姉妹のフリーダム冒険譚——異世界で自由を謳歌する——
緋雨
第1章 スウェットの勇者
第1話 スウェット召喚
異世界召喚後、服装が自動的に素敵なものに変わるなんてことはない。そして制服姿や私服姿で召喚される確約なんて、どこにもないのだ。
***
蒸し暑い夏。日本は字面以上にとてつもなく暑苦しく過ごしにくい。
現在、日本の学生は夏休み真っ只中であり、そして海外の大学も夏季休暇中である。蒸し蒸しとした日本から逃げるように留学中の姉、
「宿題は終わったん?」
「まだー」
「じゃあ持ってきた?」
「宿題は旅に出た」
「ほう? とりあえずママンを召喚しましょうかね」
「申し訳ございませんでしたお姉さま」
暑さが苦手な湊の部屋は、冷房がいい感じに効いていて心地よい。実家は未だ建てた当初のクーラーから買い替えておらず、しかも吹き抜けなので全然冷えないのだ。あんな灼熱地獄の中、ただでさえやりたくない宿題が進むはずがない。
それは言い訳でしかないのだが、真琴は母親に「お姉の家で宿題やるから」という理由で夏休みの海外旅行を許可してもらっていたので知られれば強制送還される可能性が非常に高い。
そのため、真琴は電話で母に連絡を取ろうとした姉にそれだけはご勘弁をと土下座した。美しすぎる土下座である。
「ついたばっかりだし今日は許して! 明日から少しずつやるから」
「早めに終わったら遊び連れてってやるから頑張れ。宿題なんて最悪答え合ってなくてもなんとかなる。埋めてありゃいい」
「さすがお姉」
「褒め称えよ」
「素晴らしいお姉! ぜひ答えをうちに教えては――」
「天誅!」
「あだっ!」
調子に乗った真琴に振り下ろされた容赦ない脳天チョップ。若干涙目になりながら、真琴は冗談なのにと嘘を吐く。
万に一つも無いのだが、湊がもしも「答えを教える」と口にしていたら、真琴は間違いなく即座に教えてもらう選択を取るだろう。
「ま、来たばっかりってのは事実だし、今日はお姉さまが手料理を作ってあげるから好きなだけだらだらしんさい」
「わーい!」
空港に迎えに行ったあと、真琴がリクエストする夕食の材料を買ってから帰宅していたので、湊は早速キッチンで料理を始める。そして真琴は姉が登録している有料動画サイトをチェックし、日本語吹き替えがある映画をテレビで流し始めた。
手にはスマホを握りしめ、姉の言葉に甘え料理完成までソファでだらだらするつもりのようだ。
しばらくすると、適当サラダと蒸し鶏のネギ塩ソースがけ。あとはスープと人参しりしり。日本でも食べられる料理がローテーブルに並ぶ。
姉妹にとっては、永遠につまんでいられる料理が正義だ。さらに、大量に作ってストックしておける料理だったら尚更良い。現地料理はレストランで食べればいいのだから、無理して作る必要などないのだ。
「うまそう」
「心して食べよ」
「いただきまーす」
「召し上がれ」
終わってない映画を引き続き見ながら料理に舌鼓を打つ。ご飯を食べ終わったらお菓子を出して、今度は姉も加わりだらだらを満喫する。
姉妹が再会したときの一日目は、大体こんな感じで終わる。次の日は基本カラオケだ。
「じゃ、片付けようか。洗うから持ってきて」
「あいあいさー」
このあと食べる用のお菓子は準備したまま、夕飯の皿だけを下げて行く。サクッと洗って風呂に入り、あとはゲームをするか映画を見ながら二人はさらなるぐうたらを貪る予定だ。
指示に従って皿を下げた真琴は、湊が皿を洗っている間に風呂に入った。さっぱりした体に灰色のスウェットを纏い、タオルを首に巻いた状態でソファに座る。
「お姉も入っちゃうっしょ?」
「もちろん」
「じゃあなんか見ながら待ってるー」
ご機嫌な真琴にジュースをボトルごと渡した湊は、適当に返事をしながら風呂場へと消えたのだった。
***
風呂上がり、真琴と同じように湊もスウェットで首にタオルを巻いた姿で出てきた。真琴より長い髪はまだ乾き切っておらず、首元に巻かれたタオルが頑張って水気を吸い取り続けている。
「お? え? おおお?」
「真琴の足元光ってるけど」
そんな湊の目に飛び込んできたのは、光り輝く床の上に立って奇声をあげている真琴の姿だった。ついでに言えば、床から逃げようとしているのか変な動きもしている。
真琴が動けば移動する光。とてつもなく奇妙な光景だ。
「ちょっとお姉、冷静に状況説明してないで愛する妹を助けてはくれまいか」
「確かに、じゃあ手を――」
「え? ちょ、お姉?!」
言うが早いか、湊は怯えたりすることなく妹のために手を伸ばした。しかし、ほんの刹那時間が足りず、真琴の手は姉に届かない。
目を開いていられないほどに眩しい光が湊の部屋を包み込み、そして飲み込む。
「真琴!!」
ここで初めて、湊が声を荒げた。
妹を心配する声は、光に飲み込まれるように消えて行く。慌てて光に飛び込んだ湊は、すでに妹の姿がないことに気づき膝をついた。
「……もしやこれは異世界召喚? いや、スウェットでいいのか妹よ」
心配を呑み込み、あえてふざけた言葉を落とす。精一杯の強がりだとわかってくれる母も、からかってくれる妹も今ここにはいない。
光が収まり暗くなった室内で、湊はしばらくへたり込んだまま動くことができなかった。
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