出逢う

 心地良い揺れが眠気を生じさせ、半ば微睡む午後の鈍行。

 私は今、電車に乗っている。髪はまだ完全には乾かないが、落ち着きは取り戻した。

 悩みに悩んだ末、帰りの電車に飛び乗らなかった私は、次に来た下りの電車で海へと向かうことにした。

 窓からの風が少しずつ髪を乾かしていく。その風に潮の香りを感じた。海は近い。

 左側のドアが開く。降りる駅は次なので、もう少しぼんやりしようと伸びをした時、目が合った。

 ハトと目が合った。

 えっ、と思った瞬間、ドアは閉まり、ハトも乗客になった。ポッポ、ポッポ首を振りながら私の目の前を通り過ぎて行く。

 その背中を見送り、私は思った。あのハト降りられるのかな、と。車掌とかに報告しなければならないのではないか。この車両に乗っているのは私だけだから、この乗客のことを知っているのはもちろん私だけである。

 まずはハトを捕まえよう、そう思い立ち、私はゆっくりと立ち上がった。そして、ネコのように足音を立てず、そして優雅に忍び寄った。本当はブルドッグのようにドタドタと近寄ってしまったのだが、それは置いておいて、危険を察知したのか、ハトが駆け足になる。追いかける私。逃げるハト、追いかける私。飛ぶハト、飛びかかる私。ドアの前に着地するハト、床に体の前面を強打して悶える私。

 その時、車内にアナウンスが流れる。次の駅はもう間近。しかし、痛みで動けない私。電車が徐々に減速していく振動が身体に直に届く。そして、電車は完全に停止した。次の駅に着いたのだ。

 ポッポという鳴き声と同時にドアが開き、ハトは降りていった。私も降りなければならない。痛む身体を必死に動かし、ドアへと向かった。

 ホームへ出ると、潮風が身体に染みるような気がする。そう、海へ来たのだ。それを祝福するかのようにハトが街の方へと飛び去って行く。

 無人の改札を出て、線路を渡り、海へ向かって歩き始める。ウミネコの鳴き声が遠く聞こえるような気がした。

 左右に並ぶ食べ物屋、土産物屋などを通り過ぎながら松の防風林を目指す。その先は海だ。

 ふと、とある土産物屋の窓際に飾られているホラガイが視界に入る。すると、唐突にそれを吹きたい衝動に駆られた。ストレス発散には楽器を吹くのが良いと吹奏楽部だった友人が言っていたのを今頃になって思い出す。今日のこと、今までのことを色々と吹き鳴らしたくなったので、思い立ったが吉日ということで、私は店へと入った。

 店の中には様々な貝殻やサメの歯といったものやそれらを加工したアクセサリーが売られていた。白髪混じりの店主は品定めするようにこちらをチラチラと見てくる。入った時の威勢の良さは何処へやら、普段の内気さが顔を出し、私は居心地の悪さを感じながら目当ての物を探した。

 あった。窓際に飾られている大きなものよりも幾分小ぶりなホラガイ。お値段たったの五万円。触るのも恐ろしく、何も買わないのも申し訳無く、仕方無くサメの歯がぶら下がるネックレスを買うことにした。お値段三千円なり。

 無駄な出費に溜め息を付きながら、再び海へと向かう。

 

 ――サメの歯は触ると痛かった。

 

 

 

 

 

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