戸惑う

 海は広くて大きい。ひと気の少ない場所だからか、余計に大きく感じる。そう、これは私だけの世界――そう思っていたのに……。

 私が海に来てからものの十五分ほどで車が何台かやって来ました。どうしましょう、静かに海が見れません。ああ、人も続々と降りてやって来ました。

 流れ聞こえてくる会話によると、どうやらここでバーベキューを行うらしいです。どうしましょう。穴場だから大丈夫だと思っていたのに……。

 私はバーベキューピーポーにバレないよう、そっとこの場を後にしよ――

「あ、あの、一緒にバーベキュー……しませんか?」

――うと思いましたが、先手を打たれてしまいました。まさかのお誘いです。こういう時に陰キャ人見知りは激しく動揺します。汗ダラダラ、身体ブルブル、顎ガクガク。何とか紡いだ言葉は「はい」。まさかの承諾!?

 こうして、地獄のバーベキューが幕を開けたのです……。 


 いやあ、食べました。食べました。地元の大学の文芸サークルの方々ともビール片手に仲良くなりましたとも!! 彼らはひと夏の思い出を作るために、穴場であるここへ来ることを計画したのだとか。確かに目立つところでバーベキューやるのは恥ずかしいですとも。私はすっかり文芸サークル改め陰キャの集いに心を許し、まさかの連絡先が書かれた名刺までいただいちゃいました。

 そろそろ撤収するという大学の皆さんにお礼と別れを告げ、私は波打ち際を歩きます。暑さで汗をかいたおかげか、酔いは覚め、喉ばかりが渇きます。いただいたペットボトル入りの麦茶を飲んで、ひと休みした時でした。遠くにヨットが見えました。白い帆のヨットが。それを見て、私はここに来た目的を思い出しました。ヤシとカニです。ヤシは海辺に植えられているのを見かけましたが、まだカニを見ていません。

 カニを探して十数分、暑さで半ば茹だりながら方々を探しましたが、居ません。諦めかけたその時、足元の貝殻が動きました。摘み上げればそれはヤドカリ。大昔、ヤドカリは「カミナ」と呼ばれていた、と文芸サークルのメガネ君が語っていたのを思い出しました。そういう話を聞くだけで、このヤドカリにも愛着が湧きます。「えいっ」という声と共に「カミナ」を海へ向かって投げました。


 電車に揺られること十数分、私は故郷へと帰って来ました。長いながい冒険をした気がします。ですが、太陽に沈む気配はありません。まだまだ冒険は続きます。

 家に帰ってシャワーを浴びれば、全身がヒリヒリします。軽度の全身やけどです。安静にしなければなりません。冷房をオン、キンキンに冷したビールを体内へイン。ああ、最高です。おつまみにポテトチップスをパクパク。カロリーなんてこの際気にしません。明日から気にすれば良いのです。そう、私には明日がある。輝かしい明日がある!!

 徹夜でゲームをしようと決意したその時、電話が鳴りました。姉からでした。


「明日、そっち行くから」


 どうしましょう、家族にはまだ失業したことを伝えていません。どうしましょう、何と言われることやら……。


 ポテチの咀嚼音がどこか遠くに聞こえました。

 

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