第10話 姉、薬師登録でやらかす
管理者の元を去った湊は今、草原に立っていた。
服装はしっかりとこの世界のものに、そして武器である弓も同じように冒険者が持つ普通のものを願い背負っている。
服装に関しては現代のものとさして変わらないが、薬師や魔女は足を隠す服が多いとのことだったので、湊は今胸元からくるぶしまであるロングスリットワンピースを着ている。
太ももに蓮のアザがあるため、見えるようにスリットにしたのだ。下にはショートパンツを履いているので、足を大きく上げても安心である。
ただ、肩と背中が大きく出ていてさらに足も出ているとだいぶん破廉恥なので、湊は上着を羽織っている。美男美女が破廉恥な格好をしているのは見たいが、自分が着たいわけではない。というのが、妹にすら認められる変態、湊談だ。
自らを殺した変態男とは別ジャンルの変態である。と、湊の代わりに弁明させていただきたいと思う。
「さて、真琴がいるのはあっちか」
基本的な知識に関しては、管理者に頼み頭の中に押し込んでもらった。これは、聞く時間がなかったからだ。
ちなみに真琴にも同じことができたのだが、本人はどうせ忘れるからと断った。潔いのである。
「まずは薬草を集めつつ近くにある小さめの街で薬師ギルドに登録。で、小銭を集めつつ真琴がいる方に向かっていくのが一番よさそうかな」
鑑定の使い方を確認しつつ、この世界の薬草を集めて回る。名前や姿形など全て違ったが、調薬のスキルもつけてもらったおかげで調合の仕方は手にとるようにわかった。
一つの薬草を使って作れる薬が一覧で表示されるので、どの薬草が何に使えるのかも分かりやすく非常にありがたいと早速湊は管理者に祈り、歩みを進める。
湊が管理者にもらったのは、洋服と弓、そして調薬用の道具と荷物を持ち運びできる鞄だ。この世界では、見かけより多く入れられる
これだけでも、湊が色々考えて管理者と話していたとよくわかるだろう。
「さて、まずは町だね。真琴も私がきたことはわかってるはずだし、あの子のことだから真っ直ぐ突き進むはず。……てことは、私も真っ直ぐ行くしかないのか」
森があろうと、谷があろうと。迂回をせずに突き進んできそうな妹を思い出し湊はため息をつく。しかし、流石に谷は迂回するかと思い直し、唇を緩めた。
散々な目にあって死んだが、思いのほか自分は異世界での新しい生活を楽しみにしているようだ、と。
***
数々の薬草や素材を入手しながら歩くこと二時間ほど。登り始めた太陽がほぼ真上に上がった頃に、湊は初めての街に辿り着いた。
幸いにもすぐ街道に出られたため魔物に襲われたりせず、遠目に見えた時は牽制の矢を放っていたので近づかれることもなかった。
「薬師ギルドは……あるね」
魔物を殺すことに抵抗があった湊はホッとしつつ、ひとまず今はそれをしないで済みそうな薬師ギルドへと向かう。
手に職を、というのはもちろんあるが、生き物を殺したくなかったというのも調薬を選んだ大きな理由だった。
「すみません、登録したいのですが」
街の中に入る際に簡単な受け答えはあったが大きな検査はなく、身分証も出る時に見せれば問題ないという。この周辺にはギルドがない小さな村も多いため、彼らがギルド登録しにくる際に手間にならないための措置のようだ。
薬師ギルドは薬を扱う専用のギルドなのでスキル持ちや専用の知識がないと入れないが、
一定以上の歳になるとわらわらとやってくる子供達を毎回検査する方が面倒なのだろう。
「かしこまりました。簡単な試験があるのですが、今から受けられますか?」
「お願いします」
「それでは、試験場にご案内します」
専門知識が必要になる薬師ギルドは、その技術を確認するため登録するにはまず試験に受かる必要がある。名前など簡単な情報を記入した湊は、試験を受けるための部屋へと移動した。
作るものは初級・中級・上級回復薬。材料はギルドで用意されており、上級回復薬まで問題なく作れた場合は毒と麻痺、混乱解除薬も作成がプラスされる。
全て作ることができればシルバーから。初級までならブロンズ、中級ならアイアンからの登録となる。
ブロンズ:新人
アイアン:見習い
シルバー:一人前
ゴールド:熟練者
プラチナ:偉人
ゴールド以降は薬の出来具合や効果、また、依頼を受けた総数などが大きく関わってくる。より長く、より真面目に取り組めばゴールドまで上り詰めることは難しくはない。
「材料はギルド指定のものを。完成したものに関しては、出来が良くても悪くてもギルドが回収しますのであらかじめご了承ください」
「わかりました」
受付から引き継がれた試験官の男性と簡単な挨拶をし、材料が並べられたテーブルの前に立つ。
試験結果に差が生まれないよう、試験で使う素材はギルドが準備する。普通は有償になるところを、完成した薬を回収することで無料にしてくれているのだ。なお、作れない場合は中級以上の回復薬作成は辞退もできる。
管理者に少し現金はもらっていた湊だが、大金ではないのでこの方法には感謝しかない。
「それでは、準備ができたら始めてください」
高校の理科室のようなテーブルに、これまた理科室にありそうな器具が並ぶ。その横には、採取後乾燥させた薬草が数種類置かれている。
採取直後のみずみずしい薬草を使う場合は煮出す方法が一番いいが、乾燥しているものだと苦味が増して飲めたものではなくなる。
乾燥している薬草を使う場合は細かく砕き、高すぎないお湯を注いでから蒸らす。そしてその後、網目の細かい茶漉しを使って回復薬だけを取り出す方法が推奨される。
(解説が素晴らしいけど、乾燥した薬草を使った作り方ってほぼ紅茶じゃん)
薬草は採取してあり調薬スキルもあるが、薬作り自体は初めてだ。初心者だと気取られないよう堂々と胸を張りつつしれっと鑑定で作り方を確認していた湊は、これならばできそうだと器具を手に取る。そして蒸らす時間など失敗しないよう、鑑定をかけ続けたまま初級から上級までの回復薬を全て完成させた。
鑑定後、作り方のシミュレーションをしてから行動にうつしたので動きには一切無駄がない。湊的も自画自賛するほどの素晴らしい手捌きで作り上げ、完成したのがこの三つだ。
・初級回復薬:薬の効果が最大限に引き出され、中級回復薬と同様の効果が得られる。
・中級回復薬:薬の効果が最大限に引き出され、上級回復薬と同様の効果が得られる。
・上級回復薬:薬の効果が最大限に引き出され、特級回復薬と同様の効果が得られる。
「……っ! し、少々お待ちください!」
各ギルドや、買取を行っている店には普通に鑑定の魔道具が存在する。その魔道具で出来をチェックするのだが、表示された結果に試験官が部屋を飛び出した。
「……おう、やらかした。というか、鑑定との相性が良すぎたんだな、きっと」
蒸らし時間が五分と表示されるまではよかったのだが、完璧なタイミングで鑑定は「今」と表示を変えたのだ。今と言われたら動いてしまう。そして動いた結果がこれである。
道中だったので、試しで作成できていなかったのだからしょうがない。受かったらひとまず宿で適度な効果のものを作れるように実験することを心に刻んだ湊は、しかし自分達用に関しては自重しないと決めた。
安い材料でいい効果を得られるなど、ご褒美と言わずしてなんと言う。お金は大切なのである。
(じい様、鑑定様。本当にありがとう)
試験官が戻ってくるまで、湊は管理者に感謝を捧げたのだった。
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