第26話 ツンデレも好物ですが何か
「彼女はきっと、ツンデレ属性を持ってるね」
「お姉、真面目な顔して何言ってんの」
各々が騎獣にまたがり、そしてファウストが部分獣化をして駆け出してからしばらく経った頃、考え込んでいる風だった湊がようやく口を開いた。
出てきた予想外の言葉に、真琴が珍しくツッコミに回っている。
「てか、怒ってたんじゃないん?」
「いや。まあイラっとはしたけど……」
「したんじゃん」
「予想でしかないけど、おそらく私らのこと心配してたんだと思うんだよね」
「心配?」
貴族は、基本的には平民を守るために存在する。
腐った貴族でなければこの意識はきちんと根付いており、そしてシリルの家は腐った貴族ではなく、しっかりした名門である。その予想は大正解だった。
「ま、本当のところはわからないけどね」
「ほう? まあ、美人さんだったもんねぇ。いい子であって欲しいよねぇ」
「そう。流石、真琴は私のことが良くわかってるね。ツンデレ美人美味しい」
「おおう……」
一気に本性を表した湊から離れるため、真琴が体を前に倒す。走っているトントンは真琴の体温が近づいたのを感じたのか、少し嬉しそうだ。
「単純そうだし、真琴に懐いてくれたら私としては一番いい」
「えー……めんど。お姉じゃダメなん?」
「基本は見てたいの。第三者がいいの。ファウストみたいなのは一人でいい」
「本音出てる出てる」
ここで、ファウストを〝いらない〟と言わないところが彼女達の優しさだろう。
「冗談はさておき、見た感じ真琴の方が普通に仲良くなれると思うんだよね。ま、なるならないは私が決めるもんじゃないんだけども」
「イエス。うちの意思そんちょーしてちょ」
会話が途切れ、タイミング良く見えてきた目的地。オーク達に知られてはいけないため、集落からはかなり離れている。
まずトントンとファウストが足を止め、騎士団が少し遅れて騎獣を止めると背中から降りた。
シリルはだいぶ落ち着いてきたようで、仏頂面は変わらないが流石にもう噛み付く気は失せているようだ。ただ、頻繁に湊達の様子を確認しているように見える。
「打ち合わせ通り、ここからは徒歩で行く。本日の正午にはオーク集落周辺で掃討作戦を開始するので、今のうちに補給しておいてくれ」
「はっ!」
凛としたカイルの声に返事をする騎士団。
同じ鎧を見に纏い、剣や槍などの武器を片手に気合を入れる様は壮観だなと感心しつつ、姉妹もゆるく頷いた。
***
「湊様の手料理……」
「ほら、無駄口叩かずさっさと口に入れる!」
「お姉ー……
「だからあれほど満腹まで食べるなと」
「プギプギィ」
「トントン、まともなのは君だけだ」
湊が作ったサンドイッチもどきを握りしめ、一向に口に運ばずポケットに忍ばせようとしているファウストを止め。注意したにもかかわらず満腹まで食べ続け瞼が閉じそうな真琴の背中を押す。
疲れ果てた湊は、背中を押す係を代わってくれたトントンを抱きしめた。嬉しそうに鳴いたトントンは、再び鼻で真琴を押し始める。
「作戦前に食べすぎて眠くなるなどあり得ないわ」
「んー? 現にここにいるよ?」
「現場で動けなくて怪我でもしたらどうするの!?」
「心配してくれてるん?」
「そうではなく!!」
そんな真琴に、シリルが絡みに来た。
湊に勝てないと知ったから来たのか、不安だから来たのかは定かではないが、少なくともその言葉からは心配の色が伺える。
微睡んでいる真琴にもそう聞こえたのだが、シリルは顔を真っ赤にしたまま否定した。しかし、その表情では肯定しているようなものである。「やっぱりツンデレ。うまし」と呟く湊の声は、幸いにも誰にも届いてはいない。
「シリル副団長、おふざけはその辺にしておこうか」
「っ……すみませんでした、カイル様」
「やりすぎなければ構わないよ。君のおかげで、皆の緊張感もほぐれていることだろうしな」
若干シリルをバカにしている様なフォローをしつつ、カイルが補給休憩の終わりを告げる。しばらくすれば雑に作られた家々の屋根が見え始め、オーク集落一歩手前で騎士団と姉妹達は足を止めた。
「では、魔導士達の攻撃を合図に突撃する。負傷者は……」
「基本は遠距離から私達が回復を飛ばします。ただ、見えない場所などは魔法を飛ばすのが難しいので、その場合は近くの方々が手を貸してあげてください」
回復が扱える魔導士達は、数名を残し戦場へと降り立つ。戦場に降りた魔導士には戦いに集中してもらうため、回復は残ったものと湊で請け負うことになっている。
人数は少ないが、ただでさえ足りないので仕方ないのだ。
「よし。では、騎士団長」
「この度のオーク討伐戦、色々な事情が重なり通常よりも大幅に人数が少ない。だがそれでも、我らなら必ず勝利することができるはずだ。街の人々のため、そして領主様のため全力を尽くそう」
「おおっ!」
今回は、街を守るための戦い。戦闘前の言葉を騎士団長に託したカイルは小さく頷き、携えていた剣を抜く。
「行こう」
小さな、けれど芯のある声を合図に各自配置につく。
魔導士達の攻撃は今より十五分後に開始される。それまでに配置につく必要があるため、湊達は駆け足で指示された場所へと向かった。
うっそうと木々が生い茂る中、ぽっかりと開いた土地に立ち並ぶ歪な家々。出入りしているのは二足歩行の豚達だ。
相変わらず、可愛らしいはずの豚の面影は何故かない。
「合図が来たら真琴とトントンはペアで行動。ファウストは何かあれば私の援護をお願いするから、それが可能な位置で戦闘を」
「ラジャおまる!」「プギィッ!」
「かしこまりました」
敵近くなので小声で話をする。
目の前には見渡す限りの豚顔。全員が武器を持ち、体躯も見上げるほどに大きい。
「みんなは私が守るけど、無理はしないこと。絶対、生きて帰るよ」
「うん」「プギィ」
「……はい」
頷いた真琴とトントン。そして、感極まっているのか噛み締めるように頷いたファウスト。トントン、彼の感情に寄り添うようにそっと鼻先で背中を押した。
「じゃ、パーティー初の大仕事、頑張りますかね」
「おー」「プギィ!」
小声のまま拳と上げた真琴と、器用に前足を上げたトントン。そして恭しく傅いたファウストは、打ち上がった炎の花火の音を確認し地面を蹴った。
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