篭絡

「中田せーーんぱーい。」

聞き慣れた声音だ。

昼休みの喧騒の中、一人の女生徒が俺に向かって駆け寄ってきていた。

「ふー間に合ったー。」

おどけたように笑うこの子は新見百合。

俺と同じ高校に通う1つ下の後輩だ。

整った目鼻立ちにすらりと伸びた白い手足。

手のひらに収まりそうな控えめの双丘。

なんとも眩しく、それでいて流麗な金髪。

切れ長の目はクールさを漂わせるが、実はとてもフレンドリーで社交的だ。

「ほら行きますよ。根暗先輩。」

意地の悪そうな笑顔を向けて俺を覗き込む新見。

俺とこいつは同じ部活で部員が少ないからか、やけに絡まれる。

きっと都合のいいおもちゃ程度の感覚なのだろう。

「今行くからちょっと待ってろ。」

俺は購買で買ったパンを手に部室へと向かった。


「いやー、やっぱり先輩は面白いっすね~。」

「何がだよ。」

「だって先輩って明らかに陰キャみたいな雰囲気してますもん。もう見てるだけで面白いレベルです。」

「それは褒めてるのか?」

「え~、褒めてるわけないじゃないですか。先輩みたいな陰キャが学校1の美少女の話し相手になれてるからって自惚れちゃだめですよ。」

「自分で言っちゃうのかよ。」

滅茶苦茶否定したかったが事実なのでしょうがない。

仕方ない奥の手を使うか。

「ふん、頭悪いくせに。」

秘儀。

毒づく。

「あーー!禁句ですよ!それは!ていうか先輩よりはいいですし。」

「・・・」

悲しきかな。

これも事実なのだからしょうがない。

「あー。黙っちゃいましたね。ククク・・・」

愉快気に笑う。

「あーはいはい。俺がわるーございました。」

不貞腐れたように机に顔を伏せる。

「そんなへそ曲げないでくださいよ~。お詫びに今日の放課後、先輩のおごりで遊んであげますから。」

「お詫びとは。」

「ふふ。まっ、それは冗談としてどうですか先輩。放課後大丈夫ですか。」

「え?今のマジだったの?」

「当たり前じゃないですか。今日は部活もないんですし。」

けらけらと笑い声をあげる新見。

(まあ俺らの部活1週間に1回しかないからな・・・)

「せっかくだが今日はやめとくわ。」

いつもなら放課後特に予定のない俺だが今日に限っては急用があるのだ。

「え?なんでですか?」

「なんでもだ。ほらもう昼休み終わるぞ。教室帰れ。」

「・・・・・・」

「新見?」

「は~~い。分かりました。」

一瞬寒気を感じたような気がするが、気のせいか。

俺は椅子から立ち上がると、教室に戻る新見の背を見つめた。



放課後。

「あの中田君。その・・・す、好きです!付き合ってください!」

「え、あ、あの・・・」

「答えは今すぐにじゃなくてもいいから。そ、それじゃ!」

「ちょっt————」




夕暮れの人のいない静かな家路を歩く。

アスファルトに長い影を落としながら一人思案にふける。

まさか。

まさかだ。

齢17にして初めて告白をされるなんて。

今までとことんモテなかった俺に彼女ができるのか?

未だに実感が湧かない。

嘘といわれた方が納得できそうだ。

どうすればいいのだろうか?

考えてみてもよく頭が回らない。

とりあえず家で考えよう。

「せ~~んぱい!」

っ!

はじかれたように声のした方へ振り向く。

そこには夕日を背に新見の姿があった。

少し俯いているので表情は良く分からない。

(いつの間に?)

「なんだ。新見か。お前も今帰りか?」

「えぇそうなんですよ。道一緒だったんですねー。」

そう言いながらこちらに来る。

相変わらず表情がうかがえない。

背後の夕日も相まってなんというか・・・不気味だ。

「そうだな。初めて知っtぐっ!!」

突如体に強烈な衝撃と激痛が走り、意識が一瞬で薄れる。

「せ~んぱ~い。駄目じゃないですか。」

薄れゆく意識の中倒れ込む拍子に新見の顔が明らかになる。

「私以外の女を受け入れちゃあ。」

光を失った虚ろな瞳で瞬き1つせず俺を見つめる新見。

「あ、後先輩に言うことが1つあるんですよぉ。」

しゃがみ込み、地面に倒れ込んだ俺を覗き込む。

その顔には穏やかな微笑みが浮かんでいる。

ただ———

「私の家、反対側なんです。」

その目には一切の笑みはなかった。




「あっ。起きましたか~。先輩。」

薄暗い部屋。

ほのかに甘い匂い鼻腔をくすぐる。

目が覚めると俺に馬乗りになった新見がいた。

虚ろな瞳のまま、にこりと笑みを浮かべる。

「にい・・み、お、おまえ。」

「まだはっきり喋れませんか?まあそうですよね。電圧改造してましたし。」

「ど、どうして・・・。」

わずかに体を動かせばじゃらりと冷たい金属音が響く。

みると両手両足がベットに括りつけられている。

「え~~。ここまでしても分からないんですか?先輩は鈍感さんですね。」

しなだれかかり、耳元でぼそりとつぶやく。

「私が先輩のことを誰よりも愛してるからですよ。」

「・・え?」

てっきり都合のいいおもちゃ扱いだと思っていたのに。

「私、先輩のことずーっと見てたんですよ?気づいてましたか?先輩の誕生日、好きなもの、家族構成、休日によく行くお店、そこの女店員、先輩の好きなエッチなサイト・・・もうぜーーんぶ調べちゃいました。もしかしたら先輩よりも先輩を知ってるかもしれませんね。」

コロコロと笑う新見を見て背筋をなめ上げるような悪寒が全身を駆け巡る。

「だから私知ってるんです。先輩今日同級生の佐々木から告白されてましたよね。・・チッ!消しとくべきだったかなぁ、あの女。」

「に、新見。」

のどが渇き、声がかすれる。

心臓の鼓動がやけに頭に響く。

怖い。

「だから~。先輩を取られないためにはこうするしかないんですよ~~。」

そう言って取り出したのは小さな小瓶だった。

「それは・・?」

「これはですね。超強力な媚薬でーす。あとは・・・さすがの先輩でも分かりますよね?」

そう言うと小瓶のふたを開け自らの口に流し込む。

「ちょっと何s———」

気づけば俺は新見に口をふさがれていた。

柔らかな舌が唇を割り、口腔内に侵入し媚薬を流し込む。

永遠とも思われるキスが終わるころには俺に抵抗の意思はなくなっていた。

そんな俺の姿を見て満足そうに笑う。

相変わらずその瞳に光はない。

「もう絶対に離しませんからね。ず――――っと一緒ですよ。さぁ、後は2人で楽しみましょ。愛してますよ、せ~んぱい。」

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