第164話 【修学旅行編⑨】雪像づくり


 午後から行われるのは雪上オリエンテーションというものだった。


 スキーで疲れた生徒も、筋肉痛に苦しむ生徒も、お昼食べすぎて苦しむ生徒も、全員参加である。


「よし! 優勝目指して頑張るよ!」


 今回は特に豪華賞品は用意されていないらしい。どうして肝試しにはあってこのイベントにはないのか、甚だ疑問ではある。


 幾つかの種目に別れて競技を行い、点数を競うというイベントだ。運動会みたいなもんだが、尚欲しいだろ、豪華賞品。

 モチベーション上がんねえよ。


 そんな俺含めた筋肉痛組とは裏腹にモチベーションを限界まで持ってきているのはもちろん我らが盛り上げ隊長、倉瀬佳乃だ。

 そして倉瀬の熱に触発されてテンションを上げるクラスメイト達。うちのクラスはどうしてこうノリがいいんだ。


「こーくん、こっちだよ」


 俺は結と同じ競技に出場する。

 これも事前にホームルームで決めておいたことなのだが、俺の競技は結が勝手に決めていた。

 特にしたいことはないので別に構わないことだが。


 俺達が行うのは雪像づくり。何とも雪ならではという競技だ。盛り上がりはしなさそうだが。

 他には雪上カルタや雪合戦といった、主に雪が絡む競技が複数用意されている。


 運動会と違うのは、その全ての競技が同時にスタートするので応援とかがないところ。

 理由として最も大きいのは、恐らく待ち時間が寒いからだろう。


「気合いを入れて造ろうではないか。もちろん造るのは雪ミクぞ」


「素人が造れるもんじゃねえぞそれ」


 雪といえばみたいな顔して言ってるけど、ほとんどの人は分からないだろうし。


「なら何を造るというのだね?」


 眉をしかめながら栄達が言う。なんでキレてんだよ。


「いや、なんでもいいけど」


 ていうか、別に俺が主導権握ってるわけでもないし。せいぜいサポートするくらいだ。


「うさぎがいいよね」


 と、そう言ったのは結だ。


「ああ、可愛いしいいかもな」


 楽そうだ。

 丸い山造って目とかくっつけるだけで完成するよな。その簡単さのわりに見栄え良く出来るからおすすめだ。


 俺以外のメンバーもそれに反対する生徒はおらず、うちのクラスはうさぎを造ることになった。

 俺と栄達以外は女子だから基本的に肩身が狭い。さすがにサボれない。


 今回はしっかり作業に参加するとしよう。これならそこまで体も使わないだろうから、筋肉痛でも何とかなるだろ。


「おや、そこにいるのは八神かな?」


 主導権は女子が握っており、俺と栄達はせいぜい言われたことをするだけだ。

 作業を進めていると、宮乃が楽しそうにしながらこちらにやって来た。


「お前も雪像づくりか?」


「その通り。ぼくは他の競技でも良かったんだけど、白河さんが譲らなくてね」


 白河もこの競技なのか、と思っていると後ろの方から白河も姿を現す。


「別に一緒の競技にしようなんて、私は一言も言ってないわよ」


「ぼくが一緒の競技が良かったんだよ」


「なら、文句言わないで」


「言ってないんだけどね」


 確かに文句は言ってなかったな。


「あれ、明日香ちゃん。宮乃さんも。二人とも雪像づくりだったんだね」


 そこに乱入してきたのが結だ。

 ちなみに、今回倉瀬は雪像づくりグループにはいない。あいつのポテンシャルはこんな地味な競技では活かされないからな。


 何の競技をしているのかは興味なくて知らんけど、少し遠くの方から騒ぐ声が聞こえるので多分絶好調ではあるのだろう。


「一組は何を造るの?」


「雪像といえばやっぱり雪ミクだよ」


 宮乃が自信満々に言う。

 そのときの栄達のほら見ろみたいな顔がめちゃくちゃ腹立った。宮乃は基本的にはお前と同じ側の人間なんだよ。


「それを凄く推してくるんだけど、よく分からないから却下しているところよ。他の人達は宮乃さんに甘いから、放っておくと好き放題されてしまう」


 白河のやつ、分かってきたな。

 宮乃は放っておくと面倒なことになるんだよ。あいつは常識人だが、常識を弁えた上で非常識を繰り出すから恐ろしい。


「ということで、無難にベア子さんを造ることになったのさ」


 ベア子さんっていうと、確かドリーミーランドで見たあのベア子さんだよな。

 キャラクター調ではあるけど、あれクマだぞ。結構難しいんじゃないか?


 それに比べてうちはシンプルうさぎ。完成されると見劣りしそうだな。


 俺と同じことを思ったのか、結も難しい顔をしている。


「うちももうちょっと難しいのに変更しよう」


 そしてそんな決断を下す。

 しかし、俺は乗り気ではない。


「別にいいんじゃないか。うさぎでも。ほら、可愛いんだし」


「ダメだよ! なんか、ちょっとパンチが弱い! それじゃ負けちゃう」


「負けても罰ゲームはないし、負けてもいいじゃん。俺達が作るのは雪像ではなく思い出なんだよ。な?」


 ちょっといいこと言ってみた。

 これは響いてくれますかね。


「だめ。この勝負は負けられない」


 ダメでした。結は俺の言葉に耳は傾けていない。何をそんなにムキになっているのかと思ったが、やけに白河を意識している。


「つまりそういうことなのだよ」


「彼女達はお互いに負けられないと思っているということだね」


 やれやれと栄達。わくわくした様子で宮乃が小声で言ってくる。そういうことなら、俺には何も言えないじゃん。


「負けないよ、明日香ちゃん」


「ふふ、うちのベア子に死角はないわ」


 今回は白河もノリノリだなあ。あいつ、ベア子さんとか知ってるんだなあ。

 なんて、場違いな感想を抱いてしまう。


 白河と宮乃が持ち場に戻っていった後、再び作戦会議が開かれる。キャラクターという発想がなかったさっきと違い、そうなるとポンポンと候補が出てくる。


 結果、キッドというくまのキャラクターを造ることになった。くまのぬいぐるみが動いてる的なものなので、そう難しくはないだろう。


 その時点で半分くらい時間が経過していた為に、後半はめちゃくちゃ巻いた。

 その甲斐あって、作品は何とかそれなりのものに仕上がった。


「結構いい感じなんじゃね?」


「確かに。悪くないね」


 正直、キッドというキャラクターがうろ覚え故にそう感じる部分はあると思う。

 でも、女子達も満足げな顔をしているので多分クオリティもそれなりなんだろう。


「へえ、上手いもんだね」


 いつの間にか来ていた宮乃も感心している。


「そっちはどうなんだよ?」


「ん? まあ、それなりだと思うよ」


 見てみなよ、と指差すので見てみると、確かにそれなりのクオリティに仕上がっている。

 うちとどちらが上かと言われるとこれは個人差が出るかもしれない。審査員の好み次第だな。


「やるね、明日香ちゃん」


「どっちが勝っても恨みっこなしよ」


 結と白河はバチバチと火花を散らしている。

 そんなとき、タイムアップの笛が鳴り、審査員(教師三名)による審査タイムに突入する。


 基本的には雪像の前まで来て、ふむふむ言いながら採点する時間。五分ほどで終わった。

 まあ、こんなのパッと見た感じでだいたい分かるしな。


 かくして。

 優勝はどのクラスのものになったのか、そして結と白河はどちらが勝ったのかということだが。


 優勝は雪ミクを造った六組だった。

 そして、優勝クラス以外のクラスは優劣をつけないというシステムだったので、結と白河の勝負は引き分けで終わった。


 優勝クラスの雪像が雪ミクだったことで、栄達と宮乃がほら見ろという顔でこちらを見ていたが無視することにした。


 六組に精鋭が揃っていただけで、俺達じゃあのクオリティの雪像は造れなかった。

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