【短編】学校イチの美少女を痴漢から助けたら「お礼に付き合ってあげる」と言われた。だけど俺はお断りした──はずなんだけど?

波瀾 紡

一話完結短編

 学校からの帰り道。

 駅前の本屋に寄ってたら、ついつい長居してしまった。

 シュリンク包装していないラノベの「見本誌」なんてものがあったから、2巻も丸ごと立ち読みしてた。


 電車に乗ると、いつもよりも遅い分混んでいる。

 ギチギチではないけど、揺れたら他人と触れ合ってしまうくらいの混み具合。


 つり革を握ってふと前を見ると、ウチの高校の制服を着た美少女が立っているのが目に入った。

 さらさらとした黒髪が美しい。

 高い鼻、長いまつ毛。その整った横顔は、まるでアイドルのように可愛い。


 あれは──手倉森てくらもり 柚香ゆずか

 黙っていると、わが校ナンバーワン美少女と呼ばれる女の子。


 そう。黙っていると、の但し書き付きだ。


 確かにすごく可愛い顔をしてるのだけれども、気が強くて負けず嫌いで頑固者。


 しょっちゅう怒ってるイメージ。

 今は別のクラスだけど、一、二年の時は同じクラスだったからよく知ってる。


 入学当初はめちゃくちゃ男子に人気があった。だけど高三になった今では、誰もが彼女は気が強いって知ってる。

 だから誰も言い寄らない。


 俺は可愛い女の子はもちろん大好きだけど、性格も可愛い子がいいに決まってる。

 だから手倉森は美少女だけど、完全に恋愛の対象外だ。


 彼女は確か生徒会の役員をしてるから、帰宅部の俺とは普段は違う電車に乗ってる。


 だから俺と同じ方面なんだと初めて知った。

 でも声をかけたりしたら、なにか文句を言われそうな気がするから関わらないでおこう。


 ──なんて思いながら、ぼんやりと彼女の横顔を眺めていた。

 すると手倉森のすぐ後ろに立っていた中年の男が、ぴたっと彼女に身体を密着させた。


 密着しなきゃいけないほどは混んでいない。

 手倉森は首だけひねって後ろの男を、キッときつい目で睨んだ。

 だけど男は横を向いて、何気ないふりをしながら、だけども身体は離そうとしない。


 しかも男の手が、手倉森のスカートのお尻を触り始めた。


 これは──痴漢だ。

 どうしよう。助けないと……


 あ、いや。でも気の強い手倉森のことだ。

 大声で一喝するかもしれない。


 そうは思ったのだが。

 真っ赤な顔をしてモジモジしてるだけ。

 時々ふっと振り返って男の顔を見るけど、それ以上はなにもしない。

 唇は青ざめて、ぷるぷると震えている。


 あの気の強い手倉森が。

 やっぱり痴漢なんてものに会うと、恥ずかしくて何もできないのか。


 かわいそうだ。

 関わりたくないなんて言ってられない。


 俺は人ごみの間をすり抜けて彼女に近づき、手倉森の背中側、男との間に身体を割って入れた。

 ぎょっとしたように身体を離す中年男。


 その瞬間、手倉森てくらもり 柚香ゆずかは、意を決したような表情で振り返って、平手を振り抜いた。


「この痴漢! いい加減にしてよっ!!」


 ──バッシーン!


 手倉森の平手は、ものの見事に俺の頬を打ち抜いた。

 頭がぐわんぐわんと揺れて、意識が一瞬朦朧とする。

 電車が次の駅に着いて、ドアがぷしゅーっと開く音が遠くで聞こえた。


 なんで助けに入った俺が殴られるんだ?

 この世は理不尽に溢れてる。


「おい、お前! 痴漢め! 降りろ!」


 誰か男性が叫ぶ声が聞こえた。

 その誰かが俺の腕を掴んで引きずっていく。


「いや、待て! 俺は痴漢じゃない!」

「痴漢はみんなそう言うんだよ! 言い訳は電車を降りてから聞いてやる!」


 踏ん張ろうと思うけど、頭がくらくらして思うようにいかない。

 俺はあっという間に電車から引きずり降ろされた。


 ホームに降りても、男は俺の腕を離さない。


「ちょっと待ってくれ! 腕を離してくれ!」

「いやダメだ。駅員室まで連れて行く!」


 うわ。完全な冤罪だよ。

 誰か、俺が犯人じゃないって証言してくれ!


「すみません! その人は痴漢じゃありません!」


 ──あ。天使の声だ。


 俺をかばってくれる女性の声。

 ホントに天使の声に聞こえた。


 その声の主を見ると──


「手倉森!」

「うん。間違って叩いてごめん、芦沢あしざわ!」


 芦沢ってのは俺の名前だ。


「え? コイツ、痴漢じゃないの?」


 俺を引きずり下ろした男が、きょとんとした。


「はい。痴漢はもっと年のいった人でした。彼は私の同級生で、助けに入ってくれたんです。私が痴漢を殴ろうと思って、間違って彼を殴っちゃって……」


 助かった……

 手倉森は、俺が痴漢じゃないってちゃんとわかってたんだ。

 何度か振り向いて、痴漢の顔を見てたもんな。


「あ、そうなの? そっか。ごめんなキミ。じゃあ!」


 その男性は焦った顔で、しゅたっと片手を上げて、颯爽と去って行った。


 おいおい待てよお前!

 人に冤罪をかぶせといて、ごめんのひと言で済ます気かよ!


 ──と呼び止めようとした時。


「芦沢は助けてくれたんだよね?」


 後ろから手倉森の声が聞こえた。

 俺は振り向く。


「え? あ、ああ」

「ありがとう。それなのに間違えて殴っちゃって悪かった」

「ああ、いいよ。仕方ない。それより大丈夫か? ちゃんと帰れるか? また電車に乗るのか?」


 俺の家はひと駅先だから、また電車に乗らないといけない。

 もしも手倉森の家がもっと先なら、そこから先は彼女は一人で電車に乗ることになる。


 あんなことがあった直後だから、一人で電車に乗るのは心細いかもしれない。

 だからそんなふうに尋ねた。


「あ、うん。ここ、あたしの最寄り駅だから、ここから歩いて帰る。だから大丈夫」

「そっか。俺はまた電車乗るよ。ここから一つ先が最寄り駅なんだ」

「そっか」


 手倉森は顔が真っ赤だ。

 そりゃ、痴漢に合ったんだから相当恥ずかしかったんだろう。


 それになぜか彼女は厳しい顔つきで俺を睨んでる。

 いつも見かける、強気でしょっちゅう怒ってる彼女の姿が頭をよぎる。

 やっぱ、あんまり関りにならないでおこう。


「あのさ芦沢」

「なに?」

「助けてくれたお礼と、間違って殴ったお詫びに、付き合ってあげる」

「へっ?」


 えっと……

 彼女は今、なんて言った?


「えっと……付き合うってどこに? 俺、このまま家帰るし、どこも行かないぞ」

「そうじゃなくて。彼女になってあげるって言ってんのよ。お礼とお詫びに」


 え?

 この学校イチの美少女が?

 俺の彼女に?


 やったぁー!




 ──なんて言うと思うか?


 この気が強くて、負けず嫌いの女がだぞ。

 彼女になってもらっても嬉しくない。

 俺はもっと優しくて可愛い女の子が好きなんだ。


 いや、そもそも冗談だよな?

 いきなりそんなことを言うなんて、俺をからかってるとしか思えない。


「冗談はやめてくれ手倉森」

「冗談じゃない。ホントだし」

「嘘だろ?」

「ホントよ。この学年一の美少女が! なんと! 芦沢君の彼女になってくれるのよ!」


 なに?

 お礼とお詫びなんて言いながら、なんでそんなに上から目線なんだ?


「いや、いいよ。お礼とお詫びで彼女なんて、手倉森には割に合わないだろし」

「遠慮しなくていいからさ。ねえ嬉しい?」


 手倉森は、ニカっと笑った。


 ああ、俺。

 やっぱからかわれてるんだな。

 そういうことだよな。


 これでもしも「嬉しくない」なんて答えたら、ぶち切れされるんだろうな。


「ああ。嬉しいよ。だけどな……」

「そっか。じゃあ今日からあたしは、芦沢君の彼女ね」

「あ……いや……」


 こんなバカな話に、どうリアクションしたらいいのか、よくわからない。

 そこにタイミングよく次の電車が来た。


「俺帰るわ。じゃあ」

「あ、芦沢君。じゃあまた明日!」

「ああ。また明日」


 電車に乗り込んだ俺は、閉まったドアからホームを見た。

 手倉森は真っ赤な顔のまま、手を振ってる。

 俺も動き出した電車の中から手を振り返した。


 それにしても──


 手倉森てくらもり 柚香ゆずかのあの言葉は、いったいどういう意味なんだ?

 わけわからん。


 俺はそんなことを思いながら帰路に着いた。



***


 翌日の昼休み。

 俺はいつものように、友達の田中に「食堂行こうぜ」と声をかけた。


 田中は「おう」と答える。

 俺たちは二人とも弁当無しなので、いつも一緒に学食に行ってる。


 歩きながら田中は言った。


「いつも男二人で昼飯なんて侘しいな。弁当作ってくれる彼女が、どっかから湧いて出ないかなぁ」

「湧いて出るか、そんなもん。アホか」

「まあな。芦沢は心の友だ。ずっと一緒に昼飯食おうな」

「嬉しくはないお誘いだな。だけど田中、安心しろ。俺に彼女ができるなんてあり得ない」

「おおーっ、やっぱ芦沢は心の友だ!」


 そんなバカな話をしながら廊下に出た。

 すると廊下の向こうから、満面の笑みの手倉森が近づいて来るのが見えた。


 昨日の出来事をふと思い出す。


「あ、ちょうど良かった。キリト~! お弁当食べよぉ~」


 キリトってのは俺の名だ。

 芦沢あしざわ 霧人きりと


 なんでいきなり下の名前で呼ばれる?

 こんなことは初めてだ。


「は? なに?」

「ほら。キリトの分も作ってきたから」


 手倉森は、両手に抱えた二つの弁当箱を見せた。それぞれ青色とピンク色の布に包まれてる。


「え? なんで俺に弁当?」


 まったく意味がわからん。

 横で田中もきょとんとしてる。


「だって彼氏のお弁当作ってくるのって当たり前でしょ?」

「かっ、かっ、彼氏ぃ~!?」


 横で盛大に叫んだのは田中だ。

 俺も同じセリフを叫びたかったが先を越された。


「おい芦沢! お前ら、いつから付き合ってるだ?」


 知らん。付き合ってなんかいない。

 そう答えようとしたら、手倉森が素早く答えた。


「昨日から」

「なにぃ? 芦沢、お前、俺を騙したな!」

「いや、騙してなんかないし」

「ついさっき、彼女なんてできないって言ってたくせに! くぅぅぅ……」

「いや、あれはホントのことで……」


 腕を顔に当てて泣く田中に、ちゃんと説明をしようとしたら。


「キリト、早く行こ!」

「おわっ!」


 いきなり手首を手倉森にガッシと捕まれた。そのまま廊下を引きずられるようにして、俺は拉致された。




 ──そして今、俺は校舎の中庭のベンチに座っている。


 隣には膝の上に弁当箱を載せた手倉森。

 俺の膝の上にも、青い布に包まれた弁当箱が載っている。


 弁当を包む布はランチクロスと言うんだそうだ。手倉森が教えてくれた。


 いや、そんなことはどうでもいい。

 それよりも、今のこの状況だ。

 理解が追いつかない。


「さあどうぞ。食べて」


 手倉森はそう言うけど、どうしたものかと俺は膝の上の弁当箱をじっと見つめる。


「あっ、そっか。あたしに開けてほしいんだね。んもうキリトったら。甘えん坊さんなんだからっ」


 えっ? 俺が甘えん坊さん?

 いや違うだろ。違うよな?


 それにこの弁当には、手をつけてはいけない気がする。

 手倉森がどういう意図でこの弁当を作って来たのか、イマイチよくわからない。


 俺を毒殺するつもりか?


 いや、それはないにしても。

 もしかしたら弁当を食べたが最後、何か法外な要求を突きつけてくるのかもしれない。


 手倉森は横から、俺の膝の上に手を伸ばす。そして器用にランチクロスの結び目をほどいた。

 そのまま弁当箱の蓋をぱかりと開けた。


 唐揚げ、高級ウインナー、卵焼き。

 うわ、どれも旨そうだ。

 腹がキュルキュルと鳴る。


 やべ。

 今の腹の音、多分手倉森に聞かれたよな。


「さあ、どうぞ」


 手倉森が差し出した箸を、思わず受け取ってしまった。どうしよう……


 いや、ちゃんとこの弁当の意図を確認しよう。


「あのさ、手倉森」

「んもうキリト。ちゃんと柚香ゆずかって名前で呼んでよ」


 なんでだよ?


 ──と訊きたいとこだけど。


 今訊きたいことの本質はそこじゃない。

 ややこしくなるから、そこは素直に従うことにする。


「あのさ柚香ゆずか

「なに?」


 手倉森は満足そうに目を細めて、コクリと小首を傾げた。


 ヤバ。

 さすが、黙ってれば学校一の美少女。

 今の仕草はめっちゃ可愛かった。


「この弁当。昨日俺が痴漢から柚香ゆずかを助けたお礼と、殴ったお詫びだよな?」

「うん。そうだよ」

「そっか」


 なるほど。やっぱそうだよな。

 それならばバランスは取れそうだ。


 この弁当はありがたくいただこう。

 そして昨日の出来事は、もうチャラだ。


 そう考えて、俺は弁当にパクついた。

 いや、マジ旨いぞこれ。

 手倉森って料理上手なんだな。


 俺が一生懸命食べるのを見て、手倉森も嬉しそうな顔で、自分の弁当を食べ始める。


 特に何も話さないまま、二人並んで弁当を食べた。


「ああ、旨かった。ご馳走さま」


 俺は弁当を再び青い布に包んで、手倉森に返した。


「そう。良かった。じゃあ明日から毎日作ってくるよ」

「え? いや……一回で充分だよ」

「なんで? 彼女なら、お弁当作るくらい当たり前だし。明日からも作るよ」

「彼女ならって……だってこの弁当が昨日のお礼とお詫びなんだろ? だったら一回で充分釣り合いが取れてるよ」

「は? キリトは何言ってんの? 昨日のお礼とお詫びで、あたしはキリトの彼女になったんだよ。だからお弁当を作って来た。なので一回で終わるはずないじゃない」

「え? あれ? さっき、この弁当が昨日のお礼とお詫びだって言ったよな?」

「違うよ。昨日のお礼とお詫びで彼女になった結果、弁当を作って来たって意味で、そうだよって言ったんだし」


 なんだそれ?

 昨日の話は冗談だと思ってたのに。

 マジで言ってんのか?


 こりゃ、ちゃんと確認しとかないといけないな。


「あのさ柚香ゆずか

「ん、なに?」

「俺の彼女になるって話、冗談だよな?」

「ううん、本気だよ」


 なにっ?

 マジか?


「いや、そんなのいいよ」

「なんで? キリトはあたしが彼女になるのが嫌なの?」


 ──はい、嫌です。


 心の中でそう言った。

 だけど口にするわけにはいかない。


 こんな気の強い女の子にそんなことを言ったら、ブチ切れられそうだ。

 だけど当たり障りなく、ちゃんと断らなきゃ。


「別にいやってわけじゃないけど……柚香の方こそ、そんな義理で彼女になんかならなくていいよ」


 ホントは嫌なんだけど、オブラートに包んでそう言った。


「別に義理ってわけじゃないし。ホントにキリトには感謝してるんだから」

「いや、感謝だけで付き合うなんておかしくない?」

「別に。おかしいなんて思わない」

「いや、おかしいだろ」

「なに? やっぱキリトはあたしと付き合うのは嫌なの?」


 ものすごい真顔で睨まれた。

 目の圧力が怖い……


 ──うん、嫌です。


 そう言いたいけど、やっぱハッキリは言いにくい。


「嫌とかじゃなくて。付き合うってのは、相手が好きだから付き合うんだろ? まさか柚香ゆずかは俺のこと好きなのか?」

「そそそ、そんなはずないじゃない!」

「だよな。だったらいいよ。お礼とお詫びで付き合うなんて、無理すんな」

「くっ……」


 俺の言葉を聞いて、柚香の顔が耳まで真っ赤になった。

 ヤベ。かなり怒ってるのか?

 俺、柚香ゆずかのプライドを傷付けてるのかな?


「で、でもいいじゃない。好きとかそうじゃないとか関係なしで」

「いや、関係あるだろ?」

「あたしが関係ないって言ってるんだから、関係なしで良くないっ!?」


 語気も荒くなってきた。

 鼻から荒い息も出てる。

 いやこれ、マジでヤバいかも?


 でも、だからと言って、おかしなことを認めるわけにいかない。


「よくないよ」

「え?」

「そんなのよくない。やっぱ好きな人と付き合うべきだ」

「うぐぐ……」

「そうだろ? 柚香ゆずかだってホントは、お義理で俺なんかと付き合うより、本当に好きな人と付き合いたいだろ?」


 柚香ゆずかは黙りこくってしまった。

 真っ赤な顔のままで、俺をじっと睨みつけてる。


 やっぱこの子は気が強い。

 自分の意見を曲げようとしない。


 だけどそんな目で脅したって無駄だよ。

 俺だって自分の意見を変えるつもりはない。


 俺も彼女の目を、ぐっと睨み返した。

 するとなぜか柚香は、プルプルと唇を震わせた。


「す、好きだから……」

「へ? 今、なんて?」


 なんか今、とんでもない言葉を聞いた気がする。


「もうっ! 何度も言わせないでよ! この鈍感! 好きなのよ! キリトのことが!」

「え? マジで?」

「そうよっ! 前から好きだったのよ!」

「じゃあなんで素直にそう言わないんだ?」

「そんな簡単に素直に言えたら、二年間も片想いしてないわよっ!」


 ツンツンした感じでそこまで言って、柚香は目を伏せた。


 え? 人の顔ってここまで赤くなる?


 ──ってくらい真っ赤だよ。


 ホントにめちゃくちゃ恥ずかしがってるんだな。



 気が強くて。

 負けず嫌いで。

 頑固者。


 だから可愛くない女。


 そう思ってたけど──


 俺のことを好きだと言って、照れに照れてる姿は、めちゃくちゃ可愛い。


 見た目は元々すっごい美少女。

 その美少女がデレた姿が可愛くないはずはない。

 しかも二年間も、俺のことを想ってくれてたなんて。


 ──黙ってれば可愛い手倉森。


 今までそんなふうに思ってたけど。

 なんのなんの。


 自分の気持ちを素直に話す彼女は、めちゃくちゃ可愛い。


「なあ柚香。お前って、実はめちゃくちゃ可愛いのな」

「ふぇっ?」


 柚香は真っ赤な顔を上げた。

 綺麗な二重の目が丸くなってる。


 気が強いはずの柚香が出した間抜けな声と表情。それもめっちゃ可愛かった。


「好きって言ってくれてありがとう。俺の方からお願いするよ。ぜひ彼女になってください」


 ──あ、こんなこと言っちゃったよ。


「あああ、あのあのあの……えっと……き、キリト……あ、ありがと。喜んで、おちゅき合いしゃせていただきまちゅ」


 おいおい。めちゃくちゃ噛んでるぞ。

 動揺してるみたい。

 いや、それも可愛いけど。


 なんて思いながら柚香の顔を眺めてたら。

 そのぱっちりとした可愛い目から、ポロポロと涙が溢れた。

 ああ、さらに可愛い柚香を見つけちゃったよ。


 こりゃ、この子にぞっこんになりそうだな。


 俺はそんなふうに思いながら、恥ずかしそうにはにかむ柚香の頬の涙を、指先で優しくぬぐってあげた。



=== 完 ===

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