第138話 【Xmas編⑥】イルミネーション


 カラオケを出た俺達は白河が予約したというお店にやって来た。晩飯を食うには少し早い時間だが、イルミネーションに向かうことを考えればこんなものだろう。

 それに、少し早い時間故か、店内はそこまで賑わってる様子もないので静かにご飯が食べれそうだ。


 しかし、あれだ。

 何というか。


「高そうな店だな」


 まるで高級レストランのような内装だ。まるで、というか高級レストランなのではないだろうか? 確かに母さんからの臨時収入はあったが足りるか?


 クロスの掛けられた丸いテーブルが幾つも並ぶ。小音のよく分からない落ち着いた感じのBGMが流れており、窓から見える景色は外が暗いこともあってイルミネーションばりの綺麗さだ。

 ドラマとかで、カップルが来るようなイメージを浮かべるその場所に、俺は場違い感を覚えざるを得なかった。


 しかし、入っているお客さんが正装かというとそうでもなく、普通にカジュアルスタイルであるため、そこまで敷居の高いお店というわけでもないようだ。


 それでも緊張はするが。


「白河様、お待たせ致しました。お席の方へご案内します」


 スーツを着たウェイターに案内されて窓際のテーブルに座る。お客さんも少ないから、せっかくだし窓際に案内してくれたのだろう。


「おい」


「ん?」


 ウェイターが戻ってから、俺は声を潜めて白河を呼ぶ。


「ここ、高いんじゃないの? めちゃくちゃいい感じの店だけど」


「でしょ?」


 いや褒めてない。

 心配してんだよ。主に俺の懐事情を!


「大丈夫なのかよ?」


「心配ないわ。学生応援フェアみたいなのやってて、案外値段はリーズナブルよ。料理は予約のときに伝えてあるから運ばれてくるのを待つだけよ」


「……ほんとかよ」


 確かにテーブルにはメニュー表ないけど。値段見ないほうが幸せかもしれないしな。足りなかったら、最悪皿洗いをさせてもらおう。俺の冬休みはこの店に尽くそう。


 俺の覚悟など知る由もなく、ご機嫌な様子の白河。不安になっても仕方ないのでここはもう開き直るしかない。


 腹をくくると、そのタイミングで料理が運ばれてきた。目の前に置かれたのはコーンスープだ。


 湯気が立っているので、熱いのが分かる。


「い、いただきます」

「いただきます」


 二人して手を合わせてから、スプーンでスープを掬う。熱いと分かっているので、どうしても恐る恐るになってしまう。


「……んまい」


 コーンスープを一口。それだけで美味さが分かる。これまで食べたどのコーンスープよりも美味である。


「そうね」


 白河も同意見らしい。いや、このコーンスープを食べて不味いという人間は果たしてこの世に存在するのか? いやいない。


 その後も料理が運ばれてくる。メインディッシュとして目の前に置かれたのはハンバーグだった。


「どうしたの? ハンバーグ嫌いだった?」


 俺が拍子抜けたようにハンバーグをみつめていたからか、白河は少しだけ不安そうに尋ねてきた。


「あ、いや、そんなことない。ただ、チキンとかじゃないんだなって。ほら、クリスマスだし」


 てっきりそういうのかと思っていたので、ハンバーグが来て驚いたのだ。


「コータロー、ハンバーグの方が好きかなって思ったんだけど」


 白河は今日のためにいろいろと考えて、予約だ何だと全ての段取りを組んでくれている。

 クリスマスではあるが、俺の好みとかを考えてハンバーグを選んだのだろう。それがもし、万が一にも失敗だったら落ち込むのも無理はない。


 しかし。


「いや、ハンバーグは好物だし、普通に嬉しいよ。しかもほら、こんな店だろ? 絶対美味いぜ」


 本音だ。

 もちろん少し落ち込んだような白河を元気づけようとしたが、オーバーに言葉にしているだけで思っていることは全て真実だ。


 ハンバーグ嫌いな男なんて多分いないと思うけど、その中でも俺は屈指のハンバーグ好きだ。

 一つ気になるのは、白河とそんな話したことあったかなということくらいだ。


「そっか。ならよかったわ」


 白河は僅かに表情を綻ばせ、ほっとする。それを見て安心してから俺はナイフをハンバーグに入れる。

 ナイフがハンバーグに食い込んだ瞬間に中からじゅわっと肉汁が溢れ出す。これまで食べたどのハンバーグよりも肉厚でジューシーな気がする。


 一口サイズに切ったハンバーグをフォークに刺し、口に運ぶ。噛んだ瞬間にさらに肉汁が溢れる。噛みごたえもあり、一噛みする度に旨みが口内に広がる。


「美味いッ」

「おいしい」


 ほぼ同時のタイミングで、俺と白河は感想を吐露した。二人とも大方同じ感想を抱いたようだが、コーンスープと同じでこれを不味いという人間は恐らくいない。いるとすれば相当な捻くれ者だろう。


 その後も、運ばれてくる料理を食し、最後のデザートまで堪能した俺達。白河がトイレに立ったので俺は暫く待つ。

 帰ってきたタイミングで俺も入れ代わりでトイレに行った。


「それじゃ、行きましょうか」


 俺が戻ってきたタイミングで白河も立ち上がる。忘れていたが、いよいよお値段発表の時間だ。


 まあ、すげえ美味かったし皿洗いで許されるなら喜んでやろう。


「あれ」


 俺達が出口に向かうとウェイター数人が頭を下げてくる。お会計してないのに頭下げられちゃったよ。


「なに?」


「会計は?」


「もう済ましてあるわ」


「え」


 俺達がここにいる限りウェイターが頭を下げ続けるので、とりあえず店からは出る。


「いくらだった?」


 俺は財布を出しながら尋ねる。

 しかし、白河は手を前に出しふいっと顔を背ける。


「いいわよ。大した値段じゃないから」


「いや、よくねえよ。仮に大した値段じゃなくてもよくねえよ」


「ここは私が持つの。これは決定事項だから、コータローが何を言ってもお金は受け取らないわよ」


 そういうスマートなやつは男側がするやつだろ。俺にだって最低限の男としてのプライドはあるのだ。


「いや、でも」


「そんなに気になるなら、今度どこかに連れて行きなさい。それでいいでしょ?」


「……まあ、そういうことなら」


 できることならここで金を返したいが、白河も中々の頑固者だ。俺が何と言おうと折れないだろう。

 多分そこが、今回の落としどころなのだろう。


「楽しみにしてるわよ。コータローのエスコート」


 くすりと笑いながら、白河は楽しそうに言った。ああそうか、その回は俺のプランニングなんだ。

 それは困ったなー。

 白河を満足させられるプランを練るなど俺にできるだろうか。いやできない。


 そして。


 いよいよ本日のメインイベントであるイルミネーションを観に行くことになった。


 ここから少し離れた場所で行われているらしく、俺達は電車に乗り数駅揺られ目的地に到着する。


 駅を降りてから少し歩く。道に迷う心配もあったが、大きなイベントだからか誘導看板が置かれていた。これなら安心だ。

 そもそも、明らかにその場所に向かっているであろうカップルが周りにちらほらといるのでそれについて行けば間違いもないだろう。


「しかし、白河がイルミネーション好きとはな」


「え、私?」


 道中に会話がないのも何なので適当に話題を振ってみると、白河はクエスチョンマークを浮かべて俺の方を見てきた。


「好きって言ってただろ。誘ってきたときに。無類のイルミネーション好きって」


 そこまで言ってたかは覚えてないけど、とにかくめちゃくちゃ好きだということは伝わってきたのだ。


「あ、ああ! そうね、言ったわよ。コータローのイルミネーションの発音が悪すぎて聞き取れなかったわ」


「どんな誤魔化し方だよそれ」


「女の子はイルミネーション好きでしょ、普通は」


「それはどうなのよ」


 白河の言うことに意義を唱える俺。確かに好きそうだけど、絶対そうとは言い切れないだろう。


 歩き続けると、遠くの方にきらきらと光るものが見えてくる。ここから見ただけでも綺麗なのが想像できた。


 直線に入り、少し先に無数の光で作られたイルミネーションゲートが見える。それを目にしただけでも壮観である。


「すげえな」


「そうね。初めて来たけど、これはすごいわ」


「初めてなの?」


 無類のイルミネーション好きなのに。


「なによ、悪い?」


「いや別に」


 つつくと何か怒られそうな気がするので、それ以上は言わないでおくことにした。


 イルミネーションゲートを抜けても、光の道はさらに続く。右も左も、上までもが赤や青、緑に黄色と様々な光を放っている。

 まさしく、光の道だ。


 その道を奥に進むと、大きなクリスマスツリーとこれまでで一番気合いの入ったイルミネーションがあった。


 ロマンチックという言葉がこういう状況のことを指すのかは分からないが、周りはやはり恋人同士が多い。

 俺と白河も男女ペアであるとはいえ、関係は友達なのでここにいていいのか不安になったりもする。


 まあ、周りからすれば分かりっこない話だが。


「すごいな。綺麗だ」


「ええ……」


 暫しの間、俺達はそのイルミネーションを眺めていた。

 俺は別にイルミネーションが好きとかもないし、クリスマスというイベントに特別な感情を抱いたりもしていなかった。


 それでも。

 この景色を見て感動した。

 それだけの魅力が目の前の景色にはあるのだ。


 俺は、ちらと隣の白河の様子を横目で見てみる。


 うっとりという表情はああいうものをいうのかと思った。白河の初めて見るその横顔は美しい以外の言葉では形容し難く、俺は思わず見惚れてしまう。


 ぼーっと見つめていたところ、さすがに見られていることに気づいたのか白河がこちらを見た。


 すると、自然と目と目が合う。


 いつもならば咄嗟に逸らす視線も、不思議な引力に引き寄せられて逸らすことができない。


「……」


「……」


 バクバクとうるさい心臓の音は俺のものなのか? そんなことさえ分からなくなっていた。


 白河の頬が赤い。

 寒さのせいか? それとも別の理由か? 俺の顔は大丈夫だろうか。確認しようがないが気になった。


 そんなどうでもいいことを考えてしまうのは、多分俺の中にある気持ちを鎮めるためだ。


 意識してはいけない。


「コータロー」


 見つめ合いながら、白河が俺の名前を呼ぶ。固まってしまっている俺は返事をすることさえできなかった。


「私ね、今日は一つだけ心に決めてきたことがあるの」


「心に、決めてきたこと?」


「ええ」


 短く言った白河は俺から視線を逸らし、前のクリスマスツリーに目を向けた。

 寒いのか、口元をマフラーにうずめる。


「私がイルミネーションを好きって言ったの、あれは半分嘘なの」


「嘘?」


 白河が視線を逸らしたことで、謎の引力から解放された俺もクリスマスツリーに目を向けた。

 横目で彼女の様子を伺いながら、言葉を返す。


「まあ、普通に好きは好きだけど、あれはコータローを誘うための口実。ここに、あんたと来るのが目的だったのよ」


「……えっと、それはどうして? って聞いてもいいのか?」


 俺が聞くと、白河は口元どころか顔の半分をマフラーにうずめた。


「ええ」


 そして、小さく言う。


「私ね、子供の頃に思い描いた夢があるのよ」


「夢?」


 それはあれか。

 看護師とかお花屋さんとかそういう夢ではないのだろう。思い描く夢、となるともっと別の何かに違いない。


「いつか、大好きな人と一緒にきらきら光るイルミネーションを見るのが私の夢だった」


「……え?」


 一瞬、自分の耳を疑った。

 そして思わず白河の方を見ると、白河も再び俺の方を向き直す。まっすぐに、俺の瞳を見つめてくる。


「だから、この言葉を伝えるのは今日、この瞬間だと決めていた」


 マフラーから真っ赤になった顔を見せた白河は小さく息を吸ってから、揺れる瞳をこちらに向け、意を決したようにその言葉を吐いた。



「あなたが好き。大好き」

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