第174話 温泉旅行②
到着したのは旅館というよりはホテルと言うべき中々に高層な建物だった。
そもそも旅館もそうなんだけど、一学生が一泊するには何だか場違いな気がしてならないが、ここまで来て引き返すわけにもいかず、俺達はフロントへ向かう。
受付の人に名前を伝えると予約を確認され、施設の説明などを軽くされてそのまま部屋へと案内された。
荷物を部屋までお持ちしますと言われたときには動揺してしまった。人に荷物を持たせるなんて経験ないんだよな。
案内された部屋は和室で、入ってすぐのところにトイレがあり、その奥には大きな部屋がある。そこを進むと一つのテーブルと二つのイスがセットされた広縁がある。
そこから外に繋がっており、結の言っていた小さな露天風呂がある。そこから見える景色は素晴らしく、いわゆるオーシャンビューというやつだった。
部屋の案内を終えると、仲居の人は退室した。そこで俺は座布団に腰を下ろしようやく一息ついた。
「ようやくゆっくりできる」
グッと体を伸ばしてそのまま畳に倒れ込む。畳特有のにおいがして、何だか落ち着いてしまう。
「おつかれさま。お茶でも淹れよっか?」
「ああ、よろしく」
ポットでお湯を沸かし、湯呑みを二つ用意した結は慣れた手付きでお湯を入れてくれた。
「せっかくだし、ちょっと散歩にでも行かない?」
徒歩圏内には、別に何があるわけでもないだろうけど、知らない土地をゆっくり歩くというのも悪くない。
この後には温泉や晩飯が控えているのだ。少しくらい動いておいて損はないだろう。
「ああ、いいよ。でも、ちょっと休憩してからな」
ずずずと淹れてくれたお茶を呑みながらほっと息を吐く。何をするでもないゆったりした時間、これもまた悪くない。
その後、俺の体力が回復するのを待ってからホテルの周辺を散歩した。予想通り特に何かあったわけでもないけど、結と二人で歩いていればただの道でも不思議と楽しいもんだ。
ある程度のところまで来たところで折り返し、帰りにコンビニでいろいろと買い物をした。
もう一度あの部屋に戻ると、さすがに出掛ける気力はもう沸かないだろうからな。
「……」
「お待たせ」
何故かお会計は自分がやると言って聞かなかった結を外で待っていた。ちなみに外で待つよう指示されたのであって、好きで外で待っていたわけではない。
何でだよと聞こうとも思ったが、女の子にはいろいろあることを思い出す。
俺にそう言ってきた結の顔はどこか恥ずかしげな感じがあったので、多分聞かない方がいいやつだと判断したのだ。
「それじゃ、大浴場行きますかね」
「え、部屋のお風呂に入るんじゃないの?」
「せっかくだし大浴場から攻めるべきじゃないの? 部屋の風呂はいつでも入れるわけだし」
「そうだけどぉ、それだと別々に入らなきゃだし……せっかく二人で来たんだし、最初は一緒に入りたいよ」
ぼそぼそと、唇を尖らせながら結は寂しそうな視線をこちらに向けてくる。
恋人にそんなことを言われて断る彼氏はおるまい。そういうことならこちらも腹を括るとしましょうかね。
「仕方ない。大浴場は明日の朝にでも入るとするかな」
「うん! それがいいよ! 大きなお風呂に朝から入れるなんてきっと最高だもんね!」
結はぱあっと表情を明るくさせて、早口にそんなことを言った。表情がすぐ顔に出るのでわかりやすい。
それが助かるのだが。
「こーくんは先に入っていいよ。お風呂好きのこーくんに一番風呂は譲ってあげる」
「……一緒に入んないのかよ」
じゃあ大浴場でよくない?
「こーくんが湯船に浸かったらわたしも入るよ? ほら、わたしにもいろいろと準備があるので」
そう言った結は少しだけ恥ずかしそうにはにかんでいた。それは心の準備というやつかな?
彼氏に自分の全てをさらけ出そうとしているのだから、そういう時間も必要か。
俺も欲しいしな。
「そういうことなら先に入っとくぞ」
「はーい」
広縁から外に出て、服を脱ぐ。ホテルの上層階なので周りからは見えないのは分かっているが、外で真っ裸になるのは何か不思議な感じだな。
タオル一枚を片手に持ち、いざ入場。春なので寒くはない。どころか、心地よい温度とさえ言える。
体を流していざ湯船へ。
ザバーっとお湯が溢れてこぼれ出る。体全体を温かいお湯が包み込む。溜まっていた疲労が流れ落ちていくようだ。
「あー、染み渡る」
よく分からないが言葉が漏れる。なにが染み渡るのかも分からん。何となくそれっぽいことを言ってしまった。
女の子として準備があるのか、結はまだ姿を見せない。
俺は青い空と海をぼーっと眺めていた。
しばしの間そうしていると、ガラガラと音がしてようやく結が登場した。
髪は団子にして頭の上で纏めている。そのおかげで普段は見ることのない首筋やうなじが見え、俺はどきっとしてしまう。
それだけではなく、タオル一枚を体に巻いただけの一糸まとわぬ姿に俺はつい視線を奪われる。
白い肌は、普段服から伸びているものと同じはずなのに全くの別物にさえ思える錯覚に襲われる。
「……あんまりじろじろは見ないでほしいかな」
「わ、悪い」
言われて、俺は我に返った。
結は半眼を俺に向けながら恥ずかしそうに言って、そのままこちらにゆっくりと歩いてくる。
そして、湯船に入ろうとするので俺は一言だけ忠告してみることにした。
「風呂のマナー的には、タオルは湯船に浸けるべきじゃないよな」
俺だって真っ裸なんだ。
結はタオルを巻いているなんて不公平というか、不平等であろう。ここは男女平等であるべきだ。
「……こーくんはそんなにえっちだったかな」
「俺はマナーについて説いているだけだ」
男なんてみんなこんなもんだよ。
何なら、クラスの連中は俺よりももっと酷い。修学旅行の風呂の時間をふと思い出す。
あいつらが必死になって見ようとしたものが、今俺の目の前にあるわけだ。
そう考えると、そこはかとない優越感が込み上げてくる。
「まあ、いいんだけどね」
言って、結はゆっくりとタオルを外していく。俺を焦らすように、まるでスローモーションにでもなったような手の動きだ。
ゆっくりと。
ゆっくりと。
タオルを外し、そしてついに結は可愛らしい水着を顕にした。
ん?
「水着?」
「じゃじゃーん。実は下に水着を着ていたのでした」
騙された。
肩紐がないタイプだからタオルを巻けば全てが隠れる。結果、俺は結が裸にタオルの状態だと錯覚していた。
世の中そんなに甘くなかった。
「いや、じゃじゃーんじゃねえよ! こっちは一糸まとわぬ姿でいるんだぞ!?」
「そう簡単にわたしの裸が見れると思わないでほしいかな」
「……卑怯な。俺は覚悟を決めて服を脱いだというのに」
ゴンッと、湯船に拳をぶつける。期待させておいて落とされたから、その分悔しさが込み上げてくる。
「こ、こーくん? 違うんだよ。わたしも別に見られるのが嫌とかじゃなくてね、別にこーくんになら全然いいんだけど……」
結はこちらに歩み寄ってきながらおろおろとそんなことを言う。別に本気で泣いたりはしていないので、そこまで心配されるとこっちも罪悪感に襲われる。
そろそろやめるか。
そう思ったとき、結は湯船の前でしゃがんで俺の耳元にそっと顔を近づける。
「こんなに明るいと、さすがのわたしも恥ずかしいよ……」
ぼそぼそと耳元で声を出されたので、こそばゆい感覚のあまり俺は慌てて距離を取る。
そして、動揺したまま結を見ると、顔を真っ赤に染めながらじっとこちらを見つめていた。
え、なにそれ可愛い。
可愛すぎて、俺はそのときの結の意図を汲めていなかった。
その後、二人でゆっくりお風呂を楽しんだのだった。
時折触れる結の肌に、俺は終始どきどきしっぱなしだったのだが、それは言わないでおいた。
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