後悔
俺の名前は田中啓。
しがない大学生だ。
これといって特に自慢するようなところもない男だがなぜか彼女はいる。
「ねぇ、啓ってば!」
噂をするとその彼女の登場のようだ。
佐々木唯。
肩まで伸びた流麗な黒髪。
くりくりとした人懐こい紅瞳。
全体的にもかなり整った顔をしていて、豊かな双丘と細いくびれは男子垂涎のものであろう。
また誰にでも平等に、やさしく接することからも唯は多くの男女から人気がある。
そんな俺の幼馴染で家も隣同士ということで、家族ぐるみで付き合いがある。
それが原因でもあったのかどうかは良く分からないが、唯から告白を受け交際が始まった。
唯は彼氏の色目抜きにかなりか良いと思う。
しかし、唯は非常に気が強い。
俗に言うとツンデレにあたるのだろう。
付き合い始めた当初は何をしてもされても可愛いと感じたものだがだんだんと面倒くさく感じ、ついにはいら立ちまで覚えるようになった。
「ねぇ聞いてるの!」
「あぁごめんぼーっとしてた。」
「最近私の言うことちゃんと聞いてる?もういい加減にしなさいよね。」
「あぁごめん。気を付けるよ。」
俺はうんざりした気持ちを隠して唯と言葉を交わす。
「せっかく私が話しかけてあげてるのに。私の彼氏としてもう少しちゃんとしなさいよね。」
「・・・」
「返事も出来なくなったの?」
「ごめん唯。気を付けるよ。」
「わかればいいのよ。分かれば。じゃあ今日あんたの家行くから準備しときなさいよ。」
「わかった。」
そう言うと唯は踵を返していなくなった。
(いつからだろうな。あいつと話してて疲れるって感じたのは。)
俺はあいつとどう向きあっていくべきなのだろうか。
その言葉はとうとう彼の口から出ることはなかった。
放課後。
約束通り、私は啓の自宅に来ていた。
夕日も大分傾き、窓からの赤橙色の光が彼の部屋の陰影をくっきりと浮き彫りにする。
啓はまだ帰っておらず、もうしばらく待ってほしいと彼の母から言われ私は仕方なく彼の自室に一人座っていた。
カラスがしわがれた声で鳴いた。
「ただいまー。」
しばらくして彼は帰ってきた。
彼の自室は二階にあるため、トントンと階段を上る音が近づいてくる。
扉がゆっくりと開き、彼が入ってきた。
走ってきたようで息が乱れ、汗ばんでいる。
「あ、唯ごめん遅れt———」
「遅い!いつまで待たせる気?」
開口一番私は彼を怒鳴りつける。
違う。
こんなことを私は言いたいんじゃない。
何で?
何で彼を前にすると言葉がまっすぐ出てこないの?
こんなに好きなのに。
「ごめん・・・」
彼は心底自分が悪いような表情を浮かべた後頭を下げる。
それが更に私を素直にさせない。
言葉が自然と口から漏れ出る。
それが彼をいかに傷つけるのかを知っているのに。
「いっつもごめんごめんって。もういい加減にして。少しはごめんって言わないように行動しなさいよ。」
私の言葉を受け彼は俯く。
表情なんて見なくても分かる。
これは私のせいなのだ。
「・・・」
「あーあ。あんたみたいな平凡な男と付き合ってるって恥ずかしいわ。」
「・・ッツ!」
「毎日毎日こんな奴と顔合わせないといけないなんて罰ゲームよ。罰ゲーム。」
「・・・」
「私が付き合ってあげてるっていうのに暗い顔で俯いてばっかり。もう別れちゃおうかなー。」
私は言ってしまった。
最近彼が私に関心を向けてくれないこともあり普段なら絶対に言わないことを口走ってしまった。
「別れよう。」
ぼそりと今まで黙り込んでいた彼が口を開く。
「え?何?」
「別れようって言ったんだ。」
「何冗談なんか言って———」
「俺は本気だ。唯、別れよう。」
え?
頭の中が一瞬で真っ白になり思考がまとまらない。
え?
彼は今なんて?
ワカレル?
別れる?
「ねぇ。冗談よね?」
「冗談なんかじゃない!黙って聞いてれば。いい加減にしろよ!!」
彼はすさまじい剣幕で睨みつけてくる。
そのまままくし立てるように啓は言葉をつなげる。
「何が付き合ってあげてるだ!大体お前の方から告白してきたんじゃねぇか!!それを言うに事欠いて・・・お前!!」
怒りに震える啓。
こんな彼を唯は未だかつて見たことがなかった。
「毎日毎日、俺と会うたびに暴言ばっかり吐き捨てていきやがって!一度でも言われてるこっちの気持ちを考えたことあるか!頑張って選んだプレゼントも、せっかく考えたデートコースもぶつぶつ文句ばっかりで感謝の一言も言わない!」
「ね、ねぇ啓?その———」
「もういいよ。疲れた。そっちこそ清々しただろ?俺なんかに無理に合わなくて済むんだから。」
「ねぇ・・ごめん。あ、あ、謝るから。」
震える口で必死に謝る唯。
目じりには涙が溜まっている。
しかしもはやそんな言葉は彼には通らない。
「もう遅い。何言っても無駄だ。帰れ!」
「ごめんなさい!!今までのは全部嘘なの!」
唯はすぐに土下座し、必死に謝る。
彼との関係が壊れる。
彼女は額を床にこすりつけ、むせび泣く。
体がガタガタと震え、全身を恐怖が覆いつくす。
彼に捨てられる。
そんな。
やっと啓とこういう関係になったのだ。
小さいころから夢見ていたことがやっと実現したのだ。
「ね、ねぇ私の体好きにしていいよ。私体は自信あるから。ね?」
彼にすがるように膝立ちのまま立ち上り、抱き着く。
彼を見上げるその瞳はもはや笑っておらず、いやでも伝わってくるその必死さ。
しかしすべては遅かった。
「帰れ!」
啓は唯を振り払うと突き放す。
「ねぇ。許して。謝るから。・・そうだ!私なんでもするから。啓の言うことはなんでも聞くよ。だから。ね?」
「帰れって言ってるだろ!」
その後泣き叫ぶ彼女を何とか帰らせた後、よほど疲れたのか彼は泥のように眠った。
同日。
深夜。
唯は一人真っ暗な自室のベットの上にいた。
明かりは1つだけ。
手に持ったスマホが煌々と辺りに光をこぼしている
ついにやってしまった。
いずれこうなることはわかっていたのに。
(私の馬鹿。私の馬鹿。私の馬鹿。私の馬鹿。私の馬鹿。私の馬鹿。私の馬鹿。私の馬鹿。私の馬鹿。私の馬鹿。私の馬鹿。私の馬鹿。私の馬鹿。私の馬鹿。私の馬鹿。私の馬鹿。私の馬鹿。私の馬鹿。私の馬鹿。私の馬鹿。私の馬鹿。私の馬鹿。私の馬鹿。私の馬鹿。)
光を失った虚ろな瞳に映るのは彼の映像。
部屋には壁一面に多くの写真が貼り付けられ、スマホの光でぼんやりとその姿が浮き出る。
全て彼の写真だ
(大丈夫だよね?彼は私を捨てないよね?私たちまだ付き合ってるもんね?大丈夫きっと大丈夫。私が元通りにしてあげるからね。)
自分に言い聞かせるように何度も同じ言葉を復唱する。
暗闇の部屋の中慟哭が空しく響き渡っていた。
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