第27話 オーク殲滅

 魔導士達の攻撃が始まり、そこかしこで聞こえてくるようになった戦闘音。オークの悲鳴と同時に気合を入れる雄叫びも届く中、湊は戦場を見下ろしていた。

 遠距離職である故に、接近戦では足手まといになるからだ。

 果敢に敵へと向かう真琴を視界に入れ、近接にすればよかったかもしれないという思考が顔を出す。しかし、それは頭を左右に降って否定する。

 遠距離には遠距離にしかできないことがあると。


「さ、私も頑張ろう」


 弓を握りしめた湊は、戦場を見渡し矢を放つ。その瞳にもう、迷いはない。


 転んだ騎士に襲い掛からんとするオークを牽制し、怪我を負った騎士に回復魔法を飛ばす。若干やらかしているファウストからは目を逸らしつつ、真琴達もしっかり視界に入れて援護する。

 戦いは、まだ始まったばかりだ。


   ***


「行っくぞートントン!」

「プギィィィィイ!」


 トントンの背に乗り、オークの集落へと突撃していく真琴。並走しているのは足を獣化させたファウストだ。

 槍を薙ぎ払ったり突き刺したりしてトントンの上からオークを屠っていた真琴だったが、徐々にオーク達が集まってきたので飛び降りた。


「見事ですね」

「ファウストがうちのこと褒めるの珍しいね」

「嘘を言うつもりはないので」

「褒めてる?」

「ええ。きっと褒めています」


 槍捌きに対して純粋に賞賛の声を送ったファウストは、足は獣化したまま移動速度を維持し、小剣を両手に戦っている。

 一撃は軽いのだが、攻撃回数がえげつないのでオークは次々にひき肉に代わっていく。なかなかに凄まじい光景だ。


「ねぇねぇファウスト。お姉、グロいのそんな好きじゃないよ」

「なっ!!」

「それに、ひき肉だと回収できないし。殺すなら糧にしないとってお姉いつも言ってるよ?」

「……次から、首だけ切断することにします」

「あ、でもそれで怪我しそうなら今までの方法でも――」

「可能です、やってみせます。湊様のために」


 一緒に敵を倒しながら、関係のない会話に花を咲かせる。湊の考えを知らなかったファウストは小剣を握り直し、地面を蹴って飛び上がる。

 襲ってきたオークが一瞬止まり、そして首がずり落ちた。


「湊様のためにできぬことなど、ありませんから」

「……こわ」「……プギィ」


 綺麗な切り口ではあるが、実際は二本の小剣両方で何度も同じところに攻撃を当て続けている。足りない攻撃力を回数で補い、有言実行してみせたのだ。

 顔に返り血をつけたまま微笑むファウストに、周りのオークを片付けた真琴とトントンは震え上がるのだった。


   ***


 凄まじい勢いで減っていくオーク達。だが、この数のオークをまとめていたボスとその側近達は簡単にはいかない。ボスであるオークキングと、そばに控えるオークジェネラル二体。さらに、マジシャンにアーチャーまでいるのだ。

 気づくのが遅かったら、ターレスの街は本当に危なかっただろう。


「く、はあっ!!」

「こりゃ……俺達だけじゃ難しかっただろうな」

「な! 私達だけでもこれくらい――」

「本当にそう思うか? お前は優しいくせに口も悪けりゃ頭も悪いからなぁ。せめて頭さえ良けりゃ時期団長でもかまわねぇんだが……」

「あ、頭のことは今はいいではないですか!」


 真琴達と離れて戦っていた騎士団団長であるアレクサンドと副団長のシリルは、一足先にオークキング達と相対していた。ジェネラルと刃を交えている中、背後からくるマジシャンとアーチャーの攻撃。ジェネラルは彼らの壁役でもあるため、早く遠距離組を倒したいのだがなかなかうまくはいかない。

 そんな時にありがたかったのが、湊の回復と矢での牽制だった。牽制とは言っても狙いは正確なので、マジシャンとアーチャーの体には小さくはない傷がいくつもできている。キングだけはただの矢ではあまり効果はないのだが、防御が低い敵にはかなり有効だ。


 今も、マジシャンとアーチャーを削りつつフォローしてくれる湊がいなければかなり厳しい戦いになっていただろう。何より、彼女の回復魔法は遠くまで飛びすぎるのだ。普通なら、集落の端から端まで魔法は届かない。けれど湊は届くのだ。

 そのおかげで、今もまだ騎士団達は全員生きて戦っていられている。


 さらに、トントンという機動力を持つ真琴だ。

 トントンはもちろんだが真琴自体の戦闘力も凄まじく、彼女達がいたところのオーク殲滅速度は凄まじい。さらに、ファウストの戦闘力も文句なし。

 個々の能力を見ても、パーティーとしての能力を見ても。パーティーランクがアイアンとは信じ難い。彼らがいなければ今の結果はなかったというアレクサンドの言葉は間違っていないのだ。


「しかし……」

「まあ、騎士には騎士の。貴族には貴族の覚悟つーもんがあるのは認めるが……。あいつらも覚悟を持ってハンターしてるんだとしたら、お前の優しさはあいつらの覚悟を貶してるのと同じってのはわかっておけよ」

「っ!!」


 言いたいことを言い終えたアレクサンドは、二体のジェネラルを引き離すため両手斧を肩に担ぎ駆け出した。息を呑んだシリルは、自らの大剣を両手でしっかりと握りしめる。


 貴族の娘であったシリルは、特に武術に秀でた家の生まれではない。にもかかわらず剣を取るには、かなりの覚悟が必要だった。

 彼らにも同じ覚悟があったのだとしたら。だとしたら、自分はかなり失礼な発言をしたのではなかろうか。

 一瞬の気の迷いによって、隙が生まれる。

 アレクサンドも何も戦闘中に言う必要はなかったのではと思うが、今となってはもう遅い。


「っ、まずい!!」

「間に合った! 流石トントン」

「プギィ!」


 振り下ろされた大きな斧は、シリルの体ではなく地面を大きく凹ませた。降ってきた声に顔をあげると、そこにいたのは真琴。そして、シリルの下にいたのはトントンだった。トントンに乗っていた真琴が、シリルを抱えて斧を避けたのだ。

 少し硬い毛を感じ、シリルはまだ自分が生きているのだと理解する。


「何故、私を……」

「助けるのに理由いる? 危なかったら助ける。平気そうならほっとく。それで良くない? あ、もちろん助けてって言われたら加勢するけどね」


 トントンから降りて、真琴はオークジェネラルと向かい合う。振り下ろされる斧は華麗に避けて、隙を見つければ素早く槍を突き刺す。

 ただ、突き刺しすぎると抜けなくなるので浅めに。大きい隙を見つけたら、大きく振るって深めに傷をつけていく。


「私は……あなた達の気持ちも知らずに傷つけたのに」

「会ったばかりなんだし知らなくて当然しょ? 強そうに見えないのも理解してるつもりだし。別にいいよ」

「そう……。さっき助けてくれたこと、その……感謝するわ。あと……色々、悪かったわね」

「わーお、お姉大正解」

「え?」

「んーん、何も。じゃ、サクッと倒しちゃおっか」


 トントンからまだ降りていなかったシリルは、真琴の声に気づき恥ずかしそうにトントンにもお礼を言うと地に足をつけた。

 アレクサンドの方のジェネラルはカイルと他の騎士団が駆けつけ討伐まであと少し。シリルと真琴の方にも、オークを倒した騎士団の面々が続々と助太刀に加わろうと走り寄ってきている。


「よーし! 行っくぞぉー」

「真琴! 残量!」

「あ、ごめす。お姉任せたー!」

「了解。ファウスト、雑魚狩りは一旦やめて先にマジシャンとアーチャーをお願いできる?」

「この身に代えても、必ず」

「絶対に代えないで」


 通常のオークが減ってきたことで、回復魔導士も集落内に足を踏み入れていた。もちろんその中には湊もいて、真琴に魔力を分けつつファウストと一緒に遠距離の二体に矢の嵐を送る。

 真琴は身体強化を駆使してオークジェネラルを言葉通りサクッと倒し、シリルを下ろしたトントンを連れキングへと直進した。


「真琴!!」

「見ててシリル。お姉とあたしなら安心だって、そう思わせて見せるからさ」


 心配から叫ぶシリルの声に槍を持ち上げて答え、走るトントンに飛び乗る。


「トントン後ろに回ってジャンプ! 真琴は全力で首裏を横凪に」

「ぬおおおお、なんかめっちゃ来たー! おっけ、思いっきり行くおー」

「プーギー!」


 普段魔力を感じられない真琴だが、大量に魔力を送られたら流石にわかるようでテンションをあげながらトントンの頭を撫でた。


 配下がやられたと気付いているのか、面倒くさそうに巨体を持ち上げるオークキング。腹を揺らしたオークは体に見合う大きさの棍棒を手に、真琴を迎え撃たんと構える。


「ファウスト、左足の膝裏筋を切って」

「お任せください」

「真琴、トントン。体制崩れたところをよろしくね」

「おけおけー」「プギプギィ」


 湊が目に向けて矢を放つと、キングは目を守ろうと手を動かす。その死角からファウストが走りより、膝周りの筋を全て断ち切った。全て切断できるにもかかわらずしなかったのは、湊の要望通りにするためだ。徹底している。


「完璧! 行くよトントン!」

「プギィッ!!」


 膝をついたキングの背に回ったトントンが地を蹴り高く飛び上がった。わずかに首まで届かなかったが、そこは真琴が自ら飛ぶことで補う。


「これで、終わり!」


 ちょうどいい高さで振われた槍。手入れのしっかりされていた槍の鋭さは、戦いの長さを感じさせぬほど鋭い。湊から届いた魔力全てを使って身体強化したこともあり、あっさりとオークの首を切り離した。

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