呪われた部屋

三谷一葉

あなたならどうしますか

 どもどもどもーっ! 怪異退治屋でっす!

 怨霊妖怪化け物生霊何でもオッケー! 恐怖に怯える仔猫ちゃんを救うためにやって参りましたー!


 待て。

 待て待て待て待て。

 ドアを閉めるな、ドアを。

 いーから聞けって。損はさせないから。

 あんただって思い当たる節あるんだろ?

 ほら、枕元に立つ妙に背の高い女の幽霊とか、窓についた手形とか。

 そういうのを何とかしてやるって言ってんだよ。


 いつまでも玄関で立ち話ってのも疲れるからさ、中に入れてくんない?

 ··········はっはー。こいつは凄いねえ。

 なに、あんたには見えないの?

 そっかあ、そうだよなあ。

 見えてたらこんな部屋借りようだなんて思わないよなあ、うん。


 この部屋ね、呪われてるよ。そこにいる女にさ。

 あんたには見えてないみたいだから教えてやるよ。

 まだ婆さんってほどじゃない、三十超えたぐらいのおばさんだよ。

 ぼっさぼさの長ーい髪してて、目は真っ赤に充血してるんだ。口の端から血が垂れてるね。

 服装は白いブラウスに花柄のスカート。結構頑張ってオシャレしてるみたいだけど、あっちこっちに血が飛んでるから台無しだな。

 腕をだらーんと前に垂らして、振り子みたいに上半身を揺らしながら、ぐるぐる俺たちの周りを歩いてるよ、今も。


 多分、アレだな。

 男に棄てられて自殺··········いや、殺されたのか。

 不倫って奴だったんだよ。しかも可哀想なことに、この女は男が既婚者だって知らなかったのさ。

 アタシとあの女のどっちが大事なのよって詰め寄ったら、この女メンドーだなーと思った男にぶっすり殺られちまった。まあそんなとこだろ。


 なんでそんなのわかるのかって?

 そりゃあ簡単さ。

 こういう女との付き合いは長いからな。


 あんたさ、ここ借りる時に妙だなって思わなかったかい?

 家賃、相場より大分安いだろ。つまりはそういうことだよ。


 えー? まだ信じられないのかよ。

 じゃあさ、これまで俺が担当したお客さん達のこと見せるから、それ参考にしてちょっと考えてごらん。


 ───目の前に差し出されるタブレット。

 顔にモザイク処理をされた男が映っている。

 黒いTシャツの胸元のあたりに『Aさん(19)』の文字。


「は? 怪異? 幽霊? バッカじゃねーの。そんなん居るわけないし」


 ────不機嫌な様子で吐き捨てるAさん。

 野良犬を追い払うようにしっしと手を振っている。

 画面、暗転。


 こいつはねえ、まるで俺の話を聞こうとしなかった。

 だからとんでもないことになったんだよ。


 ───画面中央にスポットライト。

 両目を潰され、口を大きく開けた生首が、テーブルの上に載っている。


 気づいた時にはもう手遅れ。

 部屋から漏れる異臭に気づいた管理人が押し入った時には、テーブルの上で生首だけになってたのさ。

 バラバラ殺人事件の被害者だってちょっとしたニュースになってたけど、まだ犯人は捕まってないし、首以外の部品も見つかってない。

 そりゃそうだよなあ。犯人は怪異なんだから。

 証拠なんか残るわけがない。


 ああ、こいつはただの人形だよ。本物の生首じゃないから心配しないでくれ。

 Aさんが生首になっちまったのは本当だけどな。


 よし、次に行こう。


 ────再び、顔にモザイク処理をされた男。

 Aさんよりもやや大柄だ。

 青いポロシャツの胸元には『Bさん(38)』の文字。


「ご心配ありがとうございます。いつもお世話になっているお寺さんがあるので、そこでお祓いをお願いしようと思います」


 ────丁寧に、しかしきっぱりと断るBさん。

 お手本のような綺麗なお辞儀。

 画面、暗転。


 この人は、お祓いに行こうって頭はあったけど、誰に頼むかを間違えた。

 坊さんってさ、色々修行したり説教したりしてるけど、怪異の専門家ってわけじゃないんだろ。

 幽霊がみんな有り難いお経で成仏できるんなら、そもそも悪霊騒ぎなんか起きないわな。


 ────仏壇の前に倒れた男。

 その身体は、不自然にねじ曲がっている。

 首が有り得ない方向に捻れ、腕や足は関節ではない部分から折れ曲がり、口の端から白い泡。

 画面の端に、尻もちをついた僧侶の姿。


 いつも頼りにしてたお寺さんでこの有様だ。

 坊さんだってアテにならないって、わかっただろう?


 じゃ、次行ってみよう、次。

 これで最後だから、もうちょっと付き合えよ。


 ────顔にモザイク処理をされた女が映る。

 白いブラウスの胸元に、『Cさん(26)』の文字。


「しっ··········信じます、あたしは信じますよ、退治屋さん。夜中の足音はずっと気になってましたし、白い服を着た女の人の幽霊も、あたし見ました。ええ、ほんとです。あたし、少しだけど霊感ありますから。だから··········だからお願いです、助けてください。お願いですから、助けてください。お願いします、お願いします。あたし、信じてますから··········」


 ────今にも泣きそうな声で、縋るように何度も「信じている」「助けて」と繰り返すCさん。

 地面に膝をつき、土下座まで始める。

 カメラが徐々に引いていき、画面、暗転。


 

 この人はねえ、前の二人と違って、俺の話を真面目に聞いてくれた。

 だけど、可哀想なことにこの人には金が無かった。

 命が助かるならと、あっちこっちに借金して、何とかしようと頑張ってたんだけどなあ··········


 ────ぎいっ、ぎいっ、と何かが軋む音。

 ピンと伸びた太いロープ。

 振り子のように揺れる、小柄な女の身体。


 俺だってボランティアじゃないからねえ。

 お駄賃が貰えないなら何もできないよ。

 結局こいつは幽霊に取り殺されるくらいならって自分で首を吊っちまった。

 やるせないねえ。


 さて、お客さん。

 これでよーくわかっただろう。

 AさんBさんCさんみたいになりたくないんなら、俺に依頼してお祓いするしかないんだよ。


 なあに、初回特典だ。

 今回は割引料金で引き受けてやる。

 五百万。五百万で何とかしてやる。


 ま、あんたにとっちゃなかなかの大金だろうけど、これからの長い人生のことを考えたら、安いもんだろ。


 は? 本当に幽霊がやったのかって?

 ····················やだなあ、お客さん。

 幽霊の仕業に決まってるじゃないですか。


 ほら、どうするんだい、お客さん。

 信じる者は救われるんだぜ。

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呪われた部屋 三谷一葉 @iciyo

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