2月14日
バレンタイン。
これを聞くと男ならだれもが意識してしまうのではないだろうか。
下駄箱。
机の中。
放課後。
恐らくないと分かっていながらも少しの緊張感と共に期待してしまう。
今年はもらえるんじゃないかと。
こんな冴えない男にチョコなどくれるはずがないのだが。
周りにばれないようにため息を1つつき、自教室に向かう。
「よう!おはようさん。」
「あぁ、井上か。」
教室に入ると親友の井上が声をかけてくる。
心なしテンションが高い気がする。
「それで、お前はもらったのかよ?」
「もらうって?」
「とぼけるなよ~。チョコだよ。チョコ!」
にやにやと意地悪く笑う。
しかしどこか不安そうな顔で俺を見る。
「わかってるだろ。俺なんかがもらえるわけないだろ。」
その瞬間井上の表情は一転し、非常ににこやかになる。
少しうざいな。
「いやー!そうか!そうだよな!よかったお前も仲間だったー!」
背中を必要以上に叩いてくる。
前言撤回。
めっちゃうざい。
「まだ朝だろ。これからもらえるかもしれないし。」
「お前マジか!そんなもんもらえるわけねぇだろ。去年もそんなこと言ってたよなぁ。」
俺の最後の抵抗も空しく井上に一蹴される。
悔しいけど事実だから何も言えない。
若干不貞腐れたまま席に着く。
そこからはいつもの授業と何ら変わらないものだった。
いつものように授業を受け、井上と昼飯を食べ、気が付けばもう放課後だった。
「一緒に帰ろうぜー。」
「ごめん。今日は生徒会があるから。」
「なんや。付き合い悪いなー。」
「しょうがねぇだろ。」
「わかってるよ。じゃぁなー。」
「おう。」
井上と別れた俺は生徒会室に足を向ける。
「失礼しまーす。」
扉を開けるといつもの生徒会メンバーがチラホラと見える。
(あ、二神先輩だ。)
二神泰葉。
腰のあたりまで流麗に伸びた艶のある茶髪。
切れ長の目の奥に燃えるように輝く深紅の瞳。
新雪に一滴朱を落としたかのような美麗な唇。
非常に整った容姿で老若男女思わず目を引かれるのはしょうがないことだ。
そしてこの人こそがこの高校の生徒会長を務める俺の先輩だ。
正確には元だが。
先輩は推薦で地元の有名国立大学に早い段階で合格している為、今は助っ人としてこの高校卒業までの間手を貸してくれているのだ。
(それにしても凄いよなー二神先輩って。)
文武両道、容姿端麗、品行方正、明朗快活。
非の打ちどころのない女性で全校生徒の憧憬の念の一切をその背中に背負っているといっても過言ではないのだ。
(でもそんな先輩とももうお別れかぁー。)
しかし俺は特に先輩とは仲がいいというわけではなく、あくまで生徒会の役員な為二言三言連絡、報告を行うくらいだ。
(まぁ、俺なんかが先輩に釣り合うわけあいんだけどな。)
というかあまりにも高いところにありすぎて手を伸ばす気も起きない。
その為俺の中ではむしろ憧れの思いの方が圧倒的に強く、恋愛感情は逆にない。
いつもの作業をこなして気づけばもう下校の時間だ。
最終下校時間を知らせるチャイムが鳴り響く。
夕日を受けながらまるで少しでも学校にいる時間を伸ばすようにゆったりと歩く。
行内にはもう誰も残っていないようでシンと静まり返っている。
(あぁ、結局もらえなかったな。チョコ。)
分かっていてもやはりクるものだ。
ガクリと肩を落として下駄箱にたどり着く。
半ば諦めながら最後の一縷な願いを込めて開ける。
(・・・まぁそうだよな。)
案の定靴しか入っていない。
「まぁいっか。」
ぽつりと独り言をこぼし、校門に向かう。
その時だった。
「あの!先輩!」
「ん?」
声の方を見ると1人の女生徒がこちらを見ている。
ショートカットの黒髪で小動物的というか一言で言うなら小柄でキュートな子だ。
どうやらあの子が声をかけたらしい。
「あ、あの。その・・こ、これ受け取ってください!」
ズイっと出されたのは可愛らしくハートのラッピングが施された小箱だ。
「え?これ俺に?」
にわかには信じられないが女の子がうなずいているところを見るとそうなのだろう。
ついに苦節17年俺にもついに春が来たか。
「マジで!?本当に!?めっちゃ嬉しい!」
「それで・・そ、その返事はあとで良いので・・さ、さよなら!!」
「あっ!ちょっと!!」
女の子は顔を真っ赤にしながら走り去ってしまった。
実感が湧かないが、これが告白というものなのだろう。
そう思うとふつふつと静かな幸福感がこみ上げる。
口角が自然と上がる。
(そっか。俺彼女できるかもしれないのか。)
その嬉しさを噛み締めながら足を踏み出した。
「あれ~~?まだ残ってたんだ。」
「え?」
振り向くと二神先輩が靴を履いて今さっき正面玄関から出てきたところだった。
思わずポケットにその小箱を隠す。
「ふ、二神先輩!?」
「どうしたのー?ずいぶん驚いた顔だね。」
にこりと笑みを浮かべるとすっと俺の隣に並ぶ。
どちらからともなく歩を進める。
冬の日の入りは早く、夕日がすでに山に隠れかけている。
「もうそろそろお別れになっちゃうねー。」
魅力的な笑顔のまま俺の顔を覗き込む。
ふわりとした甘い匂いが俺の鼻腔をくすぐる。
「そ、そうですね。先輩には本当にお世話になりましたよ。」
「ん~?なかなかうまいこと言うじゃん。」
「お世辞じゃないですよ。」
「そう、嬉しいこと言ってくれるねー。」
先輩は上機嫌そうに目を細める。
「ねぇ、私お腹すいちゃった。なんか食べるもの無~い?」
「え?今ですか?んーと。」
「あれ?そのポケットに入ってるものなーに?」
(あ、見つかっちまった。)
「え、これはですね。あのー、その・・。」
「もうもったいぶらずに教えて・・・よ!。」
「あぁ!」
先輩はするりと俺のポケットからお目当てのものを取り出す。
「これって・・・?」
「チョコですよ。さっきもらったんです。」
俺は観念して真実を口にする。
「君が?・・・誰に?」
一瞬、ほんの一瞬だが一気に周りの温度が下がったような錯覚に陥る。
「わかりません。後輩なことは確かですけど。」
「ふーん。そうなんだ。」
先輩はしばらく考えるような素振りでうーんと唸る。
「ねぇ、君はこの子の告白受けるつもりなの。」
「それは・・まだ分かりません。でも個人的には嬉しいって思ってます。」
「・・・・・・」
「先輩?」
「ん?あぁ、ごめんね。ちょっと考え事してただけ。」
「考え事?ですか?」
「うん。だって君来年高3でしょ。勉強に力入れないといけないときに彼女作るのはどうかと思うなぁってね。確か君も私が行く大学が第一志望なんでしょ?」
「えぇ、そうですけど。何で先輩がそれを?」
「同じ生徒会の空君いるでしょ。君がよく話してる。」
俺は合点がいく。
「あぁ、あいつからですか。」
「そういうこと。」
実はねと先輩は言葉をつなげる。
「君をその大学に推薦しようって話も出てるんだよ。」
秘密だよと先輩はにこやかに笑う。
「えっ!本当ですか!?」
「だって君は生徒会役員だし、部活もしっかり出てるし、地域のボランティアとかにも積極的に参加してるし適任だってね。」
「マジか。やっt———」
ただと先輩の顔が急に暗くなる。
「どうしたんですか先輩。何か俺に足りないことでもあるんですか。」
「うん。成績がちょっとね・・・少し足りないらしいの。」
「うっ。」
確かに今のままでは合格できない自覚はあった。
俺はあまり勉強ができる方でもない。
一応塾には行っているがいかんせん自分で努力をしようとしないためいまいち成績が伸びないのだ。
「だからね。もし嫌じゃなければいいんだけど、私が君の勉強を見るっていうのはどうかな。」
上目遣いできれいなその瞳をうるつかせながらじっとこちらを見つめる先輩。
薄暗い中わずかに先輩の頬が上気し、朱を増していた。
その庇護欲を掻き立てられるような初めて見る先輩の姿に俺は息をのむ。
「ねぇ駄目かな?」
ズイっと体を寄せる。
甘い匂いで脳が揺れるような衝撃を受ける。
「い、いえ、そ・・そのこちらこそよろしくお願いします。」
気づいたときには先輩からの誘いを快諾していた。
もう日が暮れる。
「それじゃあ、また明日。約束忘れないでね。」
そう言うと私たちは別れ、帰路についた。
日の暮れた辛い道を歩く。
道路には道行く人がチラホラ見えるだけでほかに人影はない。
ぽつりぽつりと並んだ街灯の細いあかりが逆に周りの暗さを強調する。
(上手くいった。)
私は心の底からほくそ笑んだ。
彼にこれからもかかわりあえる機会が手に入ったのだ。
仮に彼に彼女がいたところでそんなことは関係ない。
奪ってしまえばいいのだ。
所詮は学生の色恋。
たかが知れている。
しかし、私のそれは当てはまらない。
好きなどという生易しいモノではない。
一歩間違えれば身の破滅に追い込まれるほどの濃く、深く、黒い愛なのだ。
彼女の整った顔が愉悦に曲がる。
これからが楽しみだわ。
彼女は愉快気にぽつりぽつりと独り言のように歌う。
その歌は静かに湿った夜気に溶けて消えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます