簡単な謎
笹霧
簡単な謎
「おかしい、おかしい」
太和田萌恵は1分おきにそんな言葉を口に出していた。共に食事を取っていた友人の島津亜紀枝は、昨日から続くこの呪文を右から左に流しながらカブを口に入れる。
「萌恵、どうかしたの」
亜紀枝は箸を置いて萌恵に尋ねる。箸先を唇で挟みながら萌恵はぽつりと口にした。
「彼氏がおかしいの」
「え、彼氏?」
「うん」
スマホを取り出した萌恵はSNSを画面に映して亜紀枝に渡す。映っていたのは萌恵の彼氏のだ。亜紀枝はたいして見ずに返して味噌汁を啜った。
「そんなに心配?」
「もちろん。だって彼氏だよ!」
「いや、私には居ないから分からないし」
「あき~」
「ご飯冷めないうちに食べなって」
萌恵は叱られた犬のようにご飯を再び食べ始めた。亜紀枝は食器を片付ける。萌恵がこんな風になることはいつもの事だった。
「食べたら一緒に考えてあげるから」
「ほ、ほんと!?」
なんだかんだ亜紀枝が萌恵の傍に居てあげるのもいつもの事だ。
昼食を食べ終わって大学を後にする。午後の授業は無いので時間一杯まで付き合うことに亜紀枝は決めていた。何がおかしいのか萌恵に再確認する。
「おかしいって思った所? うーんと、似合わないのに裁縫を
始めたこととか、バイトで忙しいって言って全然遊べなくなったこと」
「似合わないってアンタね」
「でね、でね」
萌恵は話すのに夢中で亜紀枝が呆れていることに気付かない。暫くは聞きに徹することになりそうね、と亜紀枝はバッグからペットボトルの珈琲を取り出した。
話すこと10分。萌恵はようやく口を閉じた。半分ぐらいは聞き流していたけど、後半はずっと愚痴を話していただけな気がする。手を出してくる萌恵。その手に私の手を乗せる。
「珈琲ちょうだい」
違ったみたいね。ペットボトルを渡すと萌恵は遠慮をまるでしないで飲み干した。亜紀枝は返されたペットボトルを近くのゴミ箱に捨てる。
「何でだと思う?」
「彼氏が裁縫を始めた理由? バイトで忙しい理由?」
「どっちも!」
亜紀枝は新しい飲み物を買いつつ考える。時期的にはあれだろう。けど確証はない。もう少し萌恵に聞いてみた方が良いかも。
「裁縫とかバイトで忙しくなる前はどんな感じだったの?」
「カフェ行ったり、遊園地行ったり」
「つまり変わったことはなかったのね」
「うん」
電車に乗って自宅のある駅に戻る。数分歩けば萌恵の家。10分歩けば萌恵の彼氏の家だ。近くて羨ましい。あ、駅にね。
「今は何月?」
「12月」
「冬と言えば?」
「雪とか?」
「そうね」
萌恵の彼氏の家に着いた。インターホンを押す。
「冬に12月に雪と言えばホワイトクリスマスよね」
「似合わないこと言うよね。亜紀は」
無言で萌恵の頭をぐりぐりする。
「ごめんごめんっ」
「ホワイトクリスマスは恋人たちの季節でしょ?」
「うん」
「分かった?」
「まったく」
「あのね……」
玄関が開けられた。彼氏が驚いて顔をしている。
「入るわよ」
彼氏の返事を聞かずに萌恵の背を押して中に突入する。リビングに入るとそれはあった。明らかに手作りの歪なマフラー。
「お邪魔したわね」
後は2人で話せば良いだろう。
大学生になったが未だに1人の冬だ。亜紀枝はバッグに入ったまだ暖かいペットボトルを触る。来年には相手ができるかな。人の手はたぶん、このペットボトルよりは暖かいよね……。
簡単な謎 笹霧 @gentiana
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