第24話 変態が見つけた変態

 湊の怒鳴り声や戦闘音などが多少周りに響いてしまっていたので、人が集まる前にそそくさと場所を移動した一行は現在、とあるレストランの中にいた。従魔同伴可能の看板が立っていたので即決だった。


 朝早くから領主と話し合いをし、そして湊が美形を追いかけたことにより予想外の騒動に巻き込まれて今に至る。太陽はてっぺんをとうに越えており、食べるはずだった軽食もお昼もまだ結局食べられていない。

 当然ながら真琴とトントンの腹の虫が盛大に訴えたので、話すより前に腹ごしらえが先だと料理の注文をする。しばらくすれば、注文された大量の料理がテーブルの上に並んだ。


「いただきまーす」

「プギプギー!」

「いただきます。あなたもどうぞ」

「しかし、同じ席でいただいてもいいのでしょうか」

「そんな下らないこと気にする人はここにいないから」

「では……」


 この世界特有のお祈りを行い、湊にずっと追跡されていたイケメン男は食事を取り始めた。

 食事が終わるまでは難しい話はしたくないと断固拒否した真琴により、彼の事情はまだ聞いていない。また、真琴も王都に戻りたいことは言えていない。

 ひとまず今の真琴にとっての最重要は、腹ごしらえだった。


   ***


「あ、うちから先に話していーい?」

「かまいません」


 ご飯を全て平げ、眠くなった真琴が挙手をした。さっさと話して寝てしまいたいようで、男から許可を得られどこかホッとしている。ちなみにトントンも眠いようだが、必死に耐えている。


「えっと、ルイスが毒喰らったみたいだからオーク終わったら王都行きたいんだけどいい? お姉の力を使ってもらうことになっちゃうかもなんだけど」

「は? なにそれ最重要でしょ。任せて、なにがなんでも助けるから。で、その素晴らしい顔を拝む。っていうか普通に使うから遠慮なく言いな? 何よりも人命のが大事でしょ」

「流石お姉、ありがとー! じゃ、明日はちゃちゃっとオーク終わらそうね。おやすみー」

「もう寝るんかい!」


 言いたいことを言った真琴はさっさとトントンの背に寝そべった。そして申し訳なさそうな顔をするトントンを置いて、一人寝息を立て始める。

 湊は困ったように笑ったあと一度目を閉じ、食事を食べ終え待っている男へと視線を向けた。


「それで、あなたはなぜ私達について来たの?」

「俺の、生い立ちから話してもよろしいでしょうか」


 美形を見ているときは変態だが、そばにいるときは平常心を保つのが湊のポリシーであり美形への配慮だ。今回は怒鳴り散らす姿も見せてしまっているため、男に許可を取って敬語も外し、今は妹に接する時と変わらない素を晒している。


「なら、追い出されないようにデザートでも頼もうか」

「デザート!!」「ブギィッ!」

「はいはい、好きなの選びなさい」


 飛び起きた真琴達を適当にあしらい、全員分のデザートが運ばれてくるのを待ってから先を促す。再び席について食べ始めた真琴も、食べている間はちゃんと話を聞こうと思っているのか非常に静かだ。

 顔はデザートが美味しいからかにやけているが。


「俺は、エルフの母と獣人の父の間に生まれました」


 全員が聞く姿勢になったと理解し、男はゆっくりと口を開く。

 黒豹の獣人であった彼の父はハンターだったが、彼が生まれる前に魔物との戦闘で死亡。そしてエルフであった母は元々体が弱く、出産に耐え切れずに男を産んですぐに亡くなった。

 母方の祖母に引き取られた男だったが、エルフにとってエルフ以外は〝人〟として認めるに値しない。獣人の血が混じった存在など論外だった。さらに、魔力がなく魔法が使えなかった男の存在価値は早々に無いものと判断された。

 異質な黒髪も相まって「いらない子イレイズ」の名を付けられた男は、今日まで暗殺などの仕事をさせられてきたのだと語る。


「仕事に失敗し捨てられた俺に、行く宛などありません。産まれた時より無いものとされてきた命。先程の刃もこの身で受けるつもりでした」


 暗殺などを請け負う死が隣り合わせの仕事。依頼者の身元を知られないため、失敗したものはその命にて償わねばならない。

 生きることに疲れた男は、最近の依頼には身が入っていなかった。全て終わりにしたかったのかもしれないと続け、しかし終わらなかったと顔を上げる。


「そんな俺を、貴女様は助けてくれたんです」

「ん?」


 怒りで顔を歪めつつ無言で話を聞いていた湊は、頬を染め見つめてくる男の様子に固まった。高揚し潤んだ瞳は歓喜したいほどに美しいが、それ以上に「様」付けが気になって仕方がない。


「エルフなど、滅んでしまえばいいと願ったこともあります。しかし、貴女様が人族でありながらエルフの矜持を粉々に砕いて下さった瞬間、全てどうでもよくなった」

「……ねぇ、お姉」

「言うな」


 恍惚な表情を浮かべた男の瞳は、湊に固定されたまま。

 特殊な環境で育ったせいか色々と心の状態がギリギリだった男は、壊れる前に手を差し伸べただけでなく、憎きエルフに一泡吹かせてくれた湊に尊敬以上の、神に向けられるべき崇拝レベルの感情を抱いてしまったのだ。


「この漆黒の髪すら認めて下さった貴女様のお側にいることを、許してはいただけないでしょうか……」

「……う」


 きらきらと眩しすぎる瞳が急に伏せられた瞼の奥に隠され、次いで捨てられた子犬のような目で見上げられた湊は言葉につまる。

 美形は大好きだ。許されたならば、彼女は永遠にでも眺めていられるだろう。だが決して美形を飼いたいわけではないのだ。

 遠くから眺めているのが一番いい。一番いいのだが。


「お姉。やばいやつだよこいつ。責任取んなきゃだ」

「……逃げたい」


 真琴の言葉により、逃げ道がないことを悟る。

 何より、この状態の男を解き放つのは湊には憚られた。


 一言:一触即発


 鑑定で見たい項目だけ確認できるとわかったので、一緒に食事を取る前に心の中で謝罪をしつつ見ていた一言。もうすでに、男の心は爆発寸前だった。


「……今の名前、捨てる覚悟は?」

「元より、俺の名はありません。呼び名がないと不便だからとつけられた名。貴女様について行けるのなら喜んで捨てましょう」

「なら、これからはファウストと」

「ファウスト……ですか?」

「〝幸福な〟とか〝祝福された〟なんて意味がある言葉だよ」


 そうなんだ。と呟く真琴は平常運転なのでスルーし、湊は話を続ける。


「今までの名前も過去も捨てて、新しくファウストとして生まれ変わって。今まで知らなかった幸せを感じられるように」


 感動したように何度も頷いている真琴とトントン。男は想像もしなかった答えに目を見開き、やがて頬を染めた。やらかしてしまった気がした湊だったが、見なかったふりをする。


「あと、私達と一緒に来るならよっぽどのことがない限り殺しはダメ。それでもいいなら一緒に行こう」

「しかし、貴女様を守るために必要だった場合は――」

「私達も戦える。守られるだけの存在なんてごめんだから。それに、その綺麗な手をこれ以上無駄な血に染めさせたくないし」


 私達と言い切った湊に、真琴はしっかりと頷く。男の生い立ちには真琴も思うところがあったのだ。

 一緒に来るなら楽しいとか幸せだとかを感じてほしい。そう思っていた真琴は湊の話に何度も頷き、デザートの最後の一口を口に含む。


「嫌になったなら離れてもいいよ。もう自由なんだから」

「……自由」


 噛み締めるように呟いた男は、ゆっくりと顔をあげた。さらりと落ちた黒髪を払い除け、遮るものがなにもない状態で真っ直ぐに湊の瞳を見つめ返す。


「ファウストの名を、いただいてもよろしいでしょうか」

「もちろん」

「そして、貴女様の隣に――」

「あ、隣は基本真琴だから。あと名前で呼んで、様は付けはなし。痒くなりそう」

「な、名前で……。せ、せめて湊様と」


 真琴の呼び方からも妹だと理解しているのか、ファウストは特に反抗はせず頷いた。ただ、一番そばにいるために努力し続けようとは思っている。

 要望が増えた湊に文句一つ言わず、頬を染め恥じらいながら湊の名を呼ぶファウストの破壊力は抜群だ。湊は必死で鼻血を堪える。


「よろしくファウスト! うちの名前も呼んでー」

「よろしくお願いします、真琴さん」

「プギプギ!」

「よろしくお願いします、トントンさん」


 結局最後まで起きていた真琴は、ファウストを歓迎した。ファウストも恭しく頭を下げ、しかし彼女のお願いには貼り付けたような綺麗な笑みで堪える。続くトントンへも同様だ。


「態度違いすぎて笑える」

「プギプギ」

「先が不安すぎて頭痛い」

「宿の手配をいたしましょうか? よろしければ俺の膝を――」

「いらないから」


 爆笑する真琴とトントン。そして本気でオロオロと心配しつつ膝を差し出すファウストと、頭を抱える湊。

 身分証であるギルドカードを所持していなかったファウストはこのあと狩人ハンターギルドで登録をし、パーティーアメの新メンバーに加わったのだった。

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