美人幼馴染の偏愛

「拓真、あんたまた欠点とったの?」

呆れた澄んだ声が頭上から聞こえる。

放課後の教室。

夕焼けが固い木の床に長い影を落としている。

もうそろそろ紅葉のシーズン。

テレビでも絶景スポットや食欲を刺激する料理が紹介されている。

「あぁ、凛か。」

俺を見下ろしている女は杉本凛。

小学、中学、と同じで高校まで同じだ。

「勉強教えてくれよー。凛。」

「毎回教えてるでしょ。もう、しょうがないわね。」

こいつの頭は天才的に頭がいい。

学年でも常にトップをキープしているし、2位とは大きく差を開けている。

それに容姿だって非の打ちどころがない。

さらりと肩まで伸びた漆黒の髪。

ぱっちりと大きな瞳はどこかあどけなさを感じさせる。

体躯も女性らしく成長して、男女の憧れの的だ。

容姿端麗、文武両道、明朗快活。

この高校の男子生徒なら知らない人はまずいないだろう。

一方俺はと言うと学年では下から数えた方が早い、というかワースト1位の方が多いだ。

容姿だって普通だし、特技といえることなんてほとんどない。

ただの馬鹿な高校生だ。

「じゃあ、今日あんたの家行くから準備しといて。私部活あるから。」

そっか、運動部は今日から部活があるのか。

今まで気がづかなかったが、校庭の方で運動部の声出しが始まっているらしく。

大声が風に乗って俺の耳に届いてくる。

大変だな。

(まぁ、文化部の俺には関係ないけど。)

「うん。助かるよ。教科書みてもさっぱり分からないんだよ。」

帰ってきた答案用紙に目を落とす。

(23点かぁ。結構勉強したんだけどな。)

どうやっても点数が取れない。

努力相応の結果が返ってこない。

(高校受験よく受かったな俺。)

どんよりとした気持ちを振り払えないまま、重い足を引きづるようにして教室を後にする。


「ただいまー。」

家に帰るのもいつもより長い時間が掛かったような気がするな。

そそくさと2階に上がり、早速今日のテストの復習を始める。

(えっと、ここの問題は・・・あれ?どういうこと?)

解答を見ても良く分からない。

1時間程じっくり考えたがなぜそういう式になるかが理解できない。

「うーーん。分からん。」

その後休憩をはさみ、さらに1時間かけて何とか1問解き切れた。

「はぁーー疲れた、なるほどそういうことか。」

肩をクルクルと回しながら、やっと制覇した問題を見つめる。

ピンポーン。ピンポーン。

インターホンが鳴る。

「拓真―。凛ちゃん来てるわよー」

階下から母さんの声がする。

どうやら、凛が来てくれたらしい。

「はーい。今行くよ。」

トントンと階段を降り、玄関に向かう。

「いつもごめんねー。うちの子ほんとに馬鹿だから。」

「いえ、私もいい復習になってますし。迷惑なんてそんな。」

「おまたせー。」

雑談中の母さんと凛のところに着く。

(今日テスト返却日だってばれたかな。)

「あんた今日テスト返却だったんですって。あとで見せてもらうからね。」

「うっ、・・はい。」

俺の不安は的中していた。

まぁ、どっちみちばれたんだろうけど。

「後でお茶持っていくから、2人は先に上行っててね。」

「はーい。」

「わかりました。お邪魔します。」

自室に戻った俺は早速凛にまだ分からない問題を聞いていく。

普段と同じように机の体面に凛が座り、教えてくれる。

「これは、この公式を利用して・・・」

「あ、そうか。・・あれじゃあここは・・・こう?」

「ちーがーう。この式を使わないと答えが出ないでしょ。」

「ん?どういうこと?」

「いい?この式とこの式を微分しないと関係式が出てこないでしょ。」

「えっと。ちょっと待って。今考えるから。」

この通り、俺の理解力が追い付いていないためテストの復習ですら一苦労なのだ。

いつも迷惑をかけているからこいつには頭が上がらない。

更に2時間後何とか復習を終えた俺達はその後母さんと夕飯を食べ、凛を家の近くまで送った後に分かれた。

といっても凛の家はすぐ隣なんだが。

外も大分暗くなっている。

秋が近くなっているからだろう。

「今日もありがとな。すごく助かるよ。」

俺は誠心誠意お礼を言う。

こいつにしてあげられることなんか俺にはこれ位しかない。

「気にしないでいいのよ。私も勉強になるところあるし。」

そんな情けない俺に対して笑顔で返してくれる凛。

本当にありがたい。

「そっか。そういってくれると嬉しいよ。」

(風呂入ってもう少しやるか。)

こいつの頑張りを無駄にしないようにしないと。

家に帰り、諸々の準備を終えた俺はそのまま深夜まで勉強に打ち込んだ。


「あら、凛お帰り。」

「ただいま。」

拓真と別れた私は自室に戻りパソコンを起動する。

「えっと、あ、これこれ。」

モニターに映し出されたのは拓真の部屋。

ここには4つの小型隠しカメラが設置されている。

セットするの大変だったけど。

拓真の部屋は片付いてはいるんだけど相変わらず殺風景というか、あまり男子の部屋とは思えない。

「あ、来た。来た。」

しばらく待っていると、風呂から上がった拓真が部屋に入ってくる。

そしてその後、勉強し始める拓真。

「やっぱり偉いなぁ。」

拓真はこういう男だ。

いつも真面目で、一切手を抜かない。

運動神経もよくないからよく怪我してるし、勉強だって下から数えた方が圧倒的に早い。

それでも絶対に諦めたり挫けたりしない。

そんな彼の姿を見て一部の人間は拓真を嘲笑した。

ダサいだのうざいだの。

拓真の魅力は人を自分の物差しでステータス化して価値づけするような奴らには絶対に分からない。

周りで見てるだけで協力の一つも出来ず、自分の保身ばかりに走って。

私は彼を見てその姿勢に心打たれた。

そして私は彼だから好きになった。

いや、好きなんて言葉では表せない。

世の中には言葉では形容できない感情だってある。

言葉では弱い。

だから行動で示す。

私は彼の為ならなんだってできる。

「私が絶対守ってあげるからね。拓真。」

その後拓真が眠るまでモニターはずっと彼の部屋を映し続け、それを薄笑いを浮かべながら光のない瞳でじっと見つめる凛がいた。



「じゃあ、行ってきまーす。」

「行ってらっしゃい。気を付けて行くのよ。」

「わかってるよ。」

朝10時。

俺は勉強の為近所の図書館へと向かう。

徒歩10分ほどで図書館に到着。

そそくさと館内に入り、席を確保する。

「さてと、やるか。」

開館すぐだからか俺しかいないようだ。

勉強を始めて、1時間がたった。

人の姿がチラホラと見受けられるようになった。

「あ、先輩じゃないですかー。」

「ん?」

ふと見上げると、そこには見知った顔がこちらを向いている。

「大西じゃないか。」

大西佐紀。

俺の部活の後輩で、仲良く頭の悪い先輩後輩だ。

茶髪のショートカットで、くりくりとした人懐っこい目。

小柄な小動物のような少女だ。

「相変わらず固いですね。先輩は。」

「いいだろ別に。」

「へー、勉強してるんですね。本当にいっつも勉強してますよね。いやにならないんですか?」

心底不思議そうに首を傾げながら聞いてくる。

「そのUMA見るみたいな目やめろ。俺は人間だ。」

「じょ、冗談ですよ~。」

「目が泳いでるぞ、大西。」

はぁ、とため息を一つついてから大西に話しかける。

「で?お前はなんの用だよ。」

「え?それは・・そのぅ・・。」

俺の質問に動揺したのか急に口ごもる大西。

肩から下げたカバンからテキストがチラリと見える。

なるほどそういうことか。

「もしかしてお前も勉強か?」

「・・・はい。」

ガクリと頭をたれ、うなずく大西。

「お前も赤か?」

「・・・」

大西は何も言わずにコクリと頭を縦に振る。

「一緒に勉強するか?同士よ。」

「はい。お願いします。」

大西はちょこんと俺の向かいに座り、テキストを開く。

「・・・先輩。ここどうするんですか?」

勉強を開始してすぐにぐったりと机に倒れ込む大西。

「お前。やり始めたばかりじゃん。」

「しょうがないじゃないですか。分からないんだから。」

ペンを器用にクルクルと回しながら、恨めしそうに問題を見つめる。

「どれどれ・・・。あっ。ここなら何とかわかるぞ。」

「ほんとっすか!先輩。」

大西は途端にぴょこんと跳ね起きる。

頭のアホ毛がふわりと揺れる。

「おう。まかしとけ。」

こんな調子で昼食(奢らされた)をはさんで4時間みっちり勉学に励んだのだった。

「先輩!今日はありがとうございました!おかげではかどりました!」

「おう。俺の方こそありがとな。」

帰り道、まだ日は高く少し暑い。

人ごみの中を縫うように進んでいく。

(もうそろそろ冬服の出番か。)

のんびりとそんなことを考えていると、後輩に腕を引っ張られる。

「何?」

「いや、私こっちですから。」

「あぁ、じゃあな。」

「いや、そうじゃないでしょ!普通。」

べしっと腕を叩かれる。

地味に痛い。

「え?」

「女の子が一人で帰るんですよ。送ろうかとか気が利いた言葉の一つや二つ言えないんですかぁ?」

素っ頓狂な声を出した俺を説教する後輩。

「いや、だってまだ昼だぞ。」

「はぁ、これだから彼女できないし馬鹿なんですよ。」

呆れたように頭を振り、ため息をつかれる。

なんで俺が怒られてんの?

「おい、本当のこと言うな。傷つくぞ。」

「なんちゃって。冗談すっよ。先輩ですもんね。それじゃあ、さよならー。」

「ああ、今度こそじゃあな。」

(最後は全部本当なんだが。)

後輩と別れた俺は帰路につく。

(今日は久しぶりにゲームでもしようかな。)

軽快な足取りで家へと向かう俺は群衆からこちらをじっと見つめている虚ろな瞳に全く気付かなかった。



(ねぇ、拓真。どういうこと?なんで私以外の女と二人きりで歩いてるの?なんで私以外の女と楽しそうに話してるの?私よりもその女がいいの?そんなことないよね?私たち長い付き合いだし、分かりあえてるもんね?拓真を本当に理解できるのは私だけなのに。あの女に拓真の何が分かってるっていうの?何も知らないくせに、知ろうともしないくせに。拓真は私のこと好きだもんね、私がいないと駄目だもんね?勉強も運動も料理も頑張ったし、髪型だって拓真の好みに合わせたのに裏切らないよね?拓真の傍にいていい人は私だけなのに。拓真を愛していいのは私しか駄目なのに。もうやめて、なんでその女と話す時そんなに笑顔なの?その子にそんな笑顔見せないでよ。その笑顔を見ていいのは私だけなのに。やめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめて。・・・・・でもね拓真、許してあげる。だってあなたを愛してるもの。だけど、次 は な い か ら ね 。)

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