ヤンデレ後輩

「明日からやっと夏休みかー。」

ここに一人のさえない男がいる。

名を森岡颯太。

小、中、高とクラスでも常に地味で、いるのかいないのか良く分からない存在だ。

かといって容姿や成績がいいわけでもなく、運動神経がいいわけでもない。

というかどれか一つでもよければここまで存在感を消せるわけがない。

全てが平均より少し下の人間なのだ。

そんな彼ももう大学生となる。

志望大学にも何とか合格し、これからやってくるであろう大学生特有の長期休暇に思いを馳せていた。

焼けつくような暑さの中からアパートに戻るとクーラーの電源を入れ、早速課題に取り掛かる。

面倒なことは先にやってしまうのが一番だという彼の持論からだ。

根は真面目なのでせっせとパソコンに指を走らせる。

こういう一人で作業を進めるのは好きらしく、ずいぶん長い間課題に夢中になっていた。

「ん?」

ふと家のチャイムが鳴る。

(誰だろう?)

ネット通販もしてないし、家の場所は家族しか知らないはずだ。

突然来る用事でもあったのだろうか。

(それとも近所の人かな?)

「はーい。今行きます。」

パタパタと玄関に向かうと扉を開ける。

「やっほー!せんぱーい!遊びに来ちゃいました!」

バタリ。

速攻で扉を閉め、足を180度回転させる。

この間の動きは世界でもトップクラスの身のこなしだろう。

しかし、無視したにもかかわらずなり続けるチャイム。

恐らくあの後輩がチャイムを連打しているのだろう。

「ねー先輩。開けてくださいよー。外暑いんですー。」

「なんでお前が俺の住所知ってんだよ。」

「入れてくれたら教えてあげてもいいですよ。」

ドアの向こう意地の悪い笑いを浮かべる後輩の顔が浮かぶ。

「まぁ、いっか。じゃあ、お引き取りください。」

「大声出しますよ。3・2・1。」

「どうぞおあがりください!お飲み物でもお持ちしましょうか?それともアイスの方がよろしかったでしょうか?」

せっかく築き上げた俺のお隣さんとの友好を一気に地の底に持っていかれてはたまらない。

(あの肉じゃがが食えなくなるからな。)

結局後輩の方が上手だったようだ。

まんまと聖域に侵入された俺はおやつのアイスとジュースを差し出しながら後輩を座らせる。

中野真理。

今春高校三年生になった俺の後輩だ。

といっても部活でしかつながりがないが。

黒髪の肩までのショートカットでくりくりとした真ん丸な瞳。

非常に整った顔で快活な性格から多くの異性の注意を集めていた記憶がある。

すらりと伸びた白い肌にまばゆい白魚のような指。

足もモデル並みに長く細く、低身長の割に膨らんだ双丘は目の毒だ。

成績もそこそこ良く、悔しいが非の打ちどころを見つける方が難しい奴だ。

「それで急に何しに来たんだ。っていうか誰から聞いた。」

「そんな焦らないでくださいよー。」

中野はジュースで口を湿らせると愉快そうに言葉をつなげる。

ひらひらとした水色のスカートが中野に合わせて揺れる。

そのたびに真っ白な柔肌が見え隠れする。

女性との交流など学校の行事で多少あるくらいの俺はどうしても目が引き寄せられてしまう。

そんな俺を目敏く感じた中野がにやりと笑う。

「あれ~~?せんぱーい。どうしたんですかぁ?」

スカートの裾を少し持ち上げる。

柔らかそうな太ももがあらわになる。

「ば、馬鹿野郎。なんもねぇよ。」

慌ててごまかそうとするも更に中野は口を開く。

「ん~~?ほんとですか~?」

蠱惑的な表情でにじり寄り、俺のすぐ近くまで来る。

甘い香りが鼻腔をくすぐる。

一瞬で全身が暑くなり、汗が額からをスーッと流れ落ちる。

「ちょ、近い!近い!」

思わず距離をとる。

そんな俺を見て中野は可笑しくてしょうがないように笑う。

「あーー面白い。先輩ったらそんなに顔赤くしちゃって緊張してるのバレバレですよー。」

「う、うるさい。それでどうしてお前がここを知ってるんだよ!」

何とかして話題を逸らそうとさっきから聞きたかったことを口に出す。

未だけらけらと笑う中野は目じりに浮いた涙をぬぐいながら答える。

「クク・・ククク。あぁそれはですね。先輩のお母さんに聞きました。」

「まじかよ。母さんからか。」

「ええ。『あの子にこんな可愛らしいお友達がいるなんてねぇ。仲良くしてあげてねぇ。あの子友達少ないから』って言ってましたよ。先輩やっぱり友達少ないんですねー。」

クククと小刻みに体を震わせる。

「わかったから。もう笑うな、全く。」

はーいと気の抜けた声が返ってくる。

「んで、今日は何の用だ。」

そう言うとポカーンとした顔になる。

「なんだよ。用があるから来たんじゃないのか?」

「え、先輩何言ってるんですか。用ならさっき言ったじゃないですか。」

「はあ?どういうことだよ?」

首を傾げる。

「だからぁ、彼女もいたことのない可哀そうな先輩にこの可愛い後輩が仲良くしてあげるためにわざわざ来てあげたんじゃないですかぁ。」

あげたの部分を強調し、嫌味たっぷりな笑顔で笑いかけてくる。

(こいつ。調子乗りやがって。ちょっとからかってやるか。)

「そういうことならお断りだ。俺にはもう彼女がいるからな。」

「・・・は?」

一瞬で中野の顔から笑顔が消える。

そのあまりの早い変化になぜかひやりとする。

「先輩それ本当ですか?嘘ですよね?」

「嘘なわけあるか。大学は高校とは違っていろんな人が来るんだ。高校の時と一緒にするな。」

「誰ですか?それ。答えてください。」

表情が抜け落ちた顔で淡々と言葉を紡ぎだす。

「早く答えてください。ねぇ先輩。答えられないんですか?なんでですか?まさか私の知ってる人だから答えられないんですか?あー、もしかして彼女さんのこと心配してるんですか?大丈夫ですよ。彼女さんには危害は加えませんから。ただどこのだれかが知りたいんです。ねぇ、先輩早く答えてくださいよ。ほらぁ。」

「な、中野?」

虚ろな瞳で俺を見つめる。

全身に戦慄が走り体が震える。

逃げろ。

本能がそう語りかける。

しかし体が動かない。

金縛りにあったようにピクリとも動かない。

必死な俺を前に中野が徐々に近づく。

光のない漆黒の瞳に吸い込まれないようにと俺は懸命にもがくが一向に動かせる気配がない。

「ッツ!」

目線を中野に戻すと目の前に中野の整った顔がある。

その淀んだ瞳は俺の目をとらえて離さない。

恐怖でのどが渇き、鼓動が荒くなる。

汗が全身の毛穴から吹き出し、ほてった体を冷まそうとする。

「ねぇ先輩早く教えてくださいよ。誰とつきあってるんですかぁ?」

暖かい甘い吐息が鼻に届く。

この恐怖から抜け出そうと俺は何とか喉から絞り出すようにして声を発する。

「う、嘘なんだ!!誰ともつ、付き合ってない!!」

「・・・本当ですか?嘘ついてるんじゃないんですか?」

「本当に嘘じゃない!嘘をついたのは悪かった。頼む信じてくれ!」

「・・・・・・・」

俺の必死の言葉を受け俯く中野。

「おい中野?大丈b———」

「なーーんちゃって!だまされましたね。せんぱーい!!」

さっきの雰囲気とうって変わっていつもの中野に戻る。

「この美少女の私が先輩みたいな地味な人好きになるわけないじゃないですかぁ。」

さっきの先輩の顔面白かったなーとけらけらと笑う。

「ほら、先輩さっさと準備してください。」

絶句する俺を前にあっさりと言ってのける。

「え?」

「仲良くしてあげるんですから早速出かけましょう。ほら行きますよ!」

「あ。あぁ。」

生返事の俺をよそに用意をして先に待ってますからねと家を出る。

今のは何だったのだろうか。

今まで中野のあんな姿は見たことがない。

(ま、まぁ流石に演技だよな。)

俺は自分にそう言い聞かせると、準備をするために立ち上がった。



私は先輩の部屋を出た後深くため息をつく。

時刻は午後3時過ぎ。

蝉の鳴き声が鳴り響き、熱気を帯びた風が流れる。

全く先輩ったらだめじゃないですか。

今回は嘘だったから許してあげますけど、もし先輩がほかの女を彼女にしたら私絶対に許しませんから。

どんな手を使っても私のものにしてあげます。

先輩に女っけなんてないから大丈夫だと思ってたけど、もっと監視強化した方がいいかな。

(後でカメラと盗聴器付けとこっと。)

来年は私もこの大学に行くし、そうなるまでの辛抱ですよね。

それまで徹底的に監視して先輩に近づく女はすぐに消さないと。

私との愛の巣が作れませんからね。

付き合ったらいろいろなことしましょうね。

もう少し。

楽しみにしててくださいね。

蒸し暑い盛夏。

長い廊下には若い女がただ一人。

先輩は私だけのもの。

口角が吊り上がり喜悦の表情に満ちる。

私は先輩だけのもの。

その瞳の奥で彼女は一体何を考えているのだろうか。

先輩の為なら私なんだってできるんですから。

濁った光の届かない瞳でぽつりとつぶやく。

「絶対に・・絶対に逃がしませんから。私のものにしてあげます。」

その声は蒸発するように夏の空に溶けて消えた。




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