花散る夜、終幕の鐘
小悪魔なめぐ
プロローグ
「朝城瑞樹、芸能界引退か」
今週の週刊誌はどこもこの話題で持ち切りだった。
朝霧瑞樹は1994年に15歳の現役女子高校生として歌手デビューを果たし、「君の瞳」や「紫陽花」など、甘い青春時代を歌った曲が当時の若い女性の間で大ヒットし、一躍有名となった。その後、TVドラマ「朝の日差し」で役者としてのデビューを果たし、「愛した夫」「山茶花」などでは主演をするなど絶大な人気を誇っていた。2018年に放送されたTVドラマ「その恋応援し隊」で主人公の母の役で出演して以来、表舞台には姿を現さなくなっていた。
その間、彼女は一人の男性とよく会っていたという。今年で45歳と40代も半ばに差し掛かってきたところでのお付き合いであり、婚約前提のものであるだろう。本人の発表とともに遠ざかっていた芸能界活動に終止符を打つのではないか。と報道されていた。
記事を一通り読み終わった後、一つ舌打ちをし、週刊誌を商品棚に戻す。
コンビニから外に出ると冷たい風が出迎えた。一週間程前には桜が開花したというのに、時折寒い夜がやってくる。気温の変化が激しいと体調も優れない。
胸ポケットから煙草を一本取り出し、ライターで火をつける。口から煙を出す。その煙と一緒に色々な溜まったものを吐き出しているような気がして、少し安らぎを得られる。のだが、今回はそうともいかなかった。
吸い始めたばかりの煙草を灰皿に捨てる。そして睨むような眼で横に向いた。
睨まれた少女は緩く微笑むだけで、動じた様子も話し出す様子もない。ため息をつき、眼を緩める。
「何か用か。」
話しかけられ、少女はやっと動きを見せる。それが開始の合図のように。
「おじさん。名前は?」
開口一番に聞くべきことなのかと少し疑問に思いつつも名刺入れを探していることに呆れる。これが職業病なのだろう。子供に対して名刺を渡す必要もなければ、本当のことを言う必要もない。
「小倉だ。」
「じゃあ、小倉さん。私のこと独占取材しない?」
援助交際のお誘いらしい。見た感じだと、少女は中学生だろう。背は少し低めだが、顔つきは少し大人びている。そんな子供を相手にすれば罪に問われる。今時SNSもあるのだから、好みの合う人とすれば少しは隠すこともできるだろう。
何も聞かなかったことにして、家へと帰る。ここから家まではそう遠くない。ただ、道は入り組んでおり、初めて来る人にとっては分かりにくい所にある。
「帰ってくれ。コンビニまで送ってやるから。」
後ろにいる少女に声をかける。少女の問いを無視してから、ずっと後ろをついてくる始末だ。家はとっくに過ぎているのだが、帰るわけにもいかなかった。家を知られるほど面倒なことはない。
「小倉さんは記者だよね。」
少女の問いに、足が止まる。小さく「カメラマンだ。」と訂正した。大して変わらないけれど、そう言うしかなかった。
「じゃあ、カメラマンの小倉さん。10日後、私は人を殺す。それを隣で見ていてよ。」
振り返る。少女の顔は緩く微笑んでいた。
少女に殺す理由はない。生活が困窮しているわけでも、いじめを受けているわけでもないだろう。殺すに値するものを受けているのであれば、被害者はそれを隠そうとする。隠しつつもどこかで少しのサインを出す。隠されたものを暴くことも、少しの情報から真意を見つけることも、得意分野だ。それが仕事なのだ。
だから分かる。少女は殺意に至る感情を持っていない。
「馬鹿な事を言わないでくれ。君には人を殺す理由がない。」
「でも、小倉さんが協力する理由はある。」
少女が取り出したのは一冊の雑誌だった。その中の1ページを見せる。夏の始まりを彩る新緑に赤いくちばしと足を持ち羽毛が赤褐色の鳥が写っている写真だ。
「私が美しいものを見せてあげる。この写真に引けを取らないぐらいのものを。」
花散る夜、終幕の鐘 小悪魔なめぐ @knm_meg
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