第148話 月島結と冬のデート①


 冬休みもいよいよ終盤である。

 俺には最後に一つ、イベントが残っている。もちろん冬休みの宿題のことを言っているのではない。


 いや、冬休みの宿題が終わっているのかと言われるともちろん終わってはいないが。

 

 そんなことはどうだっていいのだ。


 八神家のカレンダーの今日の日付には大きなハートマークが描かれていた。もちろん俺ではない。俺はよほどのことがなければカレンダーに書き込みはしない。

 そして、母でもない。

 さすがにあの年でカレンダーにハートマーク描いてたら引く。


「……ふう」


 ならば誰かなどもはや言うまでもないだろうが、それでも一応答え合わせとして発表するとお察しのとおり結である。


 年始以来会っていなかったので、先日白河を誘うのと同じタイミングでデートに誘った。

 そんな誘いを結が断るはずもなく、予定は他に合う日もあったがなぜか今日が指定された。


 そして、この予定が決まったあとにたまたまうちに用事があり尋ねてきた際にカレンダーに描き込んでいったという経緯だ。


 もちろん、このハートマークを見た母さんは「なにこれデート?」と聞いてきたし、俺がそれを適当に濁すと一瞬にして気持ちが若返りぐいぐい詮索された。

 わかってるくせに。


 昼過ぎ。

 適当に昼食を済ませて家を出る。昼からという時間を決めたのも結だ。朝は用事があるらしい。

 俺はゆっくり寝れるから全然いいけど、だったら別の日にすればいいのにと思ってしまう。


 家に迎えに行こうかと提案したところ、案の定「いや、駅前集合にしよ。デートの集合場所は駅前と相場が決まってるからね」と返ってきた。

 よく分からない相場である。


 と、いうことで。

 駅前までやって来たところで時間は一三時の一〇分前。まだ結は来ていないようで、俺は適当に柱にもたれかかり、結の到着を待つ。


 時計の針がちょうど一三時を指したその瞬間、冷たい手のひらが俺の両目を塞いだ。


「だーれだ」


 俺の目元は風に晒され温度が下がり切っている。対して、その両目を覆う手のひらは意外と温かかった。


 しかし。

 それにしても驚いた。

 

「……なにしてんだよ」


「名前を当てないとお話できません」


 ぶぶーとテンション高めに結が言う。


「結だろ」


「正解です。こーくんの結でした」


「……で、なんだったの?」


「待ち合わせの醍醐味でしょ? だーれだってやつ」


「よく見るけど」


 確かに漫画やドラマではよく見る。実際に現実でそれを実行しているのかはさておき、問題は行為そのものにはない。


 考えてみてほしい。

 俺は柱にもたれかかっていた。そんな俺の背後に回って両目を覆うことができるだろうか?


 答えは否である。


「ああいうのは背後から行うものであって、目の前からするもんじゃねえぞ」


 正体バレバレ過ぎて驚く。


「だってこーくん背中見せてくれないし」


「やらなきゃいいのに」


「ええー、わたしは今日、だーれだをするつもりでいたんだよ? こーくんが背中を見せないくらいで諦めれることじゃないよ!」


 結の熱量は相当なもので、寒いはずなのに何となく暖かくなってきたような気がする。もちろん気のせいだが。


「まあいいけど」


 そのときだ。

 結が近くにいるからか、俺の鼻孔をいいにおいがくすぐった。何というか、シャンプーのような。


 改めて結を見る。

 服装自体は普段とそこまで変わらず、冬用のコートにロングスカート。ニット帽を始め、防寒具をしっかり装備した完全防寒スタイルだ。


 視線がいったのは髪。

 前髪も後ろ髪も少しだけ短くなっているように見えた。それに、今日は毛先にウェーブがかかっている。


「美容院にでも行ってたのか?」


「うんっ、そうなの。せっかく可愛く仕上げてもらえるから、その後に会いたいなって思って」


 今日を指定してきたのはその為か。

 なるほどね、と納得しながら俺は歩き始める。結もそれを見て、隣に並んできた。


 じーっと俺の方をひたすらに見てきているところ、おおかた感想でも待っているのだろう。

 いつもならばこっ恥ずかしくて誤魔化すところだが、今日は俺から誘ったデートである。

 結にも楽しんでほしいし、喜んでほしい。


「まあ、いいんじゃないか。だーれだがなければもうちょっといいリアクションができたと思うけど」


 それでもやっぱり恥ずかしかった。人を褒めるって難しいなあと実感しました。

 

「わたしの予定ではだーれだの後にこの姿をお披露目だったからね。それはこーくんが悪いです。なので、もっと素直に褒めるべきだと思う」


 これでも結構素直に褒めたと思うんだけどなあ。どうやら結はご満足いかなかったらしい。


「可愛いよ。驚いた」


「うん、ありがと。こーくんにそう言ってもらうために頑張ったからね」


 えへへ、と嬉しそうに笑う結はするりと俺の左腕に自分の腕を絡めてきた。


「え、なに」


 突然のことに俺は思わず声を上げる。

 駅のホーム。周りにあまり人はいないけど、ちょっとはいる。普通に恥ずかしいんだけど。


「ん?」


「急にされると驚くから」


「ダメだった?」


「いや、ダメというか何というか」


「だってこーくんお願いしたら断るでしょ?」


「まあ普通に恥ずかしいからな。なんで女子はそうすぐに腕を組むの? 抵抗とかないの?」


「わたしがこーくんに対して何かに抵抗を持つと思う?」


「ちょっとは持ってくれて構わないぞ」


 本気か冗談かは分からないが、本気かもしれないと思わされている時点で結の勝ちなのかもしれない。


「じゃあ手繋いでくれる?」


「……それはそれで恥ずかしいからなあ」


「だから、今日はこのスタイルで行くのです」


 逃さないという意志を見せつけるように、結は俺の腕を手繰り寄せ力を込める。

 こう掴まれると振り払いでもしない限りは離れれそうにない。しかし、振り払うとかはさすがにできない。


「……まあ、いいけど」


 問題はですね、腕に当たる柔らかい感触なんですよ。

 なんだろうなあ、これ。一体なんなのか皆目検討もつかねえなあ。プリンかな? 柔らかいしな。いや、プリンはこんなところにないですね。


 クッションかな? 気持ちいいもんな。いやクッションじゃないですね。クッション持ち歩く人はそうそういないしね。


 これはお胸ですね。

 決して大きくはないものの、しっかりと主張する結の胸が俺の腕に当たっている。


 そう自覚してしまうと途端に体中に緊張が走る。ちょっと動かすだけでも結の体を感じてしまうのだ。


「どうしたの?」


 まもなく電車が到着するというアナウンスの中、結が不思議そうに俺の顔を見上げる。


 胸の感触に緊張しているのでありますとは言えず、俺は「いや、別に」と誤魔化すだけだった。


 すると、結は楽しそうにくすりと笑いながら言う。


「……こーくんのえっち」


 こいつ。

 全部確信犯じゃねえか。

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