第5話 お城脱出作戦成功?

 父であり王であるアルベールの手足として勇者を働かせるならば、それ相応の強さが必要だとルイスハルトは進言し、強引に自身の護衛の中でも精鋭であるセルジオとの試合を決めた。

 強引にとは言っても、父アルベールは息子ルイスハルトを嫌ってはいないので乗り気だ。苦い顔をしたのは、宰相である。


「ということで、勇者様とセルジオの試合は明日になります」


 一般常識をメーテルから習っている最中、この世界にきて三日目に初めて武器を振るうことが決まった。槍はルイスハルトが手配してくれる話になっているので、聞いたところで真琴がやることは特にない。

 ただ指定された日時に指定された場所に行くだけだ。洋服もスウェットじゃなくなっているので完璧である。


「はーい。メーテルさん、そろそろ勉強飽きた」

「まだ十分の一も終わっておりませんが」

「ぬぅ……」


 自分から知識を得たいと言ったにもかかわらずこの体たらく。逃げるための口実だったので仕方なくもあるのだが、最終的に宿題よりは楽しいと判断した真琴はもう一度背筋を伸ばし、豪華な机に向かう。


「飽きた……」


 しかし、机に向かうという行為自体がそもそも向かないのか、真琴はまたすぐに机に突っ伏した。頭の裏に突き刺さるメーテルの視線を無視し、早く外に出たいなとガラスの向こう側にある青空をぼんやりと眺めるのだった。


   ***


「それでは、勇者真琴と護衛騎士セルジオの試合を始める」


 朝早くから始まる勉強地獄を乗り切り、風呂に入ってさっぱりとしてから大きな布団で惰眠を貪る。こちらの世界に来てからの二日間は、夏休み中の真琴と比べるとかなり健康的なものかもしれない。


「では、両者前へ」


 そして今日は模擬戦当日。

 ルイスハルトに用意してもらった模擬戦用の刃が潰れた槍を構え、剣を構える男、セルジオと向かい合う。

 セルジオは、黒に近い藍色の短髪にキリッとした目元をした騎士だ。今は模擬戦ということでお互い軽装であるため、表情がよく見える。


「参ります」

「よろしくー」


 気の抜けるような真琴の軽い声にも油断することなく、セルジオは深く一歩踏み込んだ。合わせて持っていた剣も振るわれるが、それが真琴の体に当たることはない。


「お、すっご」


 かなりのスピードで振われる剣。しかし、その動きを真琴はしっかりと捉えていた。

 体も、何かに勝手に動かされていく感じではなく、自分が動きたいと思った方に自然と動く。違和感はなく、まるでそれが当たり前だったかのように。


 一方セルジオは、勇者に勝つよう指示されていることもあり本気で攻撃をしていた。それを、わざと紙一重て避けていく真琴の姿に焦りを覚える。


 勇者とは、新しい世界に適応するために作り替えられたものたちの呼び名の一つだ。召喚など、望まぬ形で世界に呼ばれたとき、新たな世界で消えてしまわぬよう神が与える慈悲だとも言われている。

 慈悲とはいっても、戦えない世界からくるものもいるためその力は強大だ。


 セルジオも、真琴が大きな力を持っているだろうと覚悟はしていた。だがそれでも、へらりと笑う真琴相手なら一撃入れるくらい容易いと思っていたのだ。 

 しかし感覚で動く真琴にとって、避け続けること自体はさして難しいことではなかった。自らの体を動かす才能だけは飛び抜けていたのだろう。


「あ」

「っ!」

「勝負あり!」


 避けるだけなら確かに真琴の方が上だったが、セルジオの努力によって培われた剣技は現段階では真琴よりはるか上にある。そして、スキルはあっても真琴は槍術初心者だ。そろそろ槍を使ってみようとしたところで、あっという間に首筋に剣先を突きつけられたのだからその実力差はわかりやすいものだろう。


「あはは、負けちった」

「……ありがとう、ございました」

「セルジオさんさえ良ければ、また試合したいな」

「勇者様さえよければ是非。良い経験になりました」

「勇者とか柄じゃないし、真琴でいーよ」

「ならば、私もセルジオで」


 長い槍に慣れていなかったせいで遅れた動き。その隙を見逃さなかったセルジオに軍配が上がった。

 本人たちは非常に有意義で楽しい模擬戦になったようだったが、宰相だけは違った。歯軋りをし、拳を握りしめている。


「ふむ、流石に召喚したばかりでは我が国の精鋭には一歩及ばぬか」


 対して、アルベールは意外にも満足気だ。

 英雄召喚で呼び出された称号持ちが強力なことはアルベールとて百も承知だ。そして、称号持ちの伸び代がかなり広いことも。

 だが、召喚したての英雄はこの世界初心者。この世界の者も努力を怠っていなければ容易く勝てるし、さらにその努力を続けていけば英雄にも負けない力を手にできるのだ。

 英雄に勝てる騎士がいる。それは、国にとって誇るべきことなのである。


「父上、ご覧の通り彼女はまだきたばかりで未熟です。狩人ハンターギルドに登録させ、経験を積ませてはいかがでしょう? 狩人ギルドに登録させておけば、いざという時も居場所の確認は容易ですし」

「一定以上の強さはあるように思うが?」

「しかし、この国の王である父上の手足となるには……もっと強い方がいいとは思いませんか?」

「ふむ、確かにそうだ。よし、ルイスハルトよ! そちに勇者の件は一任しよう!」

「王様!」

「うるさいぞ。余が決めたのだからお主も従え」

「ぐ、ぬぬ」


 宰相が顔を真っ赤にしてルイスハルトと真琴を睨みつけている。

 アルベールは頭が強くはないが、単純であるが故に非常に扱いやすいようだ。自分を一番だと立ててくれれば、比較的に誰の言うことも聞くようである。


 宰相に唆され勇者を洗脳し手足として使うつもりだったが、アルベールには優秀な護衛もしっかりといる。ある程度役に立ってくれればそれでいいのだ。

 しかし、勇者という戦力を手にしたかった宰相は違う。どうやって取り戻そうか考えているようだが、今この場で答えを出すことはできなかったようだ。


「では勇者よ。次に会うときには、この王城の全ての兵に勝ってみせよ。期待しておるぞ」

「頑張りまっす」


 頭が弱すぎるのと偉そうのがいただけないが、アルベールは単純な人間だった。真琴もそれが分かったからか最初ほどの嫌悪感はなくなっているようで、右手を額に当てて軽い敬礼をして見せる。


「うむ。では下がれ」


 満足そうなアルベールは、お腹を揺らしながら軽く笑うと下がるように指示をする。横に控えている宰相の顔が変すぎて笑いを堪えるのに必死だった真琴は、口を閉じて頭を下げると急いでその場から消えていった。 

 遠くから響く笑い声は、幸いにも宰相に届く前にかき消えた。

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