第147話 白河明日香と冬のデート③
その日。
俺は一つだけ、必ず白河明日香に伝えると決めていたことがあった。
ある意味、それを伝えるために誘ったと言ってもいい。
タイミングを見計らっていたが、中々それは訪れなかった。
何というか、それを伝えること自体が俺にとっては憂鬱で、それに加えて遊園地での時間はどれもが楽しくて、ついつい後回しにしてしまっている。
今もなお。
「う、おお、おおお!?」
「あはは、コータロー驚きすぎ」
お化け屋敷に入り、絶賛お楽しみ中である。
昼前に入園してから遊びに遊んで、お化け屋敷を出たときには日が暮れ辺りは暗くなっていた。
「コータローの驚きっぷりときたら、可愛くてしょうがなかったわ」
「うるせえな。ほとんど俺の側から出てきたんだから、そりゃお前は大丈夫だったろうよ」
あまりにも笑ってくるからそう言い返すが、楽しそうにしているのでそれくらいならまあいいかと思えてしまう。
「お、見ろよ白河!」
お化け屋敷を出ると、遊園地の景色は一変していた。
時期的にまだイルミネーションが点灯するようで、ナイター用に切り替わった園内は至るところがキラキラと輝いていた。
「光ってるわね」
と、俺の言葉に対して随分落ち着いた様子で返してくるので俺は不思議に思う。
「なによ?」
「いや、イルミネーション好きだって言ってたわりにそんなにテンション上がんないんだなって」
俺が言うと、白河は何かを思い出したようにハッとする。
「あ、いや、違うわよ。あまりにも凄いから言葉を失っていたの」
「ああ、そういうこと」
確かに園内がイルミネーションに包まれているこの光景は中々お目にはかかれないだろう。
この景色を見れただけでも、今日ここに来てよかったと思えるくらいの価値がある。
「冷えてきたし、そろそろ帰るか?」
「そうね」
終わりを惜しむように白河は短く言う。光に照らされたその横顔はどこかさみしげで、もしかしたら俺も同じような顔をしていたかもしれない。
楽しい時間はあっという間で、いつの間にか終わりのときは訪れる。その時間を惜しめば惜しむほど、それに逆らうように時間の経過は早く感じてしまう。
「……最後にあれ、乗らないか?」
俺の視線を追いかけた白河は、口元を僅かに綻ばせながらこくりと頷く。
「うん」
俺達が向かったのは観覧車。
遊園地の最後に乗るアトラクションとしては定番中の定番だろう。きっと、このイルミネーションに包まれた園内を上から見ればもっと綺麗だ。
そこで。
伝えよう。
「どうだった? 楽しかったか?」
「ん?」
「いや、子供のとき以来って言ってたから楽しかったかなって」
ゴンドラに乗り込んで、俺は適当に話を切り出す。いきなり本題に入るほどの勇気はない。
ほんとうにつくづく、チキン野郎だと思う。
「楽しかったわよ。子供のときよりもずっとね」
微笑みながら白河は言う。きっと、本心だろう。でなければ、あんな顔はできない。
「コータローは? 私と二人で、その……楽しかった?」
白河は自信なさげに顔を伏せながら、ちらと前髪の奥から瞳をこちらに向ける。
彼女の上目遣いに、つい俺の心臓はどきっと跳ねてしまう。
「あ、ああ。そりゃ、もう全力で楽しんだよ」
「……そう」
そっけなく言う白河だが、雰囲気は穏やかだ。
これがデートというやつか。意識するとこっ恥ずかしくて緊張して、でも相手が楽しんでくれるとこちらも嬉しくて。
きっと。
俺達は今、同じようなことを思っているに違いない。
「あのさ、一つだけ言いたいことがあるんだけど、いいか?」
ゴンドラはまもなくてっぺんに到達しようというタイミングで俺は意を決して切り出す。
「……なに?」
俺の醸し出す雰囲気がいつになく真剣だったからか、白河は若干構えたように聞き返してくる。
「クリスマスの夜、白河は俺に気持ちを伝えてくれてさ、返事はすぐじゃなくていいって言ってくれただろ」
「う、うん」
そのときのことを思い出してか、白河は照れて俯いてしまう。彼女が照れていると分かるのは俺自身も照れているからだ。
「でも、いつまでも待たせるわけにはいかない。それで、いろいろ考えたんだ」
一度言葉を切って、小さく深呼吸した。
「おかしい話だけど、俺は結に対しても特別な感情を抱いてる。それが恋なのかは分からない。でも、他の女子とは違うんだ」
「……うん」
「それは白河に対してもあって、やっぱり他の女子とは違う。でもずっとこのままじゃダメだってことは分かってる。答えを出さなきゃいけないんだってことも」
白河の方は見れない。
白河も、俺の方は見れていない。
「だから、ちゃんと考えて答えを出すつもりでいる。三学期にある、修学旅行で」
「修学旅行?」
ようやく、白河は俺を見た。恐る恐る、前髪から瞳を覗かせて。ちょうど俺も彼女の様子を見たところで目が合った。
「ああ。だから、もうちょっとだけ待ってほしくて」
俺がそう言うと、白河はふふっと小さく笑った。何かおかしいこと言っただろうか。
「わかった。私も、それまでにちゃんとコータローが振り向いてくれるように頑張るわ」
白河はそう言いながら立ち上がる。
そのときの彼女は、にんまりと口元に笑みを浮かべて不敵に笑っていた。
「結にも負けない」
「……そっ、すか」
それに対して俺が言えることはないのでリアクションに困る。だって「そっか、頑張れよ!」とか何様なんだよって話だし、それ以外には特に出てこないし。
「でもあれよね、結ってばほんとうにすごいものね。こういう状況になったんだから、あれからもっとすごくなってるのかしら?」
こういう状況、というのは結と白河が俺のことをどうこうということだろう。
自分で言って、ほんとに贅沢極まりないことだと改めて思う。バレると後ろから刺されるかもしれない。
三学期が始まってからはこれはシークレットにしなければ俺の命が危うい。
「どう、なんだろね」
言いながら、俺は視線を逸らす。
思い出したのはクリスマスイブの夜のこと。白河明日香の気持ちを聞いて、いろいろと考えたようだが、それでも結の積極性はさらに加速していた。
「そのリアクション、もうキスくらいしてるんじゃないの?」
「あ、いや、それはその」
図星を突かれてか、俺は動揺して言葉を詰まらせる。
初めては文化祭の演劇の最中だった。二度目はクリスマスイブの夜。結果的に奪われただけだが俺は結と唇を重ねている。
「コータローってば、嘘つくのへたなのね」
くすり、とおかしそうに笑った白河はそのまま言葉を続ける。
「結とやったんなら、私がしてももちろん文句はないわよね?」
「いや、ちょっと待て。それはほら、心の準備とかがまだ」
驚いた。
気づいたときには白河の顔が目の前にあって、そう思ったときには二人の唇は重なっていた。
白河がゆっくりと唇を離す。
その顔はこれでもかというくらいに真っ赤に染まっている。相当無理をしたのが分かった。
「……そんなに照れるならやらなきゃいいのに」
俺は俺で顔赤いんだろうなあ。
照れてついそんなことを言ってしまう。
「……言ったでしょ、結にも負けないって」
まっすぐに俺の方を見るその目はいつにも増して真剣で、白河の気持ちが伝わってくる。
「嫌、だった?」
「……それは、その、そんなことはないけど」
どう答えればいいんだよ、その質問。分かんねえよ。俺は俯きながらそう答えた。
すると、白河はふふっと笑いながら俺の前に座った。
「今はいいわ、それで。ただ、覚悟しときなさいよ。私、本気だから」
こんな形で終わるとは思っておらず、その日の最後はしどろもどろだった。
まさか、白河がここまで踏み込んでくるとは思ってもいなかった。
あれだ。
またとうぶん白河の顔は見れそうにない。
今が冬休みでよかったと、そんなことを思った。
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