第33話 友と国と
姉妹到着から数時間が経過し空が白み始めた頃。ルイスハルトの寝室にいるのは、部屋を守るセルジオだけになっていた。セルジオは、主君であるルイスハルトの安定した寝息が聞こえるたびに胸を撫で下ろし、少し前にこの場所を去った姉妹に感謝を捧ぐを繰り返す。
今から約一時間ほど前。治療を終えた湊は、ルイスハルトが目覚めたら連絡をするように言い残し真琴を連れて宿へと帰っていた。
理由はいくつかあるが、一つは宰相の悪知恵というか悪あがきにより、王太子にもかかわらずルイスハルトに婚約者が決まっていないことが挙げられる。婚約者がいても問題ではあるが、万が一にでも二人が見つかった場合、今までなんの噂も立たなかった王太子が自らの寝室で未婚女性二人と夜を明かしていたというのは外聞が悪すぎる。病を患っていたとしても、噂好きな貴族の格好の的になるのは間違い無いだろう。
さらに真琴という勇者が戻り、湊という聖女が現れたと宰相が知れば手元に置きたいと画策するのが目に見えているのも大きい。湊としては喧嘩を売られたら買うつもりだが、買わないで済む喧嘩は放っておきたい。
納得したセルジオは送ると申し出たが、道順は覚えたと言う湊に押し切られ結局寝室から彼女らを見送った。無事に到着したというチャットも受け取り、あとはルイスハルトの目覚めを待つだけ。
「っ、う……朝、か?」
「ルイスハルト様!!」
顔色はもう平時と変わらない。しかしどこかソワソワと落ち着かずにいたセルジオは、聞こえてきた声に勢いよく立ち上がった。
それにより座っていた椅子がひっくり返り音を立てるが、気にせずルイスハルトの元へと駆け寄る。
「何があったか、説明を頼む」
「はっ」
身を起こしたルイスハルトは水すら飲めなかったために声が掠れているが、それ以外に不調なところはないらしい。セルジオがサイドテーブルの水差しからコップに注ぎ渡すと、優美な所作なのだがすごい勢いで飲み干していく。よほど喉が渇いていたようだ。
そして、同じくサイドテーブルに置かれていた軽食。パン粥に手を伸ばし、ゆっくりと口に運んでいく。
食べながら説明を聞いていたルイスハルトは空になった皿をサイドテーブルに戻し、口を閉じたセルジオに緩慢な動作で頷いた。
「助けたつもりが助けられるとは、な」
「それだけではなく、ですね……」
「どうかしたのか」
「……此度の件。宰相が行った証拠を姉君の従者が掴んだようで」
「……本当であれば、頭が上がらないな」
到着連絡から少し経ったあと、届いていた追加の連絡。チャットで画像は送れないので証拠が何かは具体的にわかっていないが、少なくともファウストは無事に帰ってこれたようだ。チャットからそれを理解し、胸を撫で下ろしたのは記憶に新しい。
「ルイスハルト様の容体が安定し、人にお会いできる状態になりましたら彼女らを城に――」
「いや、今日呼んでくれ」
「しかし、まだお体がどのような状態か」
「真琴の姉君が聖女だというのは間違い無いだろう。彼女が嘘をつくメリットもないし、何より倒れる前より調子がいいんだ。今すぐにでも戦闘訓練に参加できる自信があるよ」
手を握ったり開いたりしていたルイスハルトはベッドから立ち上がり、屈伸までしてみせる。
「それに倒れていた今なら公務が免除されてるはずだ。知られる前に動くべきだと思わないか?」
「……それは」
通常の公務に加え、宰相が手を回し増やした公務を大量にこなしていたルイスハルトに自由な時間はほとんどなかった。だが、病気で伏せっていた今はそれがないのだ。
完治したと知られれば宰相はすぐに動きだすだろう。それに、時間が経てば経つほど姉妹の存在が知られる可能性が増えていく。
同じ年に生まれ、侯爵家の次男という相応に身分の高かったセルジオは物心つく前からルイスハルトのそばにいる定めが決まっていた。共に学び、共に育ち。主従関係と一緒に友情も育んできた。
セルジオも当然ルイスハルトの言葉が正しいとわかっている。それでも、その身が心配なのだ。
「これは命令だセルジオ。二人に連絡を取り、誰にも知られぬよう僕の元へ」
ルイスハルトも、セルジオを頼れる護衛以上に心の許せる友であると思っている。セルジオの気持ちを理解しているからこそ、困ったような顔であえて「命令だ」と口にした。
「……御意に」
友の体と、この国の行く末。全てを並べても友を取りたいと願う友人としての自分と、未来の王の右腕たる自分の使命を天秤にかけ、どちらをとるかなんて分かりきった答えにセルジオは深く息を吸う。
そもそも「命令」されている以上、頷く以外の選択肢など残されてはいないのだ。頭を垂れたセルジオはすくっと立ち上がり、一礼して背をむける。
「せめて、彼女らが来るまではお休みください」
そして、振り返らず一言。
一つくらい文句を言ってやりたいと、セルジオは小言を落とした。ルイスハルトが苦笑したのを背中で感じ取ったセルジオは、満足げに部屋から出ていくのだった。
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