第3話 靴を下さい
山間に聳え立つ白を基調とした荘厳な城。その城の大広間中央には今、光で出来た柱があった。白に金縁が施された品の良いローブを着たたくさんの人間がその太い光の柱をぐるりと囲み、ぶつぶつと何かを呟いている。
「おお……英雄様が答えてくださった」
一番立派な、金の縁取りが太いローブを纏った年老いた男性が、ゆるゆると顔を上げた。いつの間にか光の柱が消え、その中央に女性が立っていたのだ。
柱があった場所にいた女性、真琴はゆっくりと目を開けた。光の中に居たせいかまだ目がシパシパするようだが、問題なく部屋の中を見渡せたようだ。
自分をぐるりと取り囲む白いローブを着た怪しげな集団に眉を顰めたあと、魔法使いの服装としては正しいのかもしれないと顔の力を緩める。
どんな話でも、魔法使いはローブを着ていることが多かったなと思い出したのだ。
「英雄様。早速で申し訳ございませんが、我が国の王に会っていただきたい」
「ん。わかった」
真琴の存在に一番に気づいた位の高そうな男性が、しずしずと前に出てきて傅いた。
きな臭い国と管理者に言われていた真琴は、墓穴を掘らぬようにと短く簡潔に答える。お馬鹿はお馬鹿なりに考えているのだ。
願わくば、管理者の思い過ごしであって欲しい。そう思いつつ、真琴は歩き出した男性のあとを追った。
***
石で作られた壁に嵌め込まれた煌びやかなガラス。そのガラスに映った自分の髪が緋色に変わっていることに驚き一瞬足を止めた真琴は、姉と出会ったときに見かけからもわかりやすいようにする。と言っていた管理者の言葉を思い出し再び足を動かす。
本当はよく見たかったが、前を歩く男性を止める言葉が見つからないので諦めた。
廊下に敷かれた毛足が短めの絨毯の上を、真琴は素足で歩いていく。肌触りはいいので文句はないのだが、目の前の男性は靴で歩いているので出来るなら靴が欲しい。そう切に願いながら辿り着いたのは、天井まで届く大きな両開きの扉の前だった。
吹き抜け三階分ほどの高さがありそうな扉は金色で、何やら派手な紋様が刻まれている。今まで歩いてきた絨毯は、扉の下を通って部屋の中まで伸びているようだ。
真琴を案内してきた男性が扉の両脇に立っている鎧を着た兵士に声をかけ、頷いた兵士は向かい側に立っているもう一人の兵士に合図をし、扉に手をかけた。
(おお!)
人間の力で開くのか不安になるほど大きな扉は、二人の兵士の力であっさりとその口を開く。そして露わになった部屋の中。
西洋の城を彷彿とさせる廊下の光景も十分非現実的だったが、扉の向こう側は今まで以上だった。
声に出さず驚いた真琴は、失礼にならない程度に目だけ動かし室内を観察する。華やかすぎる調度品の値段を想像しつつ、しかし前を歩く男性に遅れないように足は動かし続ける。
肌触りのいい絨毯を進んだ先。膝を折り首を垂れた男性に、真琴も見様見真似で同じポーズをとった。
「英雄様をお連れしました」
「ふむ。女が短髪とは冒険者のようじゃの。名を述べよ」
「……真琴です」
(まずお前が名を述べよ、おデブちんめ)
絨毯の先には階段があり、一番上には立派な玉座があった。そこに座り偉そうにふんぞり返っているのは、人間が収めるグリティア国の王。アルベール・フォン・グリティアだ。
大きな体に大きな腹。ほぼボールのような体型のアルベールが頭に乗せている王冠は、彼の恰幅からすると小さすぎておもちゃのようだ。
見かけで判断してはいけないが、流石にこの王には従いたくないと真琴は思った。
「召喚に応えたものには、勇者か聖女、聖者か大賢者の称号が与えられる。そちにもあるはずだ」
緩慢な動作で腕を振るったアルベールは、自分のステータスを表示しているようだ。やってみろとでも言うように顎をしゃくった国王にイライラしつつ、真琴は心の中でステータスと称える。すると、半透明なプレートが宙に浮かび上がった。
真琴の名前と性別。管理者からもらったスキル四つ。それにプラスして称号という欄に輝く「勇者」の文字。
思わず吹き出しそうになったところで、アルベールが声を出す。
「この世界に余が呼んだからこそお主はその称号を得られたのじゃ。余に感謝し、我がグリティア国のために仕えよ」
「……えっと、まだ何もわからないのでとりあえず一般常識から学びたいんですけど」
込み上げてきた笑いは、偉そうなアルベールのありえないくらい上からで意味のわからない言い分に一瞬で引っ込んだ。
目の前にいるのは、勝手に呼んでおいて名前も名乗らず偉そうな王。そして、管理者から聞いたから真琴は事前に知り覚悟もできているが、召喚で呼ばれたら最後、帰れないのだ。その説明もそうだが勝手に呼んでおいて謝る気も皆無、無礼すぎる人族の王。
この王の手を取るのはまずいだろうと結論を出した真琴は、一気に白けて冷静になった頭で時間を稼ぐための案を考える。そしてなんとか引き出した言葉に、アルベールは「ふむ」と考えるそぶりを見せると学ぶ姿勢があるのは良いことだと肯定的な発言をした。
「無い頭で存分に学ぶがよい」
「ありがとうございます」
(お前より絶対うちのが頭いいからな)
震える拳を握りしめながら頭を下げる。
管理者にもらった力は、そこまで強く無い。一人でも戦える力は、一人で無双できる力では無いのだ。
「下がれ」
殴り倒したくてたまらないが、あとのことを考えると絶対やらないほうがいい。それは分かっていたので頑張って怒りを沈め、ほとんど無になりながら頭を下げた真琴は早足で部屋を出た。
「我が国の手足として使ってあげましょう」
扉が閉まると、アルベールの隣に立っていたこの国の宰相である男は信じられない言葉を王の耳元で呟いた。満足そうに頷いた王の顔もその言葉も真琴に届かなかったが、今までの発言でそんな扱いをされる可能性があることは彼女にも流石にわかる。
「じっさまの言う通りだったなー。早くここ出たほうがよさそうだけど、どーしよ」
閉まった扉を振り返り、ぽつりと呟く。
人を見る目には自身のある真琴だが、見極められても上手く躱せなければ意味がない。変な騒ぎを起こして一人で狙われるのは勘弁だと、迎えにきた侍女長なる女性の後ろに続きながら頭を捻った。
だがしかし、案内された部屋に辿り着いたのにまだ答えは出せそうにない。
「最初からなかなかにハードモードじゃんかー……。お姉ヘルプミー」
騒ぎを起こさずに城から出る。
言葉で表すと非常に簡単ではあるが、味方が一人もいない地ではなかなかに難しい試練だ。
信じられないくらい広い部屋に通された真琴は、一人には大きすぎるソファに座ると両手で顔を覆い、盛大なため息を吐き出した。
当然ながら、湊はいない。
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