第19話 可愛くない豚

 何度か野宿を繰り返した朝。これまで危険は特になく、必要最低限の肉を狩る時にだけ戦闘をする程度の順調な旅路だったが、今日はそうもいかないようだ。


「ブヒィィィィィィィ!!!」

「……顔は豚なのになんであんなに可愛くないんだろう」

「お姉、そんなこと言ってる場合じゃなくね?」

「プギプギ」


 見張りだった湊はドシンドシンという振動と音を感じて立ち上がり、やがて遠くにオークの姿を捉えた。オークは、家畜である豚系統の動物が魔物化し進化した個体だ。

 人に飼われていたからなのか。理由は不明だが顔はそのまんま豚なのに二足歩行ができ、武器を持って人のように戦う。何度か進化を繰り返した影響か体躯は人より大きくどっしりとしていて、豚の顔をしているのに可愛さは欠けらもない。

 その大きさも関係しているだろうが。


 湊を捉えたオークが歓喜と思われる叫び声を上げ、その声で起こされた真琴は姉の隣に並ぶとあくびを噛み殺した。


「オークとの戦闘経験は?」

「ナッシング」

「おっけ。鑑定曰く、というか見てわかるけど武器使うから要注意。太ってるように見えるけど豚とおんなじで中身は筋肉だから動きも早いって」

「おけー」


 もう一度叫び突進してきたオークに、真琴が槍を構えた。いつもは街周辺で戦っていたので、大型の魔物との戦闘経験は皆無。最大でトントンと同族である黒猪程度だ。

 だが、既に幾度も魔物と戦っている彼女にとってこの程度の緊張感はなんてことはない。姉の湊も共にいるからか、非常に落ち着いている。


「身体強化使った方が安定すると思うけど、魔力残量はしっかり把握しながら動いてね」

「ちょっと言ってる意味がわかりませぬ」

「は?」

「へ?」

「プギ?」

「……今は時間がないからとりあえず行っといで。援護しながら指示は出す」

「任せたっ! 行くよトントン!」

「プギィッ!」


 くだらないやりとりをして首をかしげあった三人は、湊の合図で飛び出した。

 オークは先頭にいた真琴に狙いを定め、持っていた大剣を振り下ろす。だがしかし、それはあっさりと避けられた。


「ブヒィ!!」

「槍は突き刺したら抜けなくなるから、突きより切り裂くように使って」

「りょー」


 真琴とトントンが狙われそうになる度に弓で顔面を狙い、オークの注意を自分に向けながら湊が声を張る。見かけによらず筋肉質なオークに槍が突き刺さると、なかなか抜けないのだ。


 槍で薙ぎ払い真琴が隙を作ると、トントンが立派な牙を立てて突進していく。こちらも深く突き刺さるとなかなか抜けないが、そんな時は湊が弓でオークの気を逸らして時間を稼ぐ。

 やがてオークは、ぼろぼろになり膝をついた。


「オークって群れるらしいんだけど」

「お姉、その情報出すの遅くない?」

「周辺にいないことは確認済みだから大丈夫」

「おーイエス」


 豚顔で人型のオークは、立派な食用肉になる。宿や食事処でその恩恵をすでに味わっている真琴と湊は、いやではあるが剥ぎ取りを行う。

 全部は持てないので必要な分だけだ。


 ちなみに残った部分は他の魔物が喰らうこともあるが、時間が経つと魔素に還っていく。土に還るのと同じような原理だと思われるが、その速度はかなり早い。

 そのため、人目に着く場所であった場合は埋めるか遠くに移動させる必要があるが、森の中での戦闘時などはそのままでも咎められることはほとんどない。二人にとって、非常にありがたいことであった。


「顔が豚さんでよかった」

「それでも厳しいけど、まあ同感だね」


 両手を合わせてから必要な肉を剥ぎ取り、腐らせないように防腐と防虫効果のある大きな葉っぱに包んでから鞄にしまう。魔法鞄なので時間は止まるし、入れたもの同士接触はしないのだが湊がそのまま入れたくなかったのである。

 なお、真琴は気にせず放り込むタイプだ。


「街に着いたらギルド登録と報告もしよう。単なるはぐれオークならなんの問題もないけど、違いそうだからね」

「難しいことは放り投げるスタンスです。よろ」

「プギ」

「トントン、真琴にだけは似ちゃだめだから」

「プギ?」


 肉の処理も終わり、証拠として顔も葉っぱで包み真琴の鞄に押し込む。本当は鼻を切り取ればいいのだが、トントンと同じ形の鼻を切り裂くのは二人にはできなかった。諦めて顔ごと持っていくことにしたのである。


「で、お姉。魔力残量ってなんぞ?」

「そうだった。身体強化とか使う時の燃料が魔力ってのはわかってる?」

「なんとなく」

「なら、燃料が無くなったら使えなくなるのもわかってると思うけど、魔力切れ起こすと使えなくなるだけじゃなくてすっごい疲れるから戦闘中だと危険なんだよね」

「ほう! 身に覚えあるかも!」


 体を動かすためには体力が必要であるように、魔法を使うためには魔力が必要だ。そして体力が切れると息が上がり動けなくなるのと同様に、魔力も切れると体の動きが著しく鈍ってしまう。なので、戦う際に残量を気にしろと湊は言う。

 

 魔力量は少ないわけではないので気にせずとも短期間の戦闘なら問題はないが、使える魔法が増えてくればそうもいかない。今のうちに慣れておいた方がいいと締めくくった湊に、真琴は首を傾げる。


「そもそも魔力残量が感じ取れないならどうしたらいいん?」

「は? 自分のも?」

「うん。体力切れもよくわからんし」

「ああ、そういや真琴……元の世界あっちでも動き回ってたと思ったら電池切れたみたいに爆睡してること多かったね……」

「それほどでも」

「褒めてないから」


 頭を抱えた湊に、真琴は胸を張る。そして話を聞いていたトントンも真似をして胸を張る。

 癒しではあるが、今は疲れが増すのでやめて欲しいと湊は思った。


「じい様がくれたアザにはお互いの魔力量と体力量がわかる効果がついてるっぽいって言うのは……」

「え? うちそれ全然わかんない。でも、お姉の移動速度はわかったよ」

「いや、むしろ私はそっちがわからん」


 アザの効果は、お互いの方向となんとなくの位置感知。そして近距離にいる場合は、さらに魔力と体力量の感知と受け渡しができる。

 居場所に対する感知能力は真琴が優れており、魔力や体力の感知に関しては湊の方が優れているようだ。


「なら残量は私が気にするか。いざとなれば受け渡しもできるけど、感覚は把握できるように日々意識はすること」

「あいあいさ」

「いい返事。それじゃ、ちょっと急ぎ目で街へ行こう。トントン頼める?」

「プギ!!」


 急ぐ理由のない旅だったのでこれまではのんびりと二人と一頭で歩いて進んでいたが、オークと出会ったとなれば話は変わる。

 今からトントンの力を借りれば、早ければ今日中にたどり着けるだろう。大変かもしれないがと頼めばトントンは元気よく頷いた。


「ありがとう。街に着いたらおいしいもの食べようね」

「うちにもあるよね?!」

「さて、どうかな?」

「あるよね?!」

「あるから。そんなに顔近づけないで、落ちる」


 真琴が前、湊が後ろでトントンに跨る。ぐるりと首を回してかなり近距離から食いつくように見つめてくる真琴に、湊は苦笑しながら頷くのだった。

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