第32話 聖女の初仕事
秘密の抜け道は、まるで迷路のようだ。どこにこんなスペースがあるのか問いたくなるほどに道は分かれ、上方向にも下方向にも進むことができる。天井裏や床下、部屋と部屋の間にある空間に作られているのだが、運良くこの抜け道を見つけ出した盗賊がいたとしてもきっと抜け出す前に死に絶えることだろう。
「うん。やっぱ覚えられる自信なし」
「俺も頭に叩き込むのは大変だったからな。真琴が一発で覚えてしまったら辞職を考えるところだ」
「あ、また馬鹿にしたでしょ」
「もう着くぞ」
「急に圏外」
「けんがい?」
「向こうでの言葉だから気にしないで。真琴も、多分そろそろ出るからお口チャックの準備ね」
「はーい」
城の大きさと歩いてきた時間。今いる大体の高さを予想して、湊は真琴に注意を促す。そして彼女の予想通り、一分も経たぬうちにセルジオはただの壁の前で足を止めた。どう見ても壁にしか見えなかったが、セルジオがいくつかの手順を踏めば人が一人通れる程度の出口が開く。
出た先は、大きな部屋だった。
部屋の主は眠っているのか灯りはついておらず、中は通路内と同じように暗い。通路では見やすいようにとセルジオがランプを持っていてくれたのだが、灯りが部屋の外に漏れて気づかれる可能性があるため、出口を開ける前に消してしまっているので今は真っ暗だ。
闇に浮かび上がる大きなベッド。
かなり広い部屋を満たす、苦しげな息遣い。
セルジオは真琴達に目配せし、音を立てぬよう柔らかそうなカーペットの上を歩き出す。緊張した面持ちのセルジオの背を、姉妹も同じように静かに追いかけた。
「……ルイスハルト様。真琴と、姉君の湊さんをお連れしました」
「ごふっ……ひゅー……」
意識が朦朧としている中、ベッド脇に傅くセルジオの声にルイスハルトは小さく頷いて反応した。
近づいてみれば息遣いの荒さはより顕著になり、かなりの熱を感じるのに暗闇でもわかる青白い肌。喉元は腫れているのか少し太く、傍目にも呼吸しづらそうなのがよくわかる。
「……湊さん、頼む」
「うん」
名指しされ、湊が一歩前に出る。
この世界では人の鑑定はできないため、人に対して鑑定できるとは言えない。なので、心の中で謝罪しつつスキルを発動した。
名前:ルイスハルト・フォン・グリティア
性別:男
称号:グリティア国次期国王
一言:
状態:毒(ポイズンマッシュネーク)
「……お姉?」
ルイスハルトの様子を目の当たりにし不安を覚えたのか、いつもと違い元気のない声が湊の耳に届く。だが、湊はそれに笑顔で頷くことで答えた。
鑑定によると、原因は湿地帯に住むポイズンマッシュネークという魔物の毒だった。
体長は20cmから50cmとそこまで大きくはならず、頭部や尻尾の先、稀に胴体に毒キノコを生やしている。なお、毒ではない食用キノコを生やしているものはマッシュネーク、薬用キノコを生やしているものはヒールマッシュネークと名前が分かれる。
ポイズンマッシュネークに生える毒キノコは無臭で見かけは毒なしキノコと変わらず、味も普通に美味しい。さらに、ただでさえ区別が難しいのに毒キノコの種類は蛇毎に違うのだ。
そのため通常はポイズンマッシュネークの毒と判明したあと、さらになんの毒キノコが原因かを調べなければいけないのだがそんな時間はない。
しかも、鑑定曰く作ってきた解毒薬は全てハズレだったのだ。
「作ってきた薬は効果がないから、光魔法でいく。セルジオさんは、王子様が回復した時に飲める水の準備を」
「わ、わかった」
頷き即座に行動を開始したセルジオを見送り魔力を練り上げる。練り上げた魔力でルイスハルトの体を覆い、内部にも浸透させて毒に侵され疲弊した箇所を片っぱしから治療していく。
今回はキノコ毒とは言いつつ感染症に近い症状が出ているので、感染した全ての箇所を治す必要がある。
一つでも見逃せば再発する。と、丁寧にも赤枠警告文を出してきた鑑定に感謝と若干の苛立ちを覚えつつ、魔力をスキャンのように使い見つけたそばから治していった。
どれくらい時間が経ったのか。
普段黙っていることが苦手な真琴も、拳を握りしめ必死で湊とルイスハルトを見つめる。だからこそ気づけた。だんだんと、赤みを取り戻してくるルイスハルトの顔に。
「っ、お姉」
安堵に顔を上げれば、脂汗を浮かべ目を閉じたままの湊の姿。タオルを取り出しその汗を拭った真琴は、「頑張れ」と何度も声をかけ続ける。
水と軽食を持ち戻ってきていたセルジオも手を合わせ、主君であるルイスハルトと、助けようとしてくれている湊に祈りを捧げ続けるのだった。
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