兄弟愛

「ただいまー。」

ドアのカギを開け家に入る。

私は手洗い・うがいを済ませると、そのままある人物がいる部屋を訪れる。

「おにいちゃーん。いるー?今帰ったよ。」

「お帰り、寧々。」

カーテンの閉じ切った仄暗い部屋に寝間着を来た痩せた男がそこにはいた。

私の兄だ。

「お兄ちゃん。大丈夫気分悪くない?今日ちゃんと薬飲んだ?」

「うん。ちゃんと飲んだよ。」

「そう、なら良いんだけど。じゃあ、私夕飯作るけど何がいい?」

「今日はあっさりしたものがいいな。」

「うん、分かった。すぐ作るから待っててね。」

ちゃんと薬を飲んでくれたことに安堵しつつ、私は夕飯の準備の為、部屋を出る。

「ねぇ。寧々。」

私の背中に声がかかる。

「どうしたの?」

お兄ちゃんは少し顔を伏せた後、意を決したように私に向かって口を開いた。

「あ、あのさ。お、俺働きたいなって・・・。」

「え?ごめん今なんていった?お兄ちゃん。」

お兄ちゃんの言っている意味が分からず体が固まる私。

「いや、だからさ、俺もそろそろ働いてみたいというか。・・その経験としてさ。」

「社会経験として働きたいってこと?」

私の言葉にコクリとうなずくお兄ちゃん。

「はぁ、お兄ちゃん。分かってるの?」

「わかってるって?」

「あのね、ちょっと外に買い物に行くだけで一日寝込むような人が働く?」

「でも、今アルバイトとかよりも簡単な仕事あるしさ。多分大丈夫だと思うんだ。」

お兄ちゃんは貼り付けたような苦笑いで懇願するように私を見上げる

それに色々調べてきたんだとお兄ちゃんは言う。

必死に自分の調べてきた簡単な仕事を私に伝える。

「ねぇ、何でそんなに働きたいの?」

「えっと、それは・・・」

急に口ごもるお兄ちゃん。

「答えて。」

「・・・実は昨日水がなかったからコンビニで買ってきたんだよ。」

「そうだったね。それで?」

「そこの店員さんに誘われたんだよ。一緒に働こうって。」

(チッ!余計なことを。)

「コンビニで?」

「いや、僕にできる仕事探して少しずつ頑張っていこうって。」

(なるほどそういうこと。)

「その店員女でしょ?」

「うん、良く分かったね。女の人だったよ。」

お兄ちゃんは私の気持ちとは裏腹に笑みを浮かべる。

「・・・へぇ。」

(そーよね。お兄ちゃん外にあんまり出ないから色も白いし、顔もそこそこだしね。見た目だけで判断するようなクソ女が寄ってくるのはしょうがないよね。)

「あのね、お兄ちゃん。悪く言わないからやめなさい。」

「え、何で・・・」

「あのね、病弱なお兄ちゃんがどうして外に出て働けるの?無理に決まってるじゃない。楽にお金稼げる職業なんてないんだよ?それ分かって言ってる?」

「で、でも———」

反論をしようと口を開いたお兄ちゃんに私は一言。

「じゃあ、私もうこの家にお金入れないから。」

「え?」

「聞こえなかったの?私もうお兄ちゃんにお金入れてあげない。」

「そ、そんな・・・」

俯くお兄ちゃん。

そこに追い打ちをかけるように私は続ける。

「ここにいてもいいけど電気・水道・ガス・家賃・食費は半分出してもらうから。」

「それは・・無理だよ。寧々。」

「なんで?働くなら大丈夫じゃない?」

勿論お兄ちゃんができる仕事だ。

収入なんて少ないのはもうわかってる。

「それに働けるくらいなら掃除洗濯とか、家事もしてもらうからね。私の方が遅くまで働いてるんだしいいよね?」

「寧々・・。」

泣きそうな目で私を見つめる。

そうだ。

無理に決まってる。

私は知っている。

知っているから言うのだ。

あのお兄ちゃんが働いて、尚且つ家事なんかできるはずがない。

それほどまでにお兄ちゃんは病弱なのだ。

(お兄ちゃんは外に出なくていいの。一生私に飼われてたらいいんだから。)

「ね?無理でしょ?だから———」

そこから畳みかけようとした私にあまりにも予想外な言葉が突き刺さる。

「いや、やって見るよ。」

「・・・は?」

体が固まる。

全身の血が逆流したかのように強烈な寒気を覚える。

「だ、だからさ・・僕もはたらk——」

「駄目ッッ!!!」

今まで出したこともないような大声が小さな薄暗い部屋に反響する。

びくりと体が震える。

「なんで?なんで私の言うこと聞いてくれないの?今までずっと私の言うこと聞いてくれてたじゃん!私は病弱なお兄ちゃんに万が一のことがあったらもう生きていけない。お父さんもお母さんも死んで私にはもうお兄ちゃんしかいないのに、お兄ちゃんは他の女の言うことを聞くんだ。唯一の肉親の私よりもあんな・・あんなクソ女なんかの。」

「ね、寧々?大丈b——」

「許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない。」

(私のお兄ちゃんに手を出そうとしたこと後悔させてあげる。)

そのままドアの方へ足を向ける。

「ちょっ、ちょっと待ってよ。どこ行くの?」

背中にか細い声がかかる。

ドアノブに手を掛けたまま口を開く。

「お兄ちゃんも分かってるんでしょ?大丈夫すぐ戻ってくるから。」

笑顔で振り返る。

「それじゃあ。」

「ま、まって。」

立ち上がり、慌てて腕をつかんでくる。

「何?」

「わかった。分かったから。僕働くの諦めるから。だからひどいことするのはやめて。ね?」

子犬のように瞳を潤ませるお兄ちゃん。

「ほんとに?約束できる?もう働くなんて言わない?」

「言わない。言わないから。」

「わかった。なら許してあげる。」

明らかに安堵した表情を見せる。

「じゃあ、私ご飯作ってくるから、大人しく待っててね。」

トントンと階段を軽快におりながら、私はほくそ笑む。

(まぁ、ふつう気づかないよね。)

お兄ちゃんが飲んでるあの薬、免疫力を下げてるのに。

(私のこと信頼してるんだもんね。疑うなんてことそもそも思い浮かばないよね。可愛いお兄ちゃん。大丈夫一生私が面倒見てあげる。だから、絶対どこにも行かないでね。)

体に湧き上がる興奮と愉悦に浸りながら私はキッチンに向かった。


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