第2話 じっさまとの邂逅
「ふむ」
姉である湊の部屋にいたはずの真琴は今、雲のようなものの上にいた。見た目は白くてふわふわしているのだが、歩いてみると意外にも硬くてしっかりとしている。
「ここは
腕を組み、なんだかよくわかっていないにも関わらず胸を張って堂々と声を出す真琴。その視線の先には、白髭を蓄えた老齢の男性が立っていた。
光を纏っているのか、それともその男性自身が光り輝いているのかは定かではないが、とりあえず眩しいなと思った真琴は両手で自らの目を覆ってみる。
「……隠しても眩しい」
「ほっほ。面白い
「お、褒められた? ありがとうございまーす」
隠したところで光は遮れず、諦めたところで男性が口を開いた。楽しそうに口髭をゆらし、一歩真琴との距離を詰める。
「さて、あまり時間がないんじゃが、この状況を説明してもいいかの?」
「あ、はい。ぜひお願いします」
不思議なことに、そこにはいつの間にか座布団とちゃぶ台、そして湯気を燻らせる湯飲みが置かれていた。素直に頭を下げた真琴は、管理者と名乗る男性に勧められるまま座布団の上に腰を下ろす。服装はスウェットに裸足なので、靴を脱ぐ必要はない。
真琴の向かい側に腰を下ろした管理者は、眩しいと言われたからか光を消した。光が無くなったことではっきりと見えるようになった彼の姿は、日本人のイメージする仙人に近しいものがある。
「世界という定義をお主は知っておるか?」
「あ、難しい話は全くわからないと思うので、できれば簡単にお願いしゃす!」
「よいよい。素直なのは良いことじゃ」
手を挙げてわからないと答えた真琴に、管理者はまたも愉快そうに笑う。そして端的に、地球の他にも人が住む星があることを告げた。
「世界毎に住んでいるものの特徴は違う。地球だったら科学が進んでいるが、地球でいう魔法が発達している世界もある。そして魔法が発達している世界のとある国が、今回英雄召喚を行った」
「ほう。ということは、あたしが英雄?!」
「察しはいいようじゃの。そう、お主が英雄として選ばれた」
「それで、どうしてここに?」
「意外と冷静だの。地球とやらにはこう言った書物が多いと聞く、喜ぶか落胆すると思っていたのじゃが」
「うーん。小説って、都合よく転がるから読んでて楽しいんだよね。現実はそうは行かないだろうし、今は普通に混乱中です」
きな臭い国が行った英雄召喚。管理者曰く、それにより呼ばれたのが真琴だと言う。
現在、日本で多く読まれている異世界召喚物に非常に多い設定だが、その現場に生身の自分が行くことになったら困るに違いない。
特に、変なところに呼ばれたなら尚更だ。相手の頭が良かった場合、逃げられずに使い潰されて死ぬ姿は真琴でも容易く想像できる。
なので、真琴ははしゃぐことなくとりあえずまず話を聞くことにしたのだ。ここに
一人では調子に乗らない、しっかり者のお馬鹿なのだ。
「そうか。地に足がついているのは大事じゃの。安心したぞ」
「えへへ、また褒められた」
「孫ができたらこんな感じかの……。さて、本題じゃ。お主をここに呼んだのは、その国の英雄召喚を防ぎきれなかったからなのじゃ」
「止めようとしてくれたの?」
「数多ある星を移動する行為は禁止されておらんが、数多ある空間、世界の移動は一部の例外を除き管理者の許可なく行ってはならぬ。まして、本人の許可もなく連れ去る行為は犯罪と同義じゃ」
管理者の視点で見たとき、世界はマンションのようにたくさんの階層や部屋で分けられている。別の部屋に入るときにはその住人の許可が必要なように、世界も同様、管理者の許可がなければ移動はできないのだ。
さらに、発達している分野が違うとそもそもの建物自体が別になる。地球は科学が発展した世界のみが住めるマンションの一室に入っており、魔法が発展している世界の場合、同じ括りの世界のみが住めるマンションの一部屋に入っている。大枠から違ってくるのだ。
穴が空いたり壊れたりと色々な要因で人や物が移動してしまうことももちろんあるが、それはまた別の問題なので今は置いておこう。
この話は真琴の要望があったので割愛しているが、とにかく無断で誰かを連れてきたり、無断でどこかに侵入したりする行為は全ての世界を管理する管理者にとっては迷惑極まりない犯罪行為なのである。
「じっさま、優しいね!」
「じ……さま?」
「管理者って神様みたいなものだよね? それに孫がいたらって言ってたから爺さんに様つけてみた! だめかな? あ、ですか?」
「いや、よい。それに無理して丁寧に喋らんでもいいぞ。お主はわしの孫じゃからの」
「やったー!」
基本的に丁寧な話し方が苦手な真琴は、大義名分を得て諸手を挙げて喜んだ。じっさまと呼ばれた管理者も初めてできた孫が嬉しいのか目尻を下げ、喜ぶ真琴を眺める。そしてしばらくすると、話を戻すために軽く咳払いをした。
「お主は優しいと評してくれたが、わしは結局止めることができなんだ。今はわしのところにおるが、お主はもう元の世界には戻れん。このあとすぐに召喚を行った国へ行ってもらわねばならぬ」
「そっか。いいよ」
「そこで……んん?! お主、そんな軽くて良いのか?」
「止めようとしてくれて、しかも説明もしてくれた。ラッキーじゃんあたし」
「そうか、お主がそう言ってくれるとわしも救われるの。だが、このまま行かせて死なせるわけにはいかぬ」
にしし、とどこか嬉しそうに笑う真琴を管理者は止めた。
勝手に連れてこられた挙句、科学ではなく魔法が発達した今までとは別世界でむざむざ殺させるわけにはいかない。そうさせないために、管理者はこの部屋に真琴を呼んだのだから。何より管理者自身、気持ちのいいこの少女に生きていて欲しいと思ってしまった。
「世界のバランスを保つため、過ぎた力を与えることはできん。だが、此度の件は管理者であるわしの落ち度でもある。望みはできる限り叶えよう」
「死んじゃうのは確かに困る! うーん、望みかぁ」
いきなり望みと言われてもすぐには浮かばない。「ここにお姉がいたらなぁ」と思った真琴は、とりあえずそれをそのまま言ってみることにした。
そもそも、真琴は考えるという行為が得意ではない。悩んだら基本的に誰かに相談して、その上で決めてきたのだ。無理して一人で考える必要はないと知っているので、素直に管理者に聞いてみることにした。
「ねぇじっさま。お姉が良いよって言ったら、お姉を連れてくるとかできる?」
「お主の姉をかの? 本人が望むなら可能じゃ。今回は詫びも入っておるから許可しよう」
「そしたら、お姉とあたしが二人でいたらまあまあ強いかも? くらいの力が欲しい」
「二人ででよいのか?」
管理者が許可すれば、異なる空間に存在している星に移動することはできる。二つ返事で許可を出した管理者は、続いた真琴の望みに首を傾げた。
「一人でなんでもできるようになるとさ、なんかこう勘違いしちゃいそうでさ。なんか、悪いことも悪いってわからなくなっちゃいそうだからやだ」
「お主、なかなかにできた人間よの。よかろう、欲しい力を述べてみよ」
それでも「強くはなりたい」と楽しそうに笑った真琴に、管理者は目を見開き、癖なのか顎に触れる。
求められる最大の強さを求めるのが欲深き人間という種族で、しかし、遠慮を知っているのも人間だ。そのどちらでもなく、適度なものを頂戴という真琴は珍しい。生死がかかっている場面では特に。
「パンチで戦いたいけど、一応槍とか? 使えると嬉しいかな。あとあれ、頭良くなくても使える魔法とかあったら欲しい!」
「ならば、槍術と体術のスキルをつけておこう。魔法に関しては、闇属性が良さそうじゃな」
「よくわからんけどじっさまおすすめならそれで!」
「もう一つ、
「本当?! ありがとうじっさま!」
槍術と体術のスキルは、あるだけで動きがなんとなくわかるようになる。スキルにレベルなどは存在しないが、動けば動くほど体に馴染むため精進は怠らないようにと続けた管理者に、真琴はしっかりと頷いた。
「闇属性魔法は、自分や他者を強化したり弱体化したりすることができる」
「じゃくたいか?」
「弱くできるってことじゃ。お主の場合、とりあえず自分の力を強くしたり、素早さを上げてみたりすれば自ずと使い方もわかってくるじゃろ」
「あいあいさー!」
もらった力の解説を受けた真琴は、これから行く世界のことについては今聞いても覚えられないという理由で説明を断った。あとは、湊の能力と合流方法を決めるだけだ。
「お姉は、あたしの力を聞けば多分勝手に決めてくれるはず」
「……それでよいのか?」
「頭の出来が違うから大丈夫!」
「そうか。姉君がきたら、容姿もそうじゃがすぐにわかるようにしておくからの」
自信満々に言うべきことではないと思うが、この数十分の会話でなんとなく真琴がわかってきた管理者は突っ込むことなく合流方法についての話に移る。
まだ詳細は決まっていないがと濁す管理者に真琴は不満をいうでもなく、楽しみだと笑った。
「最後に、ママンとパパンに一応心配しないように伝えて欲しいな。手紙でもなんでもいいから」
「お主が直接伝えなくてよいのか?」
「うーん。帰れないのに直接会うと決意鈍っちゃいそうだからやめとく。親不孝で申し訳ないけど、真琴は元気でやってくよーって伝えといて欲しい」
「しかと承った。……そろそろじゃが、準備はよいか?」
一呼吸置いて、管理者は時間がきたことを告げた。気づけば、真琴が来てからかなりの時が経っている。真琴は出されていたお茶を一気に飲み干すとちゃぶ台に戻し「ごちそうさまでした」と手を合わせた。
「オッケー。色々ありがと、じっさま」
「きな臭い国とは言うたが、協力するもしないも決めるのはお主じゃ。好きに生きるがよい」
本当の孫に向けるような優しい目をした管理者に、真琴は深く頭を下げた。そして、わかったと返事をすると姿勢を正す。
「それじゃあじっさま、行ってきます!」
「……ああ、行ってらっしゃい」
片手を上げて、ニカっと笑った真琴が光に包まれ消えていく。
驚きで目を見開いた管理者の体に、じわりじわりと湧き上がる喜びの感情。おかえりと言える日は来ない。それでも自然と綻んだ頬はそのままに、真琴が消えたその場所をしばらく眺めていたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます