第2章 姉参上

第8話 姉、突然終わる

 真琴が消えた次の日。湊は朝から借りていたマンションの全部屋を周り、全ての住人に真琴を見ていないか確認を取った。しかし、誰もが口にするのは「知らない」という一言だけ。

 結局真琴を見た人は誰一人見つけられず、しかも、あの夜の光すら外に漏れていなかったという。

 部屋はどこも壊れておらず、無くなったものは何もない。本当に、真琴だけが消えてしまった現実に頭を抱える。


「本当に異世界召喚だとでも言うのか……あーもう、ママになんて言おう」


 全員に確認するのは時間がかかり、気づけば夜になってしまっていた。今から母に連絡することはできるが、何もわかっていない状況で何と説明したらいいのか。

 晩御飯を買いにコンビニに行き、購入した帰り道。往復で十分程度のそこまで長くない道のりだが、電話をかけるくらいならちょうどいい距離でもある。

 しかし、なかなか発信ができない。


「よし、とりあえず正直に――いっ」

「Hello」


 こんにちは。

 そう、軽くナンパするような声が頭の上から降ってきたと同時に、湊の体は地面に倒れた。


 昨日の夜、目の前で起こったありのままを母に話そう。そう決意して拳を握りしめた瞬間。突然の衝撃と痛みが体を襲い、倒れたタイミングで投げ出されたスマートフォンが地面にぶつかり残念な音を立てる。

 画面は、綺麗に割れてしまっていた。


「あんたっ、ごふっ、ひゅ……はっ」

「Now is the most fun.」


 今が一番楽しい。そう言って男は笑う。


 最近、テレビを騒がせていた連続殺人鬼のニュース。道端に転がる、刺殺死体の数々。男も女も関係なく、そして子供から老人まで。不特定多数を殺して回る殺人鬼が今、湊が住む場所から少しだけ離れた街を騒がせていた。

 そのニュースを知っていた湊は、真琴がきた日の夕食を外食予定から変更した。


 騒がせているのだから、違う街に移動する可能性がある。そう予想したからこその選択だったのに、妹が消え焦っていた湊はすっかり忘れていた。

 自分に対して舌打ちをしつつ、今この時にこの街に移動しなくてもいいではないかと心の中で悪態をつく。それでもせめて睨みつけてやろうと、痛む体に鞭打って顔をあげた。


「The suffering face is beautiful」

「っは……く、う」


 苦しんでいる顔が美しいと、男は恍惚な笑みを浮かべる。


 苦痛に歪む顔を晒し、相手の望みを叶えてしまった事実を知り顔を歪めつつ、フードの下から見えた男の顔を目に焼き付ける。

 まだ真琴を、妹を見つけられていないのに死ぬわけにはいかないのだ。何としてでも生きて、せめて親に連絡をしなければいけないのに段々と霞んでくる視界。


「こんのっ、へん、た……い、やろ」


 泣きたくないのに涙があふれて、不甲斐なさと痛みに言葉が詰まる。

 不規則に振り下ろされる刃が痛かったはずなのにそれもだんだんわからなくなって、錆びた鉄の味が口いっぱいに広がり呼吸ができない苦しさが勝り始める。


 もうだめだ。

 生きようともがいていた湊だったが、流石に逃れられないと悟った。自分の命がここで終わると覚悟するしかなかった。

 

 最後の言葉に後悔はあるが、それ以上に、妹の安否が確認できていないことが辛い。


(……真琴、ごめんね)


 両親にもまだ、真琴のことを話せていない。しかも、二人の娘のうち一人は殺され、もう一人は行方不明だなんて親不孝にも程がある。

 せめて、せめてもう少し何かしてあげられていたらよかったのに。


 自然と頬を涙が伝い、それによって殺人鬼が喜んでいることにも気づかないまま。湊は最期、こんな状況にもかかわらず眠るように息を引き取った。

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