第4話 金髪碧眼王子様

 部屋に案内したあと姿を消していた侍女長が、服と靴を持って戻ってきた。動きやすそうな黒いV字のタンクトップとシャツに、スキニータイプのパンツ。そしてロングブーツだ。異世界でも服装はそこまで変わらないらしい。


「わたくしはこの城の侍女長を勤めているメーテルと申します。真琴様、もしよろしければあなた様の称号を教えていただけませんでしょうか?」

「あんまかしこまった言い方されるとむず痒いし適当でいいですよ。えっと、こんなんだけど勇者です。あと、洋服ありがとうメーテルさん」


 意外と現代に近い動きやすい服に安心しつつ、ようやく出てきたまともな人に真琴は安心したのかほんのりと口元を緩めた。疲れたような声音になってしまう理由はメーテルにも分かっているのか、申し訳なさそうに苦笑する。


「お疲れのところ申し訳ございませんが、勇者様に会っていただきたいお方がおります」

「あのおーさま以外だったらいいよ。あれは無い」

「……王城内では発言に注意なさってください。わたくしでは、庇うことは不可能です」

「う、ごめんなさい」

「構いません。むしろ、ご迷惑をおかけしているのはわたくしどものほうですから」


 素直に謝る真琴に、メーテルは頭を下げた。後半は大きな声では言えないため小声であったが、心からの謝罪だった。

 距離が空いていたため聞き取れなかった真琴も、その所作の意味はすぐに分かって頭を上げて欲しいと慌てる。

 母ほどの年齢の女性に頭を下げられるのは心臓に悪い。

 

「えっと、それで誰に合えばいいんですか?」

「王太子殿下でございます。お時間さえよろしければ、すぐにでも案内いたしますが」

「予定はないし今すぐで。あ、でも礼儀とかわかんないけど大丈夫かな」

「英雄召喚の儀で召喚される方々が、違う世界のご出身であることは有名ですので気になさらないでください。少なくとも、殿下はそのようなことで不敬罪を適応なさる方ではありませんので」


 王様はするということか。

 口には出さなかったが、その認識で間違い無いだろうと真琴は思った。さっき頑張って丁寧に話したのは大正解だったようだ。


「では、ご案内いたします」


 再び、しかし今度は浅く頭を下げたメーテルは背を向け、廊下へと出る。真琴が後ろに続くと、彼女は廊下の端を歩き前を向いたまま真後ろを歩くようにと小さな声で指示を出した。


「へ? おお!」

「静かに願います」

「ご、ごめんなさい」


 ガラスが嵌められた大きな窓を覆い隠すこれまた巨大なカーテン。あたりを確認したメーテルは、そのカーテンの裏側の板を外すと中へと入った。

 薄暗く、狭い隠し通路。冒険心をくすぐられ興奮した真琴は慌てて唇を両手で覆った。それでもそわそわした気持ちが隠しきれず、狭くて見るものなどないのに灯りをつけたメーテルの後ろからキョロキョロと周囲を確認している。


「もう少しです」


 メーテルの案内にコクコクと顔を上下に動かしていると、やがて壁にぶつかった。脇にはスイッチなど見当たらないのに、メーテルが指を這わすと一部の壁が凹み、扉が現れる。


(やばいすごい!)


 ふんふんと鼻息荒くその動作を観察して、瞳を刺激する自然の明るさに目を細める。扉の先にあった部屋は、王太子がいるというには質素で小さな部屋だった。


「こんな部屋での挨拶となり申し訳ない。僕はルイスハルト・フォン・グリティア。まずは、父上の無礼を詫びさせてほしい」


 ルイスハルトは深々と頭を下げた。メーテルより遥かに若いがルイスハルトは25歳。高校2年生で17歳の真琴からしたら姉よりも年上であり、地位も含めてかなり上の人物だ。

 そんな人たちに立て続けに頭を下げられれば居心地が悪くなるのも当然で、両腕を前に出すと左右に振った。


「ルイス、ハルト様? は悪くないんで謝らないでください。あたしのが年下だし、なんか変な感じするんで」

「ルイスでいい。真琴と呼んでも?」

「オッケーです。それで、お話ってなんですか?」


 顔を上げたルイスハルトは、どこかホッとしたように目尻を下げた。柔らかそうな金髪と、優しそうな青の瞳。まさしく王子様の外見に、絵本から飛び出てきたみたいだと真琴は関係ないことを考えつつ話を促す。

 ちなみにだがアルベールは金髪の癖っ毛と髭を持ち、美しい青い目をしている。体型で色々と残念な結果になっているが、素材はルイスハルトとほぼ同じだ。


「勝手に連れてきてしまい申し訳ないが、君を元の世界に返すことは――」

「あ、その辺はじっさまから聞いたから大丈夫。謝罪も聞き飽きたし、要件だけお願いしまっす」

「じ、っさま?」

「うん」


 管理者について分かっていない真琴は、特に説明する気もないので不思議そうなルイスハルトの発言を適当に流して頷く。


「理解済みか、すまないな。それでは早速本題だが、君には早急に王城から出てもらいたいと思っている」

「理由は?」

「父……というか宰相が、君を良いように使おうと画策しているからだな。このままだと君の自由は無くなるだろう」

「おおう。予想通りすぎてちびりそう」

「ちびり?」

「あ、ごめん続けて」


 王太子が繰り返しちゃいけない言葉なので慌てて止める。不思議そうなルイスハルトは、時間がないためかそれ以上は聞かないことにしたようだ。


「僕としては、許可もなく呼び出してしまった勇者にそのような枷を嵌めたくはない。だが、今僕には君を逃がす権利がないんだ」

「ほうほう。だから逃げて欲しいと?」

「いや、それではだめだ。指名手配される」

「……むずい」


 かっこよく決めた答えが間違っていたので、真琴は考えることを放棄した。


「僕の護衛と戦って欲しい。そこでギリギリ負けるんだ」

「それで?」

「父が求めてるのは即戦力だ。現段階でこの城一番でないなら、成長のために城から出ることを許してくださるだろう。宰相は拒否したいだろうが、父の許可さえもらえれば何の問題もない」


 難しすぎて真琴は引き続き考えることを放棄したが、ようするにこの国の王は宰相の傀儡であり、宰相は王太子であり聡明なルイスハルトを次期王の座から退けたいと思っているのだ。

 そのために英雄召喚を強行。真琴と顔を合わせては困ると隔離したが、ルイスハルトの息がかかったメーテルが連れ出してくれた。


 ルイスハルトを王太子の座から引き摺り下ろしたい宰相は、召喚した勇者を育てて何かに使う予定だった。だからそれを潰してしまいたいのだとルイスハルトは言う。

 城から出してしまえば、宰相の手は届かない。洗脳される可能性もなくなると続けたルイスハルトに、真琴は震えた。


「異世界恐ろしい……まあでも、もともと城から出ようとは思ってたからルイスの案に乗らせてもらうよ」

「助かる。すまないな、巻き込んでしまって」

「謝罪はお腹いっぱいだから別のでよろ。ここから出られたら綺麗なお姉連れてお礼しにくるから、それまでに王様になっててね」

「……ああ、ありがとう」


 照れ臭そうに笑うルイスハルト。

 その表情を見た真琴は、美形が大好きな姉だったら鼻血を出していただろうな。と、姉が聞いたら確実に殴られるであろう想像をし、楽しくなって唇を緩めた。


(首の皮一枚繋がったよ、お姉。多分だけど)


 全面的にルイスハルトを信頼したわけではないが、少なくとも父であるアルベールよりは百倍マシだろう。真琴はそう判断し、もし裏切られたらそのとき考えようと部屋に戻った。

 基本的に、彼女は楽天的なのだ。

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