第23話 姉、ぶちギレる
フードの下に見える漆黒の髪。深い藍色の瞳は、切長の目からわずかにしか見えていないにも関わらず酷く美しい。尖った耳と、髪と同色のしなやかで触り心地の良さそうな猫のような尻尾はアンマッチに見えてとてもよく似合う。
発見した例の美形に追いついた湊は、緩む口元を抑えつつ建物の影から男を凝視していた。エルフと黒豹獣人のハーフである男は元々、とある貴族の影として裏方の汚い仕事をしながら生きてきた存在であったのだが、男ですら察知できぬほど完璧に気配を消した湊は飽きることなく堂々と覗き見を続けている。
やがて男は、湊に見られているとも知らず深いため息を吐き出した。
濁り切った海色の瞳もたまらないと危ない思考に耽っていた湊は、しかし次の瞬間慌てて弓を構え矢を射る。
「っ、何を――」
「邪魔が入ったか……悪いが、見られたからには生かしてはおけん。お前にも死んでもらう」
「は? 意味が」
「其奴は影。任務失敗は死あるのみ。元より、生まれてきたことさえ罪である其奴がここまで生かして貰えただけでもありがたいことだろう」
湊が眺めていた男に向かい、突然刃物が飛んできたのだ。弓を選んだ自分と素晴らしいスキルを授けてくれた管理者に感謝しながら、湊はその刃物を弓で撃ち落とした。
美形男はフードの下にある顔を驚きに染め、刃物を投げたエルフの男も同様の顔をする。しかし、エルフ男はどこか愉快そうに顔を歪め、湊の声を遮ると聞いてもいないのに色々な情報を口にし出した。
「この世界一の魔術師である我々エルフの血を引いているにも関わらず気色悪い黒髪を持ち、魔力もなく魔法は使えない。穢らわしい獣人の血を引くくせに、その獣人ですらできるはずの完全獣化もできない。こいつは出来損ない以下のゴミクズだ。ああ、お前もそう思うなら殺さずにいてやろう。仕事以外で殺しをしたいわけじゃあないからな」
「……黙って聞いていれば好き勝手ベラベラと」
何度も言葉を遮られ、言いたい放題のエルフ男に湊の怒りが我慢の限界を超えた。
一気に射られた五本の矢がエルフ男のサラサラ髪をむしりながら頭上を通り過ぎ、残りの四本は両手両足の袖口を貫くと地面に縫い付ける。バランスを崩したエルフ男は地面に倒れ込み、その腹に湊は右足を乗せた。
「な!! ぐうっ」
「まず生まれてきたことが罪とかあり得ないから。仮に親が犯罪者だったとしてもそれは親の罪、子の罪にはならない。どんな状況だったとしても、煩い周りから守ってやるのが親とか近くにいる大人の役目だろうが」
エルフだけあってその男の顔も美しく整っていたが、心が醜ければ容姿など関係ない。むしろ最初はタイプでなくとも、心が美しければ話しているうちに外見だってよく見えてくるものだ。
「おま――」
「で、エルフだからとか獣人だからとかも意味不明。まず、エルフの魔法が世界一なんて誰が決めた?」
魔法は、攻撃魔法が扱える火、水、雷、土、風の他に特殊系の闇と光。そして、魔力がある者なら誰でも使える無属性がある。
無属性は体内の魔力をそのまま外に出し、圧縮して放つだけのものなので通常は微風程度の威力しか出せないが、熟練の魔術師であり、魔力量が半端なければそれは攻撃魔法以上にもなり得る。
そして湊は細かいことが得意であり、魔力量は世界一ではないが普通と比べたらえげつない量を授かっているのだ。聖女の称号は伊達ではない。そう、エルフに目にものを見せるにはもってこいな人物なのである。
「そ、れは……」
「無属性は目に見えないはずだけど流石エルフ。ちゃんと感じ取れて偉いね」
湊の右手、立てられた人差し指の先で渦巻く何か。
周りの空気すら動かすそれはギュルギュルと激しい音を立てており、傍目だけでも凶悪な威力を持っていることがわかる。
あえて優しい声音で語りかけた湊は、容赦無く右腕を振り下ろした。無属性の球体は指先から離れ、エルフの顔横に着弾する。
思ったよりも音はなく、結末は静かなものだった。しかし、エルフの顔横の土は無属性の球体より一回り大きなサイズの穴が空き、数十センチ以上掘られていた。さらに、その際に砕けた砂や石はエルフの顔に無数の傷をつけている。エルフ男は恐怖が限界を越えたのか、意識を失っていた。
「長くなりそうだから獣人族のことに関しては割愛するけど。そもそも漆黒の髪の良さをわからんやつは論外」
「お姉見つけたー! えっと……これ、どういう状況?」
湊が気絶しているエルフ男の腹に右足を乗せ、声高々に変態発言をしたところでちょうど真琴が現れた。状況が分からず困惑した声を出した一人と一頭。
「トントンちょうどいいところに、こいつ弾き飛ばしちゃってくれる? 遠慮なく街の外までお願い」
「プ、プギィ? プギィ!」
特にトントンは湊に予想外のことをお願いされ「え?」と戸惑いをあらわにしたが、即「姉さんの頼みなら喜んで」と背中に真琴を乗せたまま駆け出した。
「ちょぉぉぉぉトントーン」
「プギィィィィィ!」
「よくやったトントン」
頼み事をして貰えて興奮しているトントンは背中の真琴の存在を忘れ、見事な突進攻撃をかました。だがしかし、姉妹が殺しを好んでいないと知っているので牙は当てないように調整している。流石だ。
漫画よろしく空の星と消えたエルフ男。スッキリとした湊はトントンに親指を立てて見せ、そして全て終わったと振り返り固まる。
「あ゛……」
そこにいたのは、恭しく傅く黒髪のイケメン。
フードは下ろされ、結ばれた長い黒髪が顕になる。エルフの血を引くと聞けば納得の尖った耳も隠れることなく外に出ており、黒豹のしなやかな尻尾は緩やかに揺れている。
「ねえ、まじでどうゆう状況?」
「プ、プギィ」
女としてあるまじき声を出し固まった姉を動かすため、真琴は再び疑問を投げる。戸惑ったトントンの鳴き声が、この静かな空間では虚しいほどによく響いた。
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