あなたに似合うコーヒーを

因幡寧

第1話


「こういうのはどうかしら」


 角が限りなくそぎ落とされた鈍色の機械の前。彼女はそうつぶやいた。その機械は何というか、形状が特殊に過ぎて、どことなく現実味がない。


「ここから出てくるコーヒーを交換して、互いの性格を分析しあうのよ」


 彼女の指さす先には、あなたにピッタリのコーヒーお出ししますと、そう書かれた看板が掲げられていた。


 ――いくつかの質問に答えるだけで、あなたの性格を弊社開発のアルゴリズムによって正確に分析し、その結果に応じたぴったりのコーヒーをお出しします。

 それが、このテスト期間中の機械の概要だそうだ。


 俺と彼女はいくつかの質問に答え、そうして出てきたコーヒーをもって、適当な場所に座った。


「はい。交換しましょう?」


 差し出されたそれは、ウインナーコーヒーだった。白いクリームが上に乗った、どことなくおしゃれな感じがするあれだ。


「……はいよ」


 対して、俺が差し出すのは普通の黒いコーヒーだった。何の変哲もないコーヒーだ。ただ真っ黒な、苦そうな飲み物。


「それで? これは何を表しているのかしら?」


「……性格だろ? そう書いてあったじゃねえか」


 無事交換を終えた俺たちは最初にそんな言葉を交わした。

 彼女は俺の答えが不満だったらしく、軽く睨みつけてくる。


「私は結果を聞いたのよ。あなたの持つそれが、私のどんな性格を表しているのかを聞いたのよ。真面目に考えなさい」


「へいへい」


 そう返事をしたものの、どうしてこんなことをせねばならんのだろうかと思ってしまう。その弊社開発のアルゴリズムとやらがどれだけ正確な答えを返してくれるかもわからないのに。


「そもそも、その性格を表すってのはコーヒーの見た目のことを言ってんのか? それならまあ、お前の性格がウインナーコーヒーとか言われても納得できるけど」


「あなた、また私のことを腹黒女とでも呼ぶつもりかしら」


「だってそうだろ? 学校ではもっと全員に均等に丁寧な言葉遣いだし、プライベートに関しては一線を引いているし、自称天然だし」


 それに、同性の友達少ないしなこいつ。周りにいるすべての人を見下しているきらいがあるから、それを見透かされてんだとは思うが。


「まあ、それは認めるわよ。私、人脈づくりとか大好きだもの」


「じゃあ、見た目説で行くか。そうなるとお前はふんわりクリームに隠された黒い性格ってことになるが」


 どうにもそれは、違うような気もする。が、もともと答えなんてないような問題だ。こいつの気まぐれの遊びに対する答えなら、こんなので十分な気もする。


「そうなるとあなたは、黒い本性むき出しってことになるわね」


「そーなんじゃないですかね。俺はそんなに甘くないですよー」


「ちょっと、適当に済まそうとするんじゃないわよ。つまり、見た目ではないってことよ。そうね、見た目じゃないなら味かしら」


 そう言って、彼女は手に持つコーヒーに口をつけた。

 言わんとすることはわかる。だがまあ、たとえ味が性格を表しているとしても、たいして結果は変わらない。


「味だとしても、お前の性格は甘いクリームに隠された苦い本性ってことになるんじゃないのか?」


「…………」


「……? どうした」


 彼女は少しだけ驚いたように目を見開いていた。そして、にやりとからかうような笑みを見せる。だがすぐに、いつもの憮然とした態度に戻った。


「なんでもないのよ。ほんとに、なんでもないの」


 どう見たって何でもないような反応ではなかったが、有無を言わさぬ雰囲気のもと、俺は閉口するほかない。


「それで、あなたはさっきなんて言ったのかしら」


「……ああ。たとえ味が性格を表しているとしても結果は変わらんと言ったんですよ」


 多少の抗議の意味も込めてぶっきら棒に言い放っては見たものの、彼女はそれを意図的に無視しているように見えた。


「そうね、確かにそうなるわね。……ねえ、腹黒いってことは悪いことかしら」


「なんだ、藪から棒に」


 彼女が話題の途中に唐突に質問してくることはよくある。だから、いつもするような返し方をした。そうして質問に答えようとその質問の内容を反芻してから、何かがおかしいと気づいた。この質問は、彼女がするような質問ではない。


 彼女は自分が腹黒い性格であることを恥じてはいなかった。むしろ誇ってさえいる。さっきの質問は、まるで自らを恥じているかのようなものだった。そう思うと、途端に不安のようなものが俺に襲い掛かってくる。


 もしかして、俺は彼女のことを見誤っていたのだろうか。腹黒いことを誇ってさえいるようなその態度は、すべて演技であったのだろうか。


 彼女の顔をみても、そこにいつもと違ったようなところは見られなかった。だが、もしこれまで見てきたものがすべて演技だというのなら、今見ている表情が嘘か誠かなど、判別できるわけがないだろう。


「ちょっと、これ持っててくれ」


「……え?」


 少しとまどいながらも、彼女は俺の持つウインナーコーヒーを受け取った。


「トイレ行ってくる」


 そうして俺は、彼女の質問に答えるためにその場を離れた。





「――すまん。突然コーヒー押し付けてしまって」


 スマホで調べた結果を頭の中で忘れないように繰り返しながら、俺は彼女にそう言った。


「さっきの質問に答えるよ」


 そして、ウインナーコーヒーを受け取りながらそう告げる。その言葉を聞いた彼女はどことなく嬉しそうで――。


 ああ、これは。


 少し冷静になって彼女の顔をみると、すぐにわかった。どうやら心配は杞憂だったようだ。彼女のそれは演技ではなく、いつも通り本性だ。苦い苦いコーヒーのような本性なのだ。

 だが、せっかく調べたことを無駄にするのも忍びない。それに、どうやら彼女はそれを望んでいるようだし、俺がそれにこたえられるのなら、答えてやろうじゃないか、と思う。


 嬉しそうな彼女を横目に、俺は受け取ったウインナーコーヒーを見つめながら言った。


「さっきの質問だが、答えはノーだ。人間だれしも腹のなかは多少黒いもんだし、お前はまあ、学校で見てる限り他人に迷惑をかけてるわけじゃないからいいんじゃないのか?」


 彼女はニコニコとしていた。怖いくらいに上機嫌だ。おそらく過度の心配性の俺の性格も考慮しての計画だったのだろう。万事うまくはまって、計画通りとでも言いたそうだ。

 だが、どうだろう。俺の調べてきた内容は、おそらく知らないだろうと思う。もしかしたら多少は表情に変化を与えられるかもしれない。


 そういう期待を込めて、俺は視線を彼女の顔に向けてから続ける。


「それに、だ。もし、あの機械が正確にお前の性格を表していて、それがウインナーコーヒーってんなら、どうやらお前は腹の中が黒いだけじゃないだろうしな」


 思った通り、彼女の表情に少しだけ変化があらわれた。その単語が出るとはって感じだろうか。


 多少の満足感を得て、ようやく頭の中にあったスマホで調べた内容を口に出す。


「ウインナーコーヒーってのは、最初に上のふんわりしたクリームを。その次にほろ苦いコーヒーを味わってから、最後には、沈んだザラメ糖とコーヒーの甘みを楽しむのが基本的な飲み方らしい。……なあ、もしかしたらお前のもっと奥の方に、甘い部分があるのかもしんねえよ?」


 まあ、こんなことを言ってはみたものの、あの機械はあまりあてにならないだろう。だって俺は、少なくともこいつみたいに苦くはない、と自分では思っているし。俺の性格診断の結果がただのコーヒーだってんなら、俺は今のこいつみたいな性格ってことになっちまうし。

 まあ、こいつが自身が腹黒い事を気にしてるようなら、少しは気休めになるかなと思ったが、どうやらそう思ってたのは俺の勘違いらしいから、確証なんて今は必要ないものだろう。


 俺は彼女の意外そう顔を見れただけで満足だ。


 俺が話している間目を見開いていた彼女は、今ではいたずらっぽく笑っていた。


「そうね。どうやら、あの機械は結構正確だったみたい」


「……え?」


「だって、このコーヒー、ひどく甘いんですもの。あなたにピッタリじゃない? クールぶってる癖に、他人に甘々なんだもの」


 ……今度は、俺が目を見開く番だった。


 でも、そうなら。彼女がいつも見せる黒い部分の底に、どこか甘い部分があるのだろうか。


「ほら、いくわよ。遊びはおしまい。荷物持ちはさっさとその使命を果たしなさい」


 もしそうなら、少し見てみたいなと、彼女の後姿を追いながら、そう思った。

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