第6話 きらりと輝く銀の板
大きすぎる部屋に戻ったあとは宰相に接触される前に城を出なければならないのだが、メーテルが事前に準備を進めてくれていたことと真琴の持ち物が少なかったために問題なく完了した。
「メーテルさん、色々ありがとう」
「常識はまだまだ疎いという自覚を持って行動してくださいね。硬貨と紙幣については絵と金額をそれぞれメモしておきましたので、覚えるまではお使いください」
「神様仏様メーテル様。大事にします!」
「しっかり覚えるんですよ」
「はーい!」
母と娘のようなやりとりをしながら王城正面入り口へと向かう。そこにはルイスハルトと、先ほど戦ったセルジオもいた。
「あ、二人とも見送り? ありがとー」
「この槍は選別だ、鞄には数ヶ月生活できるくらいの金を入れておいたから大事に使え。それとギルド登録まではセルジオに案内させようと思うんだが、構わないか?」
「うわ、ありがとう。道がわからないからむしろ助かる。セルジオはいいの?」
「殿下のご命令ならば従うまでだ」
堅苦しいセルジオの背中を叩いた真琴は、差し出された槍と金が入った袋を受け取る。そして、ギルド登録を終えたら財布を買おうと心に決めた。
「それじゃあそろそろ行くね。ルイスとメーテルさんのおかげで助かりました。お金もだけど、本当に色々ありがとう」
この世界に降り立ったときのスウェットが鞄に入っていることを確認し、膨らんだそれをしっかりと閉めてから肩にかける。槍を背負えば完璧だ。
深々と頭を下げた真琴は、笑顔で手を振ると背を向けた。巨大な城を背に、ようやくこの世界での一歩を踏み出す。
初日こそ色々あったが、ルイスハルト達がいたおかげで大きな騒ぎを起こさず城を出るというミッションを無事にクリア。上々な出来だと、真琴は満足気に微笑むのだった。
***
城から出ると、街並みはヨーロッパに近いものを感じた。といっても、真琴はヨーロッパに行ったことがないのであくまで感じるだけだ。
煉瓦造りの家もあれば、石造りの家もある。木造作りも少なくはあるがなくはない。一つの様式に囚われず、さまざまなものを取り入れているようだ。
実際は費用の問題が大半なのだが、知らなくともいい話だろう。
「ギルドで必要なものとかある?」
「登録料はかかるがそれだけだ。あとは、読み書きができれば問題ない」
「あ、なら大丈夫そう」
よっぽど変な願いでない限りは、必ずルイスハルトにも伝えると彼は言う。
「そこまでしてくれていいの?」
「英雄召喚といえば聞こえがいいが、基本的には人攫いだ。少なくとも、ルイスハルト様を筆頭にかなりの重鎮がそう認識している。真琴は吹っ切れているようだから不要かもしれないが、呼び出した側としては最後まで責任を持つのが普通だ」
「なるほど? あんまお堅く考えすぎちゃだめだよーってルイスにも言っといて。とりあえず、受けた恩はちゃんと返すから期待しててね」
「……軽いな、お前は」
「それがあたしの長所だからね! 次にくるときまでにルイスが王様になってたらいいなー」
「おい、あまり大きな声で言うな。せめて王都を出てからにしろ」
「あ、ごめす」
頭を押さえつけられ、思わず真琴は自身の両手で口を塞ぐ。軽く考えられることは長所だが、考えなしに口から声を出してしまうところは短所である。
だが、困ったように笑ったセルジオは小さな声で「俺もそう願う」と付け加えた。偉い人は色々大変なのである。
「ここがギルドだ。私の紹介とすれば、身分証がなくとも多少はスムーズに話が進むはずだ」
「え? セルジオ偉い人なの?」
「……王太子殿下の護衛をするにあたり、多少の地位が必要なことくらいわかるだろう」
「あんま深く考えないもので。言われてみれば確かにそだね」
呆れたようなため息を吐き出したセルジオの目尻は、それでも優し気に下がっている。多少なりとも真琴に気を許しているのだろう。
やがて二人は、家や店舗より窓が少なく、入り口が開け放たれた砦のような建物にたどり着いた。迷いなく中に入るセルジオに真琴も続く。
この建物が
新人登録や総合案内に買取窓口など、ひと続きのカウンターに複数の窓口があり、それぞれに受付担当がいて対応をしている。今はちょうど昼食どきだからか、人はまばらで空いていた。
「ハンター登録を頼む」
「新規登録希望ということでよろしいでしょうか」
「あ、はい。お願いします」
「身分証をまだ作っていないんだが、身元は私が保証する」
「セルジオ様が、ですか?」
「そうだ。私の保証だけでは足りないか?」
「いえ、問題ございません。それでは早速手続きを――」
そのうちの一つに近づき、セルジオが自らの身分証を取り出してさっさと手続きを進めていく。真琴は何が必要かもわからないため、とりあえず黙ってセルジオの隣に控えていた。
「それではこちらの紙に必要事項を記入いただき、魔力を流しながらサインをお願いいたします」
縁に奇妙な紋様が描かれた紙には、名前や年齢、スキルや武器などを記入する欄がある。最後に、署名として魔力を通しながらもう一度名前を書けば完成だ。
なお、スキルに関しては秘匿したい人もいるため正確に全てを書く義務はなく、人に開示してもいいと思えるものだけを書くだけでいい。
「セルジオ、魔力ってどうやって流すん?」
「……魔力出ろって思えばお前ならできる」
「急に扱いが雑」
スキルは、管理者がくれた槍術と体術。闇属性魔法は使い方がまだよく分かっていないため書かないことにしたが、実はセルジオとの戦闘ですでに使っていた。
使い方もわからず普通に使用していたことに気づいたからこそ、彼は「魔力出ろ」という先程の発言をしたのだ。しかし、真琴は気づいていない。
雑な対応の中にヒントがあったのに、全く気づいていない。
「諦めろ。私は今、真琴を勇者様と呼んだことを後悔しているくらいだからな」
「え? 何それひどくない?」
この世界の貴族には間に「フォン」が入り、貴族では無い場合でも家名は普通にあることが多い。あらかじめメーテルから確認をとっていた真琴は、くだらない応酬をしつつ「マコト・アメミヤ」とフルネームを記入する。
「できた」
「それではお預かりしますね。カードに情報と魔力を定着させますので、少しだけお待ちください」
「ねえねえ、光ってたけど魔力入った?」
「込めすぎだ。加減を知れ」
「徐々にでいい?」
「目をつけられても知らんぞ」
「そこはフォローを希望する」
「俺が常にそばにいられるわけじゃない。早めに覚えろ」
「あ、俺だって」
「今はそこじゃないだろうが」
担当者が裏に引っ込んでいる間にくだらないやりとりをして、ハンターカードを持って戻ってくる姿を確認すると口をつぐむ。背の高いセルジオは、小声でやりとりをするために曲げていた背筋をピンと伸ばした。
「こちらがハンターカードになります。ハンターカードでできることは冊子にまとめておりますので、お時間があるときにお読みください」
「はい、ありがとうございます」
「真琴様は、身分だけではなく実力もゴールドランクであるセルジオ様に保証されておりますので、シルバーランクからのスタートとなります」
銀色の縁取りが輝くハンターカードを受け取った真琴は、ランクの説明を受けて軽く目を閉じた。何だか意識が飛びかけた気がするが、気持ちを持ち直してセルジオを見上げる。
ブロンズ:新人
アイアン:見習い
シルバー:一人前
ゴールド:達人
プラチナ:英雄
セルジオがゴールドという事実にも驚きだが、何もしてないのに一人前認定は非常に困る。ただでさえ、真琴は物覚えがいい方ではないのだ。
素知らぬ顔をしているセルジオに、真琴は噛み付いた。
「セルジオさんやい。聞いてない」
「平然と俺の攻撃を避けるお前がブロンズなわけがない」
「薬草とかわかりませんけどー!」
「どうせ覚えられん。むしろ討伐から受けられることを感謝しろ」
「……何も言えん」
最初から討伐依頼が受けられるということは、細かい薬草類を覚えて採取する必要がなくなるということだった。目から鱗である。
薬草各種を覚えられる自信は、真琴にはない。結局、シルバーランクからのスタートをありがたく受け入れたのだった。
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