夕暮れの告白を、キミと。

三衣 千月

17:48

 卒業式が終わって数日。

 最上級生がいなくなった校舎は、どこか寂しげで。


 けれど、2階の端、一番西側の茜射す教室にはまだ人の気配があった。


「やっほぅ。鈴木君。わざわざ卒業式後に呼び出しなんて君も暇だね」

「ん。どうしても君に、富倉さんに言いたいことがあってね」


 スカートをひらりと揺らして、彼女は机の上に座った。すとん、と軽やかな動きと共に、ショートボブがふわりと控えめに、夕日になびく。

 卒業生である男は少し目をそらしてバツが悪そうに頬を掻いた。


「告白のリベンジ? それとも、私のことをきっぱり諦めるってご挨拶かな?」

「もちろん、リベンジさ」


 間髪入れずにそう答えて、手近な場所にあった椅子を引いて座る。あまりにも自然に答えられたことに彼女は少し目を丸くして、それからくつくつと笑った。

 楽しくてしょうがないというように。それから、これまでの退屈を吹き飛ばすように、ふう、と長い息を吐いた。


「それじゃあ、恒例の質問タイム、いいかな?」

「いいよ。準備は万端だから」

「ほんとかなあ。いつも、結構しどろもどろだったと思うけどぉ?」

「過去は過去。ちょっとは成長したよ、俺も」


 固い木の椅子に背を預け、手のひらを上に向けて差し出して、続きを促すと、彼女はこくりと一つ頷いて人差し指をぴん、と立てた。


「第一問! 購買部横の自販機で、いつも必ず売り切れの表示になっているカフェオレ。これは『ホラー』or『ミステリー』?」

「ミステリー。解も分かるよ。あの自販機は古くて、カフェオレのボタンだけ壊れているから。押せばちゃんと買えるしね」

「せーかい。おいしいよね。たまに飲むけど」


 彼女と彼の間で繰り返されていたのが、このゲーム。

 彼女が出す不可解な出来事に解を見つけられるかどうか。解のない超常現象ならばホラー。謎が解けるというならばミステリーと宣言する。三問連続で正解できれば彼の勝ち。そうでなければ彼女の勝ち。


 彼が勝てば告白を受けるという条件でこれまで幾度となく勝負を持ちかけていたが、彼は一度も勝てはしなかった。

 卒業してもやはり諦めきれずに、彼は母校、富倉高校へと再び足を踏み入れたのだ。


「よーし、それじゃ第2問! 難しいの、いっちゃおうかな」

「手加減とかしてくれてもイイと思うんだけど」

「やーだよっ。勝負は、真剣じゃないと楽しくないでしょ?」


 口の端を上げて、小悪魔的に彼女が笑う。

 やれやれと息を吐きながらも、つられて彼も笑った。


「いっくよー。音楽室にあるピアノ。金曜日の夕方6時になぜか鳴りだすのは『ホラー』or『ミステリー』?」


 彼は少し考え込んだ。

 在学中、そんなうわさ話を聞いたことはなかった。ピアノが鳴ったのを聞いたこともない。

 そもそもの出来事を知らなければ、解を見つけることもできない。


 けれど。

 彼女がそう言うのだから、ホラーかミステリーに、超常か推理に分けられるのは間違いないのだ。


「……ホラー、かな。そんな噂を聞いたことなかったから、推理のしようがない。解が見つけられないようなアンフェアな問題を、富倉さんは出さないでしょ?」

「あ、ずるい。消去法なんてずるいよ鈴木君。正解だけどさ」


 頬をぷくぅと膨らませて、彼女は怒ったふりをして見せる。別に、本当に怒っているわけではないのは、彼にもよくわかっている。


 そして、彼女は、超常を超常と正しく認識できる。

 そこには、れっきとした、明快な理由が存在する。


 彼女の目の奥が妖しく、濃い紫色に染まる。

 夕闇が近づく教室の中で、それはとても際立って見えた。


「それじゃ、第3問。最後の問題だよー」

「……ああ」


 彼女は机からとん、と降りてゆっくりと彼に近寄る。そして自分を指さして言った。


「わたし、富倉花子は『ホラー』or『ミステリー』?」


 この質問を、彼は待っていた。富倉花子。それは昔から噂されていた怪談の一つ。通称、トイレの花子さん。

 彼女が超常を超常と認識できる絶対の理由。彼女も、超常たり得る存在であることが、その理由だった。


「……どちらでもない」


 彼は答える。

 超常が見える体質のせいで、他人から変なヤツだと遠巻きにされ、人と深く関われなかった自分の相手をしてくれたのが、彼女だった。

 彼は、彼女に救われたのだ。だから、今度は自分が彼女を救う番だと思った。校舎に縛られてどこに行けない彼女をなんとかしたいと、その解を探していた。


「ホラーでも、ミステリーでもないってこと?」

「そうさ。君は、俺にとってはホラーじゃない。怖くないし、超常でもない。見える体質の俺にとっては、君は日常でしかない」


 高校を卒業して、大学で教職を学び、母校への赴任を希望し続けて8年。ようやく、彼は母校に教師として戻ってきた。四月から、ここ富倉高校で彼は教鞭を執る。

 一足先に、彼は学生時代の悔いを晴らしにきたのだ。


「君がまだいてくれて良かった」

「すっごく退屈だった。鈴木君が卒業しちゃってから、誰も見える側の人いなかったし。それで、解は見つかったの?」


 彼は首を横にふる。

 ミステリーの解は、彼女を解放する方法は、見つけられなかった。


 彼女が俯く。


「そか。でも、教師として戻ってきてくれたなら、それでいいかな」

「いいや、良くない。解放はできないけど、別の方法ならある」

「――え?」


 彼はスーツの内ポケットから小箱を取り出して彼女に見えるようにそっと開いた。

 そこには、しっとりと濡れたように輝く白銀の指輪。


「君は今、校舎に縛られているから、ここから動けない。でも、別の対象に移ることはできるんだ。依り代さえあれば」

「……それが、この指輪?」

「そう。有名霊媒師特注。俺の給料三ヶ月分」

「うわーぉ、私がもういないかもって思わなかったの? 一途? ねえ、君一途?」

「言ったろ、告白のリベンジだって。君が必要なんだ」


 笑みを抑えきれないといったように、彼女はにへら、と笑って彼をつつく。今まで、自分のことを必要だと言ってくれる者はいなかった。

 それなのに、彼はそれが当然だとばかりの態度を見せている。


「俺に、憑いてきてくれる?」

「んもー、仕方がないなぁ。憑いてってあげよう!」


 てれてれと頭を掻きながら彼女は指輪に触れようとする。

 しかしはたと手を止めて彼を見た。


「ちょっと待って鈴木君。あたし、富倉高校の花子さんだから富倉花子なんだよ? 学校から離れたら名前変わっちゃうじゃない」

「……鈴木」

「え?」

「……鈴木花子でいいんじゃないか?」


 彼はそっぽを向いてぶっきらぼうに答えた。

 数瞬、きょとんとした後、彼の言葉の意図に気が付いて彼女は破顔一笑、彼の胸に飛び込む。


 時刻はきっかり夕方6時。音楽室からは、メンデルスゾーンの結婚行進曲が夕焼けの赤と混ざり合って響いていた。

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