第149話 月島結と冬のデート②
「あ、これこれ。わたし観たかったんだ!」
俺達がやって来たのは映画館だ。
地元にないのが残念で、映画を観るにはわざわざ電車に乗らなくてはならない。
だからというわけでもないが、俺はあまり映画を観ることはない。
なのでたまにくるこの映画館の雰囲気はどうしてかわくわくしてしまう。
この独特のポップコーンのにおいや、ひたすらヘビロテされる映画の予告編など、普段は味わうことのない空間だ。
今日は寒いし、外を歩くのもかったるいので映画を観ることにした。なにやら結がちょうど観たい映画があったらしい。
彼女の指差すものを見る。
映画館に並ぶ現在上映中の映画のポスターだが、もちろん俺はその映画を知らない。
「なんだこれ」
「知らないの? 最近話題になってるんだよ?」
知らねえなあ。
知らない俳優だが男の子と女の子がアップで写っているのと、結が観たがっているということもあるので、恋愛ものであることは何となく予想できる。
結は漫画でもドラマでもとにかく恋愛ものが好きだからなあ。
「じゃあこれでいいよ」
「え、いいの?」
「ああ。別に特別興味のある映画があるわけでもないし。普段観なさそうな映画を観るのも悪くないかなって」
一人で来ることは稀だけど、それは当然観たい映画があるから来る。そうなると好みは偏っているので毎回観る映画は似たようなジャンルのものになる。
こうして人と来たときくらいは、違うジャンルの映画を観るのも一興だ。
「ありがと。じゃあ、お言葉に甘えるね」
そんなわけで券売機でチケットを購入する。次の上映時間まで三〇分といったところか。
お好きな席を選んでくださいというシステムがあるけど、これいまいちベストなポジション分からないんだよな。
真ん中がいいのはもちろんなんだけど、スクリーンから遠くもなく近くもない場所がピンとこない。スクリーンとの距離感が分からないのだ。
あまり人が密集しているところは何となく避けたいしなあ。
なんてことを考えていると、結がぱぱっとタッチして席を決めてしまう。
「その席でいいのか?」
見てみると真ん中辺りではあるが席は隅っこだ。中央の複数席が並んでいるエリアではなく、席が二つだけ並ぶ場所。
「うん。だって、ここなら二人でゆっくり観れるでしょ?」
どうやら結が重要視したのは観やすさではなく、ゆっくり過ごすことのようだ。
なんか、デートっぽい。
効率考えてた自分が恥ずかしい。
「ちょっとグッズエリア見てもいい?」
「ああ、時間はあるしな」
チケットを買って、上映時間までの暫しの時間を潰すために俺達はグッズエリアに向かう。
「グッズとか買うタイプなの?」
「んー、あんまりかな。でも見るのは好きだよ。いいのがあったから買うかもだし」
俺も好きなアニメの映画とかならグッズも買うけど、そうでないなら中々手は出ないな。
キーホルダーとかは悪くはないんだけど、あんまりそういうの付ける習慣がないからな。
「これから観る映画ってどんなのなんだ?」
ちょうどそのゾーンに目がいったので聞いてみる。やはりアップになっていたあの男女がメインではあるらしい。
「恋愛ものだよ」
「それは何となく察してたけど」
内容の方を聞いてんだよ、という俺の趣旨を理解してか結が言い改める。
「この男の子と女の子は幼馴染みなの。子供の頃は仲良しでいつも一緒に遊んでた。けれど、中学生になってお互いに異性ってことを意識しだすとこれまで通りにはいかなくて、段々と疎遠になっていくんだ。でね、高校生になって同じクラスになったときにあるおまじないを知って、女の子は願うの。あの子と仲直りがしたいって」
「おまじない、ねえ」
なんともふわふわした恋愛ものだこと。結局のところベタベタな話ってわけだ。
「うん、そう。するとね、ある日二人の体が入れ替わっちゃうの。何とか元に戻そうと協力していくうちにまた関係が変わっていくってお話」
「そういう要素入れてくるんだ」
ファンタジーというか、SFというかは分からないけど精神入れ替わり自体は昔からよくある話だしな。
あらすじを聞いて、少しだけ楽しみになった俺であった。
「あ、そうだ。ポップコーン買お?」
「ああ」
思い出したように言った結が売店に向かうのでそれについて行く。時間的にもそろそろ入場してもいい頃合いだ。
「こーくんはポップコーンとか買わない人?」
「一人のときはわざわざ買わないな。人と来たときは相手に合わせてる。結がポップコーン買うのはなんか意外だな」
「映画館ってなんだかむしょうに食べたくならない?」
えへへ、と笑いながら結は言う。
言いたいことは分からないでもないが。コンビニで買って家で食うのとはまた違うんだよな。不思議な話だ。
「そだな」
「あ、これにしよ? カップルセットだって」
二種類の味のポップコーンとドリンク二つがついたセットでお値段が普通に頼むよりお得。
コンビセットとかでいいじゃん。そんなことするから非リア充がうるせえんだよ。
そう思ったが、別にコンビセットはあった。カップルセットは男女のペアでなければ頼めないらしいので正真正銘のカップルセットだ。
女子と来た特権だな。
得した気分になる。
「あ、お手洗いだけ行ってきていい?」
「ああ」
結が帰ってきたところで俺もトイレを済ます。結のところへ戻ると何やら見知らぬ男二人組が結に話しかけていた。
知り合いかな?
見覚えはないのでクラスメイトではないが、結はもはや顔が広くファンクラブまであるので俺の知らない知り合いがいても不思議じゃない。
ちょっと待った方がいいだろうか、と思って立ち止まっていると結が俺の存在に気づく。
苦笑いを浮かべながら男二人にぺこりと頭を下げてこちらに駆け寄ってきた。
「知り合い?」
「ううん、知らない人」
知らない人て。
そう思いながらさっきの二人組を見ると機嫌悪そうに俺を睨みながら行ってしまう。
「ああ、ナンパか」
「……あはは、どうなんだろ」
「大丈夫だったか?」
「うん、一応ね。結構しつこく声かけられたからちょっと怖かったけど」
誤魔化すように結は笑う。この笑い方は本心をぐっと圧し殺しているときに出る顔だ。
よほど怖かったのだと伺える。
「悪かったな。もっと早く助けに入ればよかった。知り合いかと思って遠慮しちまった」
「ううん、いいんだよ。でも、そうだね。次はお願いしたいかな」
ちらと結が俺の方を見る。
その瞳は僅かに揺れている。
「こうして一緒にお出掛けするような男の子はこーくんだけだから」
俺だけが特別なんだとハッキリ言われたように感じ、俺はつい恥ずかしさで視線を逸らしてしまう。
「……ま、まあ、大男が相手とかだと勝てないだろうけどな」
そして誤魔化すように冗談を言ってしまう。すると結はくすりとおかしそうに笑った。
「でも、助けてくれるでしょ?」
一点の曇りもない結のその素直な笑顔を、俺はやはり直視することはできなかった。
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