第7話 生きて行く覚悟

 無事に登録を終えて、昼飯代を預かっていると言ったセルジオと並んでレストランへ。


「仕方ないから感謝しとくけど、せめて何か言っといてよ」

「……悪かったな」


 薬草を覚えなくて済むことは嬉しいが、言ってくれなければ素直に喜べない。不貞腐れた真琴にセルジオは頬を掻くと目をそらした。

 最初はセルジオも真琴の実力を認めて心から推薦していたのだが、売り言葉に買い言葉でああなったのだ。本人も、悪いと思っているのである。


「このあとのことだが、食いながら聞け」

「ほい」


 謝罪を受けたのでもう何も気にしていない真琴は、美味しいご飯に舌鼓を打ちながら耳を傾ける。


「ギルドカードの機能で必要なものを伝える。これだけは覚えろ。あとは適当にいじってれば何とかなるが、わからなかったらギルド員に聞け」

「了解」


 大事な機能は、本人の魔力でしか使えない機能だ。貯蓄と支払いができる機能と身分証、通信機能がこれに当たる。


「俺に連絡を取る方法がこれだ」

「あ、さっきのね。てか、俺って言うことにしたの?」

「お前の前で取り繕ってるのが馬鹿らしくなった」

「言い方」


 通信機能であるトークとチャット、電話とメールに近いそれは、連絡先を交換していないと使うことができない機能だ。今ここでセルジオと連絡先、ギルドIDというものを交換しておけば、いつでもどこでも連絡が取れるようになるのである。


「頻繁にいたずらメ……チャットとか――」

「するなよ」

「あいあいさー」


 メールと言いかけて言い直した真琴が全てを言い終わる前にセルジオは釘をさす。この短時間で、彼はかなり真琴の性格を理解したようだ。


「身分証は、基本的に魔力を通さず表示は消しておけ。定時を求められたときだけ表示するようにするんだ」

「なんで?」

「魔力を通して表示することも本人確認に入るからだ。消すことに慣れておいた方があとが楽だからな」

「了解」


 自分も食べながらカードを出し、実際にやって見せてくれるセルジオに感心しつつ納得だと頷く。ただ、きっと忘れるだろうなと真琴は思った。忘れたとしても多少時間がかかるだけなら問題ないな、とも思った。

 セルジオの教え損である。


「貯蓄額や通信履歴、依頼の受注とかに関しては全部裏面に表示され、これに関しては人に見られないように一定時間で消える。支払いはカードをかざせばできるから、これも慣れだな」

「あい」

「裏面の情報量が多いから最初は使いづらいかも知れないが、全て慣れれば何とかなる。あとはそうだな……王族や近しい者はギルドから該当ハンターの情報をある程度もらうことができる。ただ、余程の理由が無いと不可能だからあまり気にしなくていい。俺から教えられるのはそれくらいだ」

「ふむ。覚えきれないけどきっといける」

「……まあ、そうだな。真琴なら何とかなるんじゃないか」


 電話とメールができる、お金が入れられる。真琴の記憶力はそこで仕事を終えた。

 呆れたように言うセルジオはしかし本当にそう思っているようで、最後の一口を頬張ると水で押し流し笑ってみせる。

 少し寂しそうなその表情に、真琴は目を瞬いた。


 お互いの皿は綺麗に空になっていて、飲み物も飲み干し、語ることももうない。

 あとは、別れるだけだ。


 なるほど。と何かに納得した真琴は、空になった皿を重ねて店員が取りやすいように通路側に押し出すと、セルジオの前に手を伸ばした。


「次戦う時はあたしが勝つから、ちゃんと鍛えといてね。セルジオ」

「……ああ。次も俺が勝つがな」


 握られた手は、真琴と比べると大きくて分厚い。ゴツゴツとしていて、厳しい訓練を乗り越えてきたことがよくわかる。

 その努力の日々を、あっという間に覆す称号。真琴にも思うことがないわけではないが、新しい地で楽しく生きていくために必要だったのだ。だから、胸を張る。

 努力して、自分の力にして。そしてちゃんとセルジオの隣に並びいつかは越えて見せると。


「じゃあ、次の勝負で負けたらご飯奢りね」

「今日は俺が奢っているが」

「あ、セルジオ嘘ついたね? これ、ルイスの奢りって言ってたじゃん」

「……どうでもいいときだけ記憶力がいいんだな」

「それめっちゃよく言われる」

「言っておくが、褒めてないぞ」

「やっぱり?」


 まるで旧友のような気軽いやりとりをして、席を立ち店を出る。話し方は堅苦しいが、セルジオはルイスハルトと同じ二十五歳。年相応の笑顔は、非常に可愛らしいものだった。


「じゃあね、セルジオ。次来るときはお姉も連れてくるからね」

「ルイスハルト様にも言っていたが、姉君を紹介するのがそんなに楽しみなのか? と言うか、姉君はこの世界に――」

「一人ぼっちはやっぱ寂しいじゃん? お姉は優しいからきてくれると思うんだ、きっと」

「……そうか」


 しんみりとした空気が流れ、何と言っていいかわからずセルジオが黙った。しかし、当の本人である真琴は全く気にしていなかった。


「あと、お姉は美人でボインだから自慢してやろうと思って。目の保養は欲しかろう?」

「ぼい――」

「やーい、赤くなってやんのー!」


 最初に政略結婚を考え。真琴の性格からそんな難しいことを考えてはいないだろうと改め。そして、寂しさを思い出させてしまったことを悔いていたセルジオは、予想外すぎる言葉に顔を真っ赤に染めた。

 からかい続ける口を黙らせるために、真琴の頭に手を伸ばす。


「大丈夫だよ。覚悟はもうできてる。だから、ルイスにもそう言っといて」


 その手を軽々と避けた真琴は、さっきまで浮かべていた楽しそうな表情を消して嬉しそうに笑った。


 新しい世界でもらった新しい力。それを使って頑張るから、気にするな。

 言外にそう言った真琴は、店から出るとひらひらと手を振り歩き出す。


 伸ばした手の行き場を失ったセルジオは、一度その手を握りしめてから開く。そして真琴から見えぬ位置で、まるで別れを惜しむようにそっと左右に振るのだった。

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