ヤンデレ作品 短編集

@denisan

狂愛

残暑がこびりつくように残る時期。

大学構内のベンチ周辺の木々はまだ青々とした葉を枝に蓄えている。

(2,3ヶ月後にはここも寂しくなっちまうのかねぇ。)

所々塗装の剥げかかったベンチに座ったまま辺りを見渡す。

買ってきた焼きそばパンをほおばりながら、柄にもなくそんなことを思う。

今年ももう半年が過ぎた。

大学にも慣れてきたし、気心の知れた友人も何人かできた。

「次は・・まじかあいつかよ。あーめんどくせー」

次の講義の担当講師を見てうんざりしていると声がかかる。

「またここでご飯食べてたの?」

ふわっと軽くて弾むような声。

声のした方に目をやれば俺もよく知る人物がそこにいた。

「ん?なんだ百合か。別に人がどこで飯食おうが勝手だろ」

俺はため息交じりに返答を返す。

田中百合。

幼稚園、小学校、中学、高校を共にした俺の幼馴染で今年一緒に同じ大学に進学した。

いわゆる腐れ縁である。

そして俺の家庭は平々凡々な庶民に対してこいつの方は馬鹿みたいに金持ちなのだ。

なんでも親がどこかの有名企業の社長をしているらしい。

というような恵まれた家庭環境にいて尚且つ、こいつの容姿は非常に整っている。

天は二物を与えずというが、それが本当なら俺は神を信じる気にはなれない。

くっきりと整った目鼻立ち、新雪のような肌に腰まで届く流麗な黒髪、切れ長の目がクールさというか落ち着いた雰囲気を感じさせる。

体も女性らしく成長し、男の目を引くには十分すぎる代物なのは間違いないだろう。

そんなわけで彼女は中学、高校、大学とモテモテなのだ。

「なんだとは何よ。せっかく人が親切に話しかけてあげたのに」

「いや、別に頼んでいないんだが」

「そういうわけにもいかないでしょ。おばさまから言い付かってるのよ」

「はいはい、左様でございますか。で何の用だ?」

母さんも余計なことをする。

頭の中で1つ2つ恨み言を吐いていると、百合が隣に座り口を開いた。

「別にたいそうなことじゃないけど。今日の夕飯あなたどうする予定?」

「考えてなかったな。どうしよう」

百合は大きなため息を吐く。

「あなたのことだからそんなことだろうと思ったわ。夕飯作りに行ってあげようか?」

そこらの男なら2つ返事で了承するところだが、腐れ縁の俺をなめてはいけない。

「いや、遠慮しとくわ」

即答で返す俺。

「どうして?あなた1人じゃろくに料理もできないじゃない」

心底不思議そうな顔で聞いてくる百合。

「ぐっ」

即刻黙り込む俺。

事実、俺は料理が得意な方ではない。

卵焼きや味噌汁ぐらいならまだしも肉じゃがやポテトサラダとかは面倒くさくて駄目だ。

「意地なんか張らなくてもいいのよ?」

笑いをこらえているのか若干肩が震えている。

「いや、俺だってもう大学生だ」

胸を張っていってみる。

「もう半年たったけどね」

耐えきれないといったように愉快気に百合が笑う

「う、うるさい。とにかく俺はお前の力なしでも立派に自活できるということを証明してやる」

だいたい別に俺は料理が不可能ではない。

ちょっと練習すれば何とかなるはずだ。

とはいえ俺は今までこいつの世話になりすぎていた。

朝の登校から、勉強、挙句の果てには弁当まで。

そしてそれを断り切れずついつい享受していた自分。

今思い出してもあの時の俺は情けないなぁとしみじみ感じる。

そんな俺が何故急にこんなことを思い至ったのかはいまだに良く分からない。

まあ遅かれ早かれしっかりしないといけないとは思ってたんだが。

「分かりました。またいつでも声をかけてもいいからね」

口に手を当て面白そうに笑う百合。

「いつまでも俺がおこちゃまだと思うなよ」

最後の抵抗に捨て台詞を吐いた俺は残った缶コーヒーを一気に飲み干すと勢いよく立ち上がり、そのまま次の講義がある教室に足を進める。

「はいはい」

後ろで呆れたような声が返ってくる。

おおよそ本気にされていないのだろう。

(ちくしょう、見てろ。絶対にあいつの力は借りん。)

俺は固く胸に誓う。

ふと、つぅーと背筋を撫で上げるような薄ら寒い風が吹く。

(うわ、寒っ。風邪ひかねえようにしねぇと。)

俺は特に気にすることなくその場を後にした。



「ただいまー。・・・って誰もいないけど」

午後七時、もう日の入りも大分早くなってきた。

部屋の電気を付け、早速夕飯の準備に取り掛かる。

(あんだけあいつに大口叩いてすぐの飯がコンビニ弁当じゃ示しがつかねぇからな。)

事実それまでの俺はコンビニ弁当に頼りきりだった。

ゴミ袋もコンビニ弁当のプラスチック容器でいっぱいだ。

「うわ、フライパンめっちゃ綺麗じゃん」

今日の夕飯は簡単なカルボナーラを作る。

カルボナーラと聞いて難しそうと思う人もいるが俺が作るのは滅茶苦茶手軽にできる。

まずはパスタを塩ゆでする。

お湯からパスタを上げて準備しておいたベーコンと玉ねぎを炒めたフライパンに入れる。

牛乳と粉チーズを適量掛けて、最後に卵黄を入れてさっと混ぜたら完成。

(ちょっと玉になるのがなー。あと洗い物が面倒。)

夕飯を終えたら風呂に入って課題をする。

俺のルーティーンだ。

「へぇ、あの会社変な薬を作ったんだな」

風呂から上がると、つけっぱなしにしていたテレビからニュースが飛び込んでくる。

なんでもどこかの製薬会社が惚れ薬なるものの製薬に成功したらしい。

(いや、いつ使うんだよ。そんなもん。)

呆れた俺のスマホが震える。

「ん?電話だ。・・うわ、あいつかよ」

液晶の画面にはある2文字が無機質に浮かび上がっている。

「はい、もしもし」

「あ、啓介。どう?ちゃんとできてるー?」

画面越しにあいつのにやにやした笑いを感じる。

「当たり前だ。大体、やることといっても飯作るぐらいだからな。簡単なもんだ。」

「さぁ、それがいつまで続くか見ものだね」

くすくすと笑い声がする。

「言っとけ。じゃあな」

「はい、また明日」

「明日は1限からか。まぁ明日さえ乗り切れば3連休だし、今んところ課題もほとんど終わってるし、頑張るとするか」

百合からの電話のあと俺は課題もそこそこに床についた。



ピンポーン。ピンポーン。

呼び鈴が鳴る。

「はいはい、今出ますよー」

ドアを開けると腐れ縁の女がいた。

「おう、お前も大学か?」

「うん、そうだよ。というわけで一緒に行こ」

「わかった。すぐ行くからちょっと待ってろ」

もうあらかた準備は終わっていたので、すぐに支度を整えて家を出る。

「おっ、ちゃんとゴミの日覚えてるじゃーん。えらいぞ」

「あやすな。昨日も言ったろ。俺はもう子供じゃないんだよ」

「ふーん」

「な、なんだよ」

「いや、何でもないよ。さっ早く行こ」

「あいよ」

他愛ない話をしながら大学に向かう。

「じゃあ、俺こっちだから」

「私はこっちだから。じゃあね」

百合は別の講義が入っているようで、ここでお別れだ。

「はいよ。頑張ってな」

「あんた、私よりも自分の心配しなさいよね」

やれやれと呆れた調子の百合。

「当たり前だ。せっかく金払って講義聞いてんだから落とすともったいないだろ」

「そうだよね。親に申し訳ないもんね」

(こいつ金持ちな癖にそれを鼻にかけないところがすげぇんだよな。)

その後、俺は午前中みっちりと講義を受けた後、午後の講義もそつなくこなし気が付けば日も暮れかけだった。

まだ半袖で何とかなっているとはいえ、もうそろそろ冬服の出番かもしれない。

「おい、今日さ田中さんと会話できたんだよ」

友人の一人が声をかけてくる。

「良かったじゃないか」

「あぁ、今日が俺の命日でもいいわ」

未だ興奮冷めやらぬといった感じで会話を進めていく友人。

「いや、死ぬなよ」

「いや、それは冗談なんだがな。ほら田中さんって金曜日は6限しかないだろ?だから——」

え?

「ちょっと待て、それも冗談だろ?俺今日は百合と朝一で来たんだが」

「はぁ・・いいよなー。田中さんと一緒に来れるとか。マジうらやましいわ」

「そんなこと言ってるんじゃねぇよ。ほんとに百合は6限しかないのか?」

不思議そうな顔で俺を見ながら友人は口を開く。

「あぁ、田中さんの友人の林さんによると金曜日は6限しかないぜ。それは間違いない」

「そうか」

(多分図書館で勉強でもしてたんだろ。)

俺はそう決め込むと友人と2言3言しょうもない会話をしたのちに帰路についた。

夕日も大分傾き、固いアスファルトに長い影を落とす。

実は俺の家までの道程に丁度百合が借りている家がある。

もちろん俺の借りているマンションの狭い部屋とは比べ物にならないくらい大きい。

(ほんとデカい家だな。)

これもう一軒家じゃねぇか。

俺がそのまま通り過ぎようとした時後ろから声がかかった。

「啓介?」

ふと声のする方を向く。

そこには百合がいた。

「あぁ、百合か」

「やっぱり啓介じゃん。どうしたのこんなところで」

「別に、今帰ってる途中だ」

「ねぇ、ちょっとさ課題で分からないところがあるからさ教えてくれない?」

百合は手を合わせてお願いしてくる。

「いや、お前の方が俺よりずっと頭いいだろ。薬学部なんだから」

「課題が化学なの。あんた化学は得意でしょ?だからちょっと教えてほしいなって。いいでしょ?あんたもう課題ほとんど終わってるじゃん」

ね?お願いと頭を下げられる。

「・・わかったよ」

「やった。じゃあ、ほら入って」

家の鍵を開け、俺に入るように促す

「いいのか?」

「ん?・・なになに、今更になって私のこと女として見てるの?」

意地悪そうな笑顔でこちらをジーっと見る百合。

「いや、お前ひとり暮らしなんだし、そんな簡単に男を家に入れるなんて」

「馬鹿言わないでよ。もうあんたとは10年以上の付き合いよ。全然問題ありません」

呆れたように肩を落とす百合。

(あいつがいいっていうなら良いか。)

「そうか、ならお邪魔します」

そんなわけで俺は百合の課題を手伝うために家にお邪魔した。



「上がってー。そこで座って待ってて。お茶入れてくるよ」

「はいよ」

通されたのはリビング、といっても俺の1DKの部屋の5・6倍あるだろうか。

白を基調とした上品な壁に高そうな木のテーブルに柔らかいクッションが3つ。

観葉植物を両脇に、最新の4Kテレビまで置いてある。

とても清潔感あふれるリビングだと思う。

ここまで豪華で広い家に1人ってなんか逆に寂しくなるな。

「おーい。啓介?おーい」

内装に感心していると百合がこちらに手を振っているのに気づく。

「あ、悪い。ちょっとぼーっとしてた」

「もーしっかりしてよ。これから課題教えてもらおうっていう時に」

「すまん」

それから気を取り直して俺たちは黙々と課題を片付けていった。

「あー、やっと終わった。ありがとー」

伸びをしながら体を左右に振る百合。

「もう10時じゃねぇか。大分長居したな」

時計を見るともうすでに10時を迎える。

「ごめんねー。ちょっとって言っときながらこんなに長く」

「まあ別にいいけど。それじゃあ俺帰るから」

「ちょっ、ちょっと待ってよ」

百合は慌てたように俺を引き留める。

「なんだよ。俺腹減ったし、眠いしで早く帰りたいんだよ」

「ご飯なら今日は私が作ってあげるよ」

「お前な、昨日のこと忘れたのか?俺はお前なしで生活して見せるって決めたんだよ」

俺はあくびと伸びをして、立ち上がると玄関に向かう。

「いや、そうだけどさ。さすがにこんだけ助けてくれた恩人を何のもてなしもなく返すのは気が引けるし。お願い!ご飯だけでもいいから食べて行ってよ。じゃないと私の気が収まらないからさ」

「別に気は使わなくてもいいんだぞ?」

「そういうわけにはいかないよ。だから・・ね?」

「・・・分かった。じゃあ飯だけご馳走になろう」

(実際こいつの作る飯はうまいからな。)

断れずそう言うと百合は急にホッとしたようで急いで俺を元居た場所に座らせる。

「そうと決まればほら座って座って」

「ちょっと待ってて。あ、テレビとか見てていいから」

そう言うとパタパタと慌ただしくキッチンに消えていった。



「やっぱりうまいな。お前の作る飯は」

「もう、褒めてもなんも出ないよー」

おかずは肉じゃがと筑前煮、卵焼きに小松菜のお浸し。

あっさりとした口当たりの良い上品な味。

この甘めの味付けが箸を止めさせてくれない。

「いや、まじでこれは金取れるクオリティー」

「課題手伝ってくれたんだし、これ位はさせてもらうよ」

(・・・あれ?)

ふと気づく。

気づいてしまった。

(課題?)

背筋を冷汗が伝う。

嫌な予感がする。

俺は好奇心と猜疑心に負けた。

このまま黙っておけばいいという命令を無視した

俺は思わず口を開いた。

「なぁ、百合」

「ん?何?」

不思議そうに首をかしげる百合。

「俺さ、百合に課題がもうほとんど終わってるなんて一言も言ってないぞ」

ふと百合の手が止まる。

「あ、あれ?そんなこと言ったっけ?きっと啓介の聞きm——」

「いや、聞いた。俺は確かにあの時お前がそう言ったのを聞いた。それに俺は課題の進行状況なんて誰にも話してない。・・・なあ、どういうことだ?百合」

どこかかみ合わない感じがする。

「そんなこと言われてもその時はそういう気がしただけで、本当に課題が終わってるだなんて知らなかったんだよ」

「でもさ、おまえ確かあの時『あんたもう課題ほとんど終わってるじゃん。』って言ったよな。明らかに知ってる。そういう気がしただけなんてことはないはずだ。」

俺はその後も続ける。

テレビの音が孤独に響く。

「なぁ、教えてくれ。なんで知ってるんだ?今思えばこういう違和感は前々からあったんだ。なんか俺のことで隠してることがあるんじゃないのか」

「・・・」

急に顔を伏せ、黙り込む百合。

「もうそろそろかな」

「何?」

「いや、こっちの話。ねぇ、本当に知りたい?」

しばらくの沈黙の後ぽつりぽつりと百合が話し出す。

顔は伏せたままで表情はわからない。

「なんだよ、もったいぶって。早く言えよ」

どこか触れてはいけないような、不気味な感覚。

のどがカラカラに乾き、生唾を飲み込む音がやけに大きく聞こえる。

「そっか。もう少し、隠しておきたかったんだけどなぁ。・・でもいいか。もう私も我慢できそうにないし」

「我慢?」

どういうことだ?

「もうすぐわかるよ」

スッと百合が顔をあげる。

「っ!!」

百合の瞳には光がなく、静かな笑顔をそのきれいな顔に浮かべていた。

瞬間、戦慄が走る。

今まで見たことのない百合の表情。

伝わってくるのは闇よりもどす黒くドロドロとした負の感情。

それがどうしようもなく薄気味悪い。

俺はすぐさまこの場を離れなければと思い、玄関の方へ向かおうと席を立った。

しかし——

「お、おまえ・・なに・・を・・・。」

視界が霞み、頭がぼんやりとする。

時すでに遅し。

(体に力が入らない。)

自分の体が倒れていくのを感じる。

「ゆっくり教えてあげる。・・ゆっくりね」

百合がゆっくりとこっちに歩み寄る。

その後すぐ俺の意識は途絶えた。


気が付けば俺は四肢をベットに括りつけられていた。

動かすとジャラジャラと乾いた金属音がする。

殺風景な部屋で暗くて周りはよく見えないが、どうやら窓はなさそうだ。

唐突にドアが開き、誰かが中に入ってくる。

逆光になっていて見えないが恐らく——

「おい、百合。お前なんだろ?」

「ええ、そうよ啓介」

嬉しそうな幼馴染の声。

「おい、これ外せ。そしたら今日のことは誰にも話さないでやる。」

俺の言葉になおも百合は嬉々として笑い続ける。

「あら?脅しのつもり?そんなことしていいのかしら」

笑顔は相変わらず、不思議そうに首を傾ける。

「あなた、今自分がどういう状況なのかわかってるの?」

「どういうって・・」

「あなたもし私がいなければどうするつもり?生きていけないのよ?」

「ぐっ」

そうだ。

このまま放置されると俺は死ぬ。

それは確かだ。

「結論から言うとね、あなたはここで私と一生を共にするのよ」

「は?」

「聞こえなかったの?今日からここがあなたのおうちなの」

「ふざけんな!早くここから出せ!」

(こいつマジだ。冗談じゃない!)

必死に抜け出そうともがくがその努力も空しく、部屋には無機質な音が響く。

「どんなに大声出しても無駄よ。ここ完全防音だから」

だんだんと暗闇に目が慣れ、百合がゆっくりこちらに近づいてくるのが分かる。

と同時に壁にあるものを見つける。

「お、おいこれって・・」

「あ、やっと気づいたー?」

壁や天井、床一面を埋め尽くしているもの。

最初暗いだけだと思っていたが違う。

写真だ。

「これねー。ぜーーんぶ啓介の写真だよ」

「な・・なん・で。」

恐ろしさのあまり声がかすれるが何とかして絞り出す。

「えー、まだわからないの?私はねあなたを愛してるの」

俺のところまで来ると体を預けるようにしてふわりと抱き着いてくる。

「・・でも俺はお前のことを女として見れない」

「知ってるよ。何年もずっと一緒にいるんだよ。あなたに気がないことなんてすぐわかるわよ。」

言葉を失っている俺の耳元で百合はなおも言葉を紡いでいく。

「だからね。これ、使うことにしたの」

「それは・・?」

「見て分からない?昨日あなたも見てたじゃない」

「え?昨日?」

思わず聞き返す。

「今だから言うけどね。私あなたの家に小型カメラと盗聴器何台か仕掛けてるの。だから、あなたの今までの行動は筒抜け。・・それよりも、ほら。これに見覚えあるでしょ」

百合が楽しそうに手を振る。

その手に合わせて小さな小瓶が揺れ、中の液体も波打つ。

「私が薬学部で製薬会社の娘なの知ってるでしょ?」

その時、俺の脳裏に浮かぶある可能性。

もしかして。

まさか!

「惚れ薬。聞いたことあるでしょ?・・あれ作ったのね、私の親の会社なの」

だから簡単に手に入るんだよと愉快気に微笑む百合。

「た、助けてくれ」

もう逃げられない。

そう悟った。

なら懇願するほかない、心の底から。

「何言ってるの?ここまでしたのよ。逃がすわけないでしょ」

愛おしそうに俺の頬をなで、甘くささやく百合。

心臓をそっと握られるような感覚。

呼吸が乱れ、嫌な汗がドッと噴き出る。

「さあ、これ飲みましょ?」

「嫌だ!お願いだ、助けてくれ!百合!」

何とか絞り出した俺の悲痛な叫びも百合には届かない。

虚ろな目でただ俺を見つめている。

「大丈夫よ。あなたの人格が壊れるわけじゃないの。ただ私がいないと生きていけない体になるだけなんだから。・・・ね?」

そう言うと小瓶の口を開け、中の液体を口に含む百合。

「お、おい。何してんだよ。おい!百合!」

「うるさいわね。そんなお口は栓してあげる」

そう言うと俺にのしかかり口づけをしてくる。

必死にもがくがまだ薬の効果が続いているのか力が入らない。

口腔に液体が入ってくるのが分かる。

何とか飲まないように抵抗したが、その甲斐なく俺の意識はそのまま闇の中に消えていった。



どれくらいの時間がたったのだろうか。

目の前には穏やかな表情を浮かべる愛しい幼馴染の姿。

「やっと飲んでくれたね。啓介」

啓介の動きを常に観察するため、大学も常に同じ時間に登校しGPSも盗聴器も取り付けた。

今どこにいるか。

毎日何を食べているか。

誰と会話したか。

何時にお風呂に入ったか。

いつから課題をしたか。

毎日何時に寝たか。

今まで啓介のすべては私が記録してきた。

(今日はね私実は6コマ目しかないの。まぁ、莉奈から啓介に情報が行くとは思わなかったけど。)

今まで長かった。

でもこれでやっと啓介が私だけを見てくれる。

自然に口角が上がる。

もう止められない。

360度啓介の写真で埋め尽くされた部屋で未だ穏やかな表情で寝息を立てる彼を抱きしめ、ぼそりとささやく。

「も う 離 さ な い よ。けーいちゃん」

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