第34話 宰相の悪事
ファウストが持ち帰った情報をまとめたあと仮眠を取った真琴達は、目覚めてすぐにセルジオから呼び出されまた王城に来ていた。堂々と正面から入るわけにはいかないので、昨日も通った秘密の通路からだ。
迎えに来たセルジオの案内で通路に入り、昨日とはまた違う道を進んでいく。辿り着いたのは、以前真琴が案内された小さな部屋だった。
「お初にお目にかかります。真琴の姉、湊と申します」
「楽にしてくれ。僕はルイスハルト、真琴と同じようにルイスと呼んでくれて構わない」
簡単な自己紹介をして、ルイスハルトに促されそれぞれ椅子に腰掛ける。ただ、セルジオとファウストだけはお互いの主人の横に立ったまま控えた。
「湊、と呼んでも」
「構いません」
海外と同じなのか、日本と違って名前で呼ぶ方がメジャーなようだ。ここまでの旅で湊もそれを理解しているのか、抵抗なく頷く。
「まずは感謝を。君のおかげで、僕はまたこの国のために動くことができる。本当にありがとう」
「……頭を上げてください。私は、ただ可愛い妹のお願いを叶えただけですから」
次期国王が深々と頭を下げた。その様に短く息を吸った湊は、動揺を隠すようにゆっくりと言葉を発する。
妹の望みを叶えただけ。だから、報酬も何もいらないのだと言外に告げた湊に、ルイスハルトは軽く目を見開く。
なお、可愛いと言われた真琴はニヤニヤしているが、空気を呼んで口は閉じている。その顔を正面から見ているセルジオは笑いを堪えるのに必死だ。
「そうか。だが、礼くらいは受け取って欲しい。真琴も、姉君を連れてきてくれてありがとう」
「どういたしまして。友達のためだもんね」
「友、か。それは嬉しい言葉だな」
目尻を下げたルイスハルトは、額に入れて飾っておきたいほど絵になる。たっぷりと堪能しながら、湊は彼に渡すためにまとめてきた書面を取り出し立ち上がろうとした。しかしそれは、ファウストに制される。
「俺が」
「ん。よろしくね」
湊の代わりに書面をセルジオへ、そしてセルジオがそれをルイスハルトへと手渡す。
「オレオ・フォン・リグレイド公爵、現宰相についてまとめたものです」
「……そうか」
パラパラとページを捲り、内容を確認しているその顔がだんだんと険しくなっていく。最後まで見終わった頃には、目頭をつまみ項垂れてしまっていた。
「腐っているな」
宰相は第二王子であるリーヴェルを傀儡とし、次期国王に据えて自らが影の王として君臨しようと画策していた。片鱗は見えていたので、その点に対するルイスハルトの感想は「やはりか」の一言に尽きる。
だが、宰相も気づかれぬよう細心の注意を払っていたのだろう。その大きすぎる野望のためにやってきたこと全てをルイスハルトが知ったのは、今日が初めてだった。
王を丸め込み、リーヴェルの家庭教師に自らの息がかかったものを手配し、第一王子が不出来だから王になるのは第二王子のお前なのだと囁き続け洗脳。さらに国の金に手を出し王とともに使い、その使った財を補うために魔人族が収めるジャボルスを征服しようと企むなんてくだらなすぎるにも程がある。
証拠としてファウストが提示したのは、使い込まれた金の流れが書かれた帳簿。そして、オレオ宰相直筆の日記だった。
また、リーヴェルに対して行っている教育や彼の変化の過程も全て綴られているメモもあった。禁忌とされている洗脳の魔法にも手を出しているようで、現在リーヴェルは完全なる傀儡と化している。
「リーヴェル……」
最近のリーヴェルの様子のおかしさは、ルイスハルトも感じていた。だが、時間を作れず話を聞けていなかったのだ。まさか、宰相が洗脳魔法に手を出しているとは思いもしていなかった。
信じられない量の公務は、兄弟の時間を奪う目的もあったのだ。
「リーヴェル様の洗脳魔法については、私が対処できると思います」
「っ、治せるのか!」
「診なければ分かりませんが、おそらくは。ただし、今すぐに解除しても宰相をなんとかしなければ意味がない」
「ああ、そうだな」
洗脳には時間がかり、解除にもある程度時間がかかる。一応簡易解除はされるのだが、積み重ねてきた洗脳を完全に除去しなければ結局またすぐかかってしまうのだ。なので、まずは洗脳している大元を排除する必要がある。
深く頷くルイスハルトは、これだけ手札が揃っていれば問題ないと言い切った。
「よくここまで調べてくれた。感謝してもしきれないな」
「ファウストの力です。その情報を、この国とその人々のために役立ててください」
「必ず」
「それと、もう一つ報告があるのですが」
「聞こう」
随分前から寝息を立てている真琴は気にせず宰相についての大まかな報告を終えた湊は、ターレスの街についても伝えることにした。
現在、ユーリス・フォン・カサグランド辺境伯が収めているターレス。そのギルド長が王都に呼ばれてから帰れていないことは報告書にも記載済みであるが、なにぶん他の項目に埋もれてしまっているので今はまだ目に止めていないだろう。
世話になった街なので、湊は自分の口から改めて報告する。
「……ジャボルスを狙うには絶好の場所だからな」
「今、かの街にはハンターはほぼ皆無。戦えるのはカサグランド辺境伯の持つ騎士団だけです。そして、邪魔をしてくるルイス様は病床に伏せっている」
「何が言いたい」
「制圧するには絶好のタイミングだと思いませんか?」
ルイスハルトが目覚めたことを知っているのは、セルジオとメーテルだけ。まだ王城の面々には知られていないため外でも話さないで欲しいと冒頭で聞いていた湊は、そこでニヤリと唇を歪めた。
「宰相は今、王に許可を取りいくつかの騎士団に指示をする権利を持っています。昨日の状況から、ルイス様の峠は今日明日のはずでした。邪魔がいなくなると思った宰相が動き出すにはいい頃合いです」
「そう、かもしれないな」
今日明日が峠だと知らされていなかったルイスハルトとセルジオが動揺する中、湊は気にせず寝息を立てている真琴を指差した。
「なので、真琴をターレスに戻します。できるならセルジオさんも」
「っ、しかし私は!」
「待て、セルジオ。最後まで聞こう」
親友が心配なセルジオが噛み付くが、ルイスハルト本人が制する。聞く価値があると思ったのだ。
「私はまだ顔が割れていません。光魔法使いとしてこの城に呼ばれることは不自然ではないはず」
「しかし、湊さんには戦う力が……」
「え? お姉強いよ?」
「起きたのか」
「あたしの名前出たからね!」
胸を張る真琴に勢いをそがれたのか、静かにうなづいたセルジオは続きを待つ。ルイスハルトも、黙ったままだ。
「カサグランド騎士団と真琴、セルジオさん含むルイス様が動かせる騎士団が先にターレスに辿り着ければ、辺境であり堅牢な壁を持つターレスが落とされることはないでしょう。あとは、その間私がルイス様を守れば問題ありません」
「君に僕が守れると?」
「無属性魔法の可能性をご存知ですか?」
「は?」
質問に質問で。いきなり話を切り替えた湊に、訝しげな、けれどどこか楽しそうな表情を浮かべていたルイスハルトが間抜けな声を出した。美しい顔は、ぽかんとしていても間抜けにはならず美しい。
「無属性魔法は防御に秀でているんですよ。セルジオさん、私を全力で攻撃してくれる?」
「え? いや、それは」
「いいから」
無理矢理剣を抜かせ、自分を攻撃しろと急かす。湊の周りには透明だけれど僅かにキラキラした膜がいつの間にか張られているが、それ以外にはなんの変化もない。
「どうなっても知らんからな」
「そしたら自分で治すから大丈夫」
「お姉ならいける。でも何かあったら助けるよ」
「……やってくれ、セルジオ」
主を治した、それも女を斬りつける趣味などセルジオにはないが、主に言われればやらざるを得ない。
抜かれた剣は僅かな迷いを乗せて、けれど普段と変わらぬ速度と重さで湊へと振り下ろされた。
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