを言うとかなりお怒りになるので固く口を閉じる。

「ねー。今日は何して遊ぶー?」

ポテチを口に放り投げながら俺の部屋をぐるっと見渡す。

「お前が考えてるもんだとばっかり思ってたからなー。ゲームとか?」

「いいよーー。あ、それならさ!前一緒にしたあの格ゲーしよ!」

「いいけどお前また負けて半ベソかいて帰ることになるぞ。」

にやにやと意地悪く笑う俺にムッと頬を膨らませる。

「舐めないでよね。今日こそはコテンパンにやっつけてあげるから!」

俄然やる気を出したあかりは早速コントローラーを引っ張り出し電源を入れる。

その後、俺達は日が暮れるまでゲームに明け暮れた。

ちなみに格ゲーはぼろ勝ちした。

「じゃあねー!今日は楽しかったよ。ありがとー。」

「おう。またいつでも来ていいからな。」

あかりを見送った後、俺は夏休みの課題を終わらせるため二階に上がる。

(まぁ、家隣なんだけどな。・・・あ、洗濯物。)

洗濯物を干すのをすっかり忘れていた俺は慌てて一階に駆け降りる。

(すっかり忘れてた。やべぇやべぇ。)

目的を果たし終え、満足げに自室に向かう。

来年に受験を控え、夏休み返上の身としてはやはり少しでも上位の大学に行きたいと思うのは当然のことだろう。

一応志望校も決まっているし、モチベーションはまあまああるつもりだ。

そんなことを考えながら俺は机に向かうと机に向かった。




同日。

カーテンがぴしゃりと閉められ、外の光を遮断し屋内に暗い上げを落とす。

ヒグラシの鳴き声がどこか遠くから響いて聞こえる。

その部屋の中、その主人である少女が二階にある自室のベットでぺたりと座り込んでいた。

両手には真空パックに詰められた白のシャツが一枚。

しかしそれは少女のサイズにしては大きすぎるように見える。

その少女はそんなことは一切気を留めず、どこか緊張した面持ちでそのパックの口をわずかに開ける。

すぐさま口に覆いかぶさるように顔を近づけると大きく息を吸い込む。

少女の小さい背中が大きく膨らみ一回り大きくなったようにさえ感じた。

「あー良い匂―い。」

恍惚とした表情で顔を上げるとぽつりとつぶやくあかり。

真空パックの中には今日彼が来ていたシャツ。

彼の汗が混じった匂いが鼻腔を駆け抜け、全身へ染み渡る。

雷に打たれたような衝撃と共に甘い快感が脳を犯す。

筋肉が弛緩し力が入らない。

腕がだらりと布団の上に垂れ下がる。

パックが軽い音を立て落ちる。

全ての細胞が活性化したように血圧が上がり、頭が冴えわたる。

数度の痙攣の後、漏れ出た吐息と共に言葉が流れ出る。

「はぁーー。この感じ。いいなぁ。」

鼓動が早くなり息が乱れる。

顔が紅潮しているのがよく分かる。

彼の匂いはあかりにとって今や生活費需品といっても差し支えないものになっていた。

否、これはもはや中毒の域にあるといっても良いだろう。

彼女はすでに彼の匂いなしでは日需要生活もままならないようになっていた。

その為彼の隙をついては靴下や服といった衣類の類を拝借しているのだった。

箪笥の中には彼が貸してくれたハンカチやタオル、彼が捨てたティッシュなどがぎっしりと真空パックに入った状態で小分けにされ、保管されてある。

彼にとってはごみとして捨てたものでも彼女の中では喉から手が出るほどの宝なのだ。

「絶対に私のものにしなきゃ。ほかのゴミの匂いが混じっちゃったら大変だもんね。私が守ってあげないと。」

待っててね。

逃がさないから。

虚ろな瞳で屈託のない歪んだ笑顔を浮かべる。

ぼそりと口にした言葉を耳にするものは無論誰もいない。。

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